8月29日掲載
大学・自宅で調理指導
「何をどれだけ」記録、科学的根拠与える
和歌山市の信愛女子短期大学生活文化学科で生徒たちの調理を指導する松崎博子さんは、栄養士であり食生活アドバイザーの資格を持つ。自宅でも10年来料理教室を開き、バランスの良い食生活の実践を提唱している。
(中村 聖代)

【東京から嫁いで】
博子さんは東京都の出身、ピアニストを目指す少女だったが、高校二年の時、突然父親から「ピアニストになるのはまかりならん!」と一喝。長年の夢を止められた。
父の実家は新宮市。縁があって和歌山県在住の医師と見合い結婚後、田辺市に住むことになった。日大理工学部を卒業してすぐのことだ。
結婚直後、言葉や環境の違いにカルチャーショックを受ける。東京では魚は夕方から来るのでそのあたりに行けば、店先には何もなかった。切り身しか知らなかった彼女は魚の頭や尾を見たのも初めてだった。
「半時間」を「三時間」と間違えて待ち合わせた人と会えなかったこともあった。
しかし、美味しいものがたくさんあることに感激した。
【生きることは食べること】
「食べるものを整えるのが、私の仕事です」。そう言う博子さんは、食について最初から詳しかった訳ではない。
3人目の子ども、二男の離乳食で卵とじうどんを与えていた時、異常が起こった。「卵によるアナフィラキシ―ショック」だ。救急車で運ばれ幸い命に別条はなかったが、卵がアルゲンの二男は幼稚園卒園まで卵は除去と指示された。食べ物について神経を使う毎日が始まった。
また、夫は幼いころから風邪をひきやすい体質だが、体調管理は万全でなくてはならない。
【二男の病気から】
食べ物について学ぶことの大切さを痛感した博子さんは、女子栄養大学の通信教育を受けた。4級から1級までの料理検定の存在を知り、受験校が和歌山信愛女子短期大学だった。
「ここで学びたい」と望んだが、当時この学校には既婚女子(社会人)の入学の枠はなかった。切に希望し、料理検定1級合格後ようやく門戸が開かれたのだった。娘が大学一年になり博子さんが42歳になったときのことだ。
【母校で指導】
若い生徒たちに交じって通学「このときが本当の意味での学びでした」。実践が理論と繋がることを実感した博子さんだった。
卒業後は、非常勤講師としてそのまま短大に残り、調理指導を担当、現在に至る。
香川綾さんに深く共鳴する博子さんは、彼女の提唱する「正しい食べ方によって病気を予防」「皆が健康で長生きするように、栄養学を普及」といった実践栄養学を行っている。
すなわち
・ バランスのとれた食事が大切なことを知らせる。
・ 何をどれだけ食べるか、その科学的根拠を与える。
ーー といったことだ。
【地産地消のこだわり】
博子さんの家庭では、皆健康に過ごせ、夫も風邪をひかなくなった。
また自宅で月に一度料理教室を開いている。年代別のクラスにしているのは必要な栄養分がそれぞれ異なるから。
穀類や野菜類を多く摂ること、身近にある果物を必ずデザートにすることに決めている。果物王国の和歌山だからこそで、地産地消を心がけている。
食べた物を記録し、それを主食・副采・主采・牛乳乳製品・果物に分類するよう推奨。それによって摂り方の偏り(食べグセ)を知ることができる。
博子さんは言う「一日でバランスよく食べられなくても、翌日は摂りすぎたモノを控え、足りなかったモノを多く摂るといったイメージで」と。
【香川綾さん】
1899年、和歌山県生まれ。1949年香川栄養学園設立。61年に女子栄養大学創設。
特質すべき事は
・美味しさを計量的に実現するため、名調理人の技を計量し、料理カードにする。
・それまでのまちまちな重量表示をグラムに統一し、料理カードを見て再現できるよう計量カップ・計量スプーンを作成し、普及を図る。
・食べ方については、一目で分かり、実行できる方法=四群点数法 を提言した。
大学・自宅で調理指導
「何をどれだけ」記録、科学的根拠与える
和歌山市の信愛女子短期大学生活文化学科で生徒たちの調理を指導する松崎博子さんは、栄養士であり食生活アドバイザーの資格を持つ。自宅でも10年来料理教室を開き、バランスの良い食生活の実践を提唱している。
(中村 聖代)

【東京から嫁いで】
博子さんは東京都の出身、ピアニストを目指す少女だったが、高校二年の時、突然父親から「ピアニストになるのはまかりならん!」と一喝。長年の夢を止められた。
父の実家は新宮市。縁があって和歌山県在住の医師と見合い結婚後、田辺市に住むことになった。日大理工学部を卒業してすぐのことだ。
結婚直後、言葉や環境の違いにカルチャーショックを受ける。東京では魚は夕方から来るのでそのあたりに行けば、店先には何もなかった。切り身しか知らなかった彼女は魚の頭や尾を見たのも初めてだった。
「半時間」を「三時間」と間違えて待ち合わせた人と会えなかったこともあった。
しかし、美味しいものがたくさんあることに感激した。
【生きることは食べること】
「食べるものを整えるのが、私の仕事です」。そう言う博子さんは、食について最初から詳しかった訳ではない。
3人目の子ども、二男の離乳食で卵とじうどんを与えていた時、異常が起こった。「卵によるアナフィラキシ―ショック」だ。救急車で運ばれ幸い命に別条はなかったが、卵がアルゲンの二男は幼稚園卒園まで卵は除去と指示された。食べ物について神経を使う毎日が始まった。
また、夫は幼いころから風邪をひきやすい体質だが、体調管理は万全でなくてはならない。
【二男の病気から】
食べ物について学ぶことの大切さを痛感した博子さんは、女子栄養大学の通信教育を受けた。4級から1級までの料理検定の存在を知り、受験校が和歌山信愛女子短期大学だった。
「ここで学びたい」と望んだが、当時この学校には既婚女子(社会人)の入学の枠はなかった。切に希望し、料理検定1級合格後ようやく門戸が開かれたのだった。娘が大学一年になり博子さんが42歳になったときのことだ。
【母校で指導】
若い生徒たちに交じって通学「このときが本当の意味での学びでした」。実践が理論と繋がることを実感した博子さんだった。
卒業後は、非常勤講師としてそのまま短大に残り、調理指導を担当、現在に至る。
香川綾さんに深く共鳴する博子さんは、彼女の提唱する「正しい食べ方によって病気を予防」「皆が健康で長生きするように、栄養学を普及」といった実践栄養学を行っている。
すなわち
・ バランスのとれた食事が大切なことを知らせる。
・ 何をどれだけ食べるか、その科学的根拠を与える。
ーー といったことだ。
【地産地消のこだわり】
博子さんの家庭では、皆健康に過ごせ、夫も風邪をひかなくなった。
また自宅で月に一度料理教室を開いている。年代別のクラスにしているのは必要な栄養分がそれぞれ異なるから。
穀類や野菜類を多く摂ること、身近にある果物を必ずデザートにすることに決めている。果物王国の和歌山だからこそで、地産地消を心がけている。
食べた物を記録し、それを主食・副采・主采・牛乳乳製品・果物に分類するよう推奨。それによって摂り方の偏り(食べグセ)を知ることができる。
博子さんは言う「一日でバランスよく食べられなくても、翌日は摂りすぎたモノを控え、足りなかったモノを多く摂るといったイメージで」と。
【香川綾さん】
1899年、和歌山県生まれ。1949年香川栄養学園設立。61年に女子栄養大学創設。
特質すべき事は
・美味しさを計量的に実現するため、名調理人の技を計量し、料理カードにする。
・それまでのまちまちな重量表示をグラムに統一し、料理カードを見て再現できるよう計量カップ・計量スプーンを作成し、普及を図る。
・食べ方については、一目で分かり、実行できる方法=四群点数法 を提言した。
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by mako0491
| 2014-08-27 13:07
| アタマ記事
8.29日掲載
『びゅんびゅんごまがまわったら』
宮川ひろ著 林明子絵
童心社 1982年 1404円
http://tinyurl.com/oa7l624
対象年齢:年齢に応じて読むことができます。
(読んでもらうには)4歳から
(自分で読むには)小学生から大人まで

こうすけ少年が通う小学校には運動場に続く雑木林の遊び場があります。みんなはこの遊び場が大好きでした。
1年生のこうすけは誰より早く一本橋に渡れるようになりました。しかし、霜の深い朝のことです。こうすけは調子に乗って、一本橋をケンケンで渡り、滑って骨折してしまいました。
その日から、遊び場には鍵がかけられました。春になっても、校長先生が代わっても、遊び場には入ることができません。
こうすけは、友達と一緒に鍵を明けるように、校長先生にお願いにいきました。
ところが、校長先生は机からへんなものを出して遊びはじめました。びゅんびゅんゴマです。やり方を説明し、回せたら頼みを聞いてくれると言います。
みんなは必死に練習しました。できるようになると、今度は手と足両方。さらにできるようになると、校長先生は3つ、そして4つと回します。
みんなは怒り、残念がります。でも、こうすけはあきらめるわけにはいきません。もくもくとびゅんびゅんゴマを回します。
コマをあきらめた子も校長先生をぎゃふんと言わそうと、知恵を絞ります。竹馬名人を目指す子、危険でない雑木林での遊びを草花の工作で主張する子。
最後は校長先生をうならせることができるのでしょうか。
子どもや学校への苦情も増え、子ども達も先生も思いっきり遊びにくい時代。懐かしく感じ、大人も子ども絵本の世界に浸りたくなりますよ。
(浦田ひろみ)
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by mako0491
| 2014-08-27 12:15
| 絵本この一冊
8.29日掲載
高野、真田庵、粉河寺と歴史紀行も楽しんだ

今回は「紀州かつらぎ離れ秘湯」とあったので、ちょっぴり食指がうごいた。ルート24号を笠田に向い、しばらく走ると紀の川大橋にでる。橋には大門大橋とあるから高野山に行く道かもしれない。この道は西高野街道と言われたそうな。
笠田から約20分の距離にあり、見どころもあちこちありそうだからドライブには良いなと浮かれそうな快適な道路。
目的の温泉は変哲もない民家風のたたずまいだったが、露天風呂ありで、ナトリウムイオン・カリュウム・硫化水素と載っていたが、要約するとアルカリ単純泉。少し深めの湯船にはなみなみと湯が張られ泳げそうな浴槽。
露天風呂は少し小さめ、すぐ国道があるので、竹垣で囲ってしまって青空しか見えなかったが、湯船の中で高野山に向かうお遍路さんが行き来し市峠と呼ばれたこの地で旅の疲れを癒したのかなあと考えるのも温泉の楽しみ。
見どころの筆頭は高野山、1200年の歴史ある聖域。高野山と言えば慈尊院。「有吉さんの紀の川」にも登場する。真田父子の歴史ある真田庵、そうそう華岡青洲の暮らした春林軒もある。世界ではじめて全身麻酔で乳がんの手術を成功させた女性の味方。帰りに寄ってみよう。
途中の丹生都比売神社も寄りたい。朱塗りの太鼓橋と楼門もみておきたい。ここの茅の輪は有名らしいから、もしかしたら茅の輪作りが見学できるかも。
国道に出れば西国33カ所の粉河寺がある。今日の温泉紀行は充実した歴史紀行になった。
道すがら立ち寄った「こんにゃくの里」で直売品を調達。 鄙にもまれなという言葉ぴったりの、気立てのいい美しい女性がいるからか、ドライバーが次々と立ち寄っていた。
今夜のお酒の肴は、こんにゃく料理で決まり。
「青しぐれ高野大門ひっそりと」 炎弥子
(岡本 炎弥子)
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by mako0491
| 2014-08-27 12:04
| 温泉巡り
8・29掲載
生き方の選択へ情報・知識もしっかり持とう
東京都議会で起きたセクハラやじ問題が国内外で広く話題になったが、本来、議論せねばならないのは、女性の結婚や出産といった生き方の選択の問題である。
1年前、少子化対策を議論する政府の有識者会議「少子化危機突破タスクフォース」が検討していた、いわゆる「女性手帳」が賛否両論、物議をかもしたことを覚えているだろうか。
妊娠・出産の適齢期や高齢出産のリスクといった医学的な知識の普及を図り、知識を持った上での女性の将来設計に役立ててもらうことがねらいだったが、女性の生き方の選択に国が干渉すべきではないといった批判が相次ぎ、結局、手帳の配布は見送られた。
仕事を続けながら、結婚・出産・育児をしてきた一人の女性として、私にも、結婚するかしないか、子どもを持つか持たないか、その選択の時期があった。それは自分のキャリアプランを含めた人生設計を迫られる選択だ。
まず、結婚の選択では和歌山の地を離れ、住んだこともない東京への転居と転職が伴った。20代の後半には、子どもを持つか持たないかの選択があった。子を持つという選択はキャリアプランにかかわってくる。
私が選択を迫られた当時も、キャリアウーマンといえば未婚、あるいは既婚でも子どものいないケースが多かった。実際、私がいた部署は「ここは家庭のある人が務まるところじゃない」と言われていた。子どもを育てながら、今の仕事をやりこなせるだろうかという不安や、未婚の同期たちにおいていかれるような焦燥感に駆られた。
根底にあったものは、自分はどう生きて、成長していきたいかという自分の望む人生のあり方だった。選択には情報や知識が必要である。女性手帳の議論が盛んに誌面を賑わせていた頃、女性の年齢と妊娠の関係をもう少し早く知っていれば…という悲痛なコメントに数多く触れた。
平均寿命がどれだけ延びても生殖年齢は大昔からほとんど変わらないという神秘は、現代を生きる女性たちの人生に選択という宿題を課しているようだ。選択する力を育てることも、大学で保健医療の研究・指導に携わる者としての大きな責務だと感じている。
(石井 敦子)
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by mako0491
| 2014-08-27 11:32
| 女の視点
<高齢化と環境問題解決目指す>
最近、「プラチナ社会」という言葉をよく聞くようになりました。
東大総長も経験した三菱総合研究所理事長の小宮山宏さんが中心になって提唱
しています。
プラチナ社会とは、一言でいうと、現在の日本が抱える高齢化問題と環境問題
を解決した新たな社会像の事を指します。
シルバーではなく、プラチナと名付けたのは、金より上質で品格を感じさせ、
輝きを失わない明るいイメージがあったからだそうです。
プラチナ社会が目指す姿は、高齢者だけでなく、多世代がいきいき暮らし、
活躍できる成熟した社会。具体的には、多世代が交流できる社会的な仕組みを
つくり、環境問題と結びつけながらそれを産業化することを目指すと解説して
います。
そのためには、環境、医療・健康、教育、インフラ整備等の分野で解決すべき
事が山積しており、マクロ的には、まさに「アベノミクス」の宿題と言えるの
でしょう。
そんなに難しく考えなくて良いのかもしれません。私たちの仲間で月1回、
異業種、異なった世代間交流のサロンを開催していますが、そこに集まる元気
な参加者を見ていると、小さなプラチナ社会の実践を重ねているような気がし
ます。
スモールビジネスですが、シニアたちがちょっとした報酬を得て、そこに来る
仲間と自由に語り合い、共感する時間を過ごすーーそんな良い風景があちこち
に広がっていくことが、プラチナ社会を形作っていくのかもしれません。
最近、「プラチナ社会」という言葉をよく聞くようになりました。
東大総長も経験した三菱総合研究所理事長の小宮山宏さんが中心になって提唱
しています。
プラチナ社会とは、一言でいうと、現在の日本が抱える高齢化問題と環境問題
を解決した新たな社会像の事を指します。
シルバーではなく、プラチナと名付けたのは、金より上質で品格を感じさせ、
輝きを失わない明るいイメージがあったからだそうです。
プラチナ社会が目指す姿は、高齢者だけでなく、多世代がいきいき暮らし、
活躍できる成熟した社会。具体的には、多世代が交流できる社会的な仕組みを
つくり、環境問題と結びつけながらそれを産業化することを目指すと解説して
います。
そのためには、環境、医療・健康、教育、インフラ整備等の分野で解決すべき
事が山積しており、マクロ的には、まさに「アベノミクス」の宿題と言えるの
でしょう。
そんなに難しく考えなくて良いのかもしれません。私たちの仲間で月1回、
異業種、異なった世代間交流のサロンを開催していますが、そこに集まる元気
な参加者を見ていると、小さなプラチナ社会の実践を重ねているような気がし
ます。
スモールビジネスですが、シニアたちがちょっとした報酬を得て、そこに来る
仲間と自由に語り合い、共感する時間を過ごすーーそんな良い風景があちこち
に広がっていくことが、プラチナ社会を形作っていくのかもしれません。
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by mako0491
| 2014-08-24 16:42
| オトコの独り言
8.15日掲載
ウオーキングで全身浄化
思わぬところでつまずいてしまった。こう言うと順調だった仕事や人間関係のようだが、そうではない。見通しの良い平坦な場所で、前のめりに「おっとっと」と、つま先が引っかかったのだ。
一瞬何が起きたのかわからなくて、振り返って見るが段差はない。見られていないかをちらりと確認しながら、足早にその場を立ち去る。
何故?どうして?しつこく自分に問うが答えは一つ。足が上がってないってことなのだ。自分ではいつも通りに足を運んでいるつもりなのだが、感覚が実際と一致していないらしい。
そんな風になるのは、もっともっと先のことだと思っていたのにエイジング(老化)は確実に進んでいることに落ち込む。
女性は更年期頃から骨密度の減少が始まり、50歳を越える頃から急激に低下するという。これは早急に転ばない体力作りを考える必要がある、
と、いうわけで平凡ながらウォーキングを始めることにした。ランニングなどとても続けられない。
15分、しばらくして30分。今では1時間を毎日歩けるようになった。
大きく手を振り空を見上げる。鳥が高く飛び遠くの飛行機とクロスを描く。雲は次々と形を変え、汗ばむ肌に風が通り過ぎてゆく。雨上がりの樹木は、それ特有の香りが遠い記憶までも思い出させてくれ、全身を浄化する。
つくづく良かったと思う、あの日つまずいて。
これから押し寄せてくるであろう老いのあれこれも、こんな気づきと引き換えならいいじゃないか。
伊達に歳は重ねていない、「どんと来い」だ。
(江藤 花音)
ウオーキングで全身浄化
思わぬところでつまずいてしまった。こう言うと順調だった仕事や人間関係のようだが、そうではない。見通しの良い平坦な場所で、前のめりに「おっとっと」と、つま先が引っかかったのだ。
一瞬何が起きたのかわからなくて、振り返って見るが段差はない。見られていないかをちらりと確認しながら、足早にその場を立ち去る。
何故?どうして?しつこく自分に問うが答えは一つ。足が上がってないってことなのだ。自分ではいつも通りに足を運んでいるつもりなのだが、感覚が実際と一致していないらしい。
そんな風になるのは、もっともっと先のことだと思っていたのにエイジング(老化)は確実に進んでいることに落ち込む。
女性は更年期頃から骨密度の減少が始まり、50歳を越える頃から急激に低下するという。これは早急に転ばない体力作りを考える必要がある、
と、いうわけで平凡ながらウォーキングを始めることにした。ランニングなどとても続けられない。
15分、しばらくして30分。今では1時間を毎日歩けるようになった。
大きく手を振り空を見上げる。鳥が高く飛び遠くの飛行機とクロスを描く。雲は次々と形を変え、汗ばむ肌に風が通り過ぎてゆく。雨上がりの樹木は、それ特有の香りが遠い記憶までも思い出させてくれ、全身を浄化する。
つくづく良かったと思う、あの日つまずいて。
これから押し寄せてくるであろう老いのあれこれも、こんな気づきと引き換えならいいじゃないか。
伊達に歳は重ねていない、「どんと来い」だ。
(江藤 花音)
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by mako0491
| 2014-08-18 00:33
| 女の視点
8.15日掲載
JR新宮駅前の花壇管理に全力
ボランティア 「はなはなきっさこ」

花のボランティアグループ『はなはなきっさこ』といいます。南紀JR新宮駅前の花壇を維持管理しています。
2010年6月に行政と市民(団体、地区推薦委員20名)の協働「みんなの協議会」が発足しました。街の活性化を考え、まず、決議されたのが、新宮市の玄関口JR新宮駅前をきれいにしようということでした。
元々花壇はあったものの手入れがされず、草木が伸び放題。近隣の商店はシャッター街。というとても観光客を呼べる街並みではありませんでした。まず、花壇の改修をロータリークラブさんにお願いし、2011年に花壇が完成しました。
花は生き物。片手間に管理はできません。そして、2012年4月、みんなの協議会メンバーから3名と市民で、市のアダプト制度を利用し花のボランティア団体を立ち上げました。
会の名称のはなはなきっさこは、禅語の喫茶去から。諸説ありますが、誰でも気軽に花を通じて友達になりましょうという思いで名づけました。
会員の出入りはあるものの10名ほどで活動しています。協議会メンバーが会長、副会長、書記・会計・広報になり、毎月1回、10日前後に全員参加の定例会を開き、今後の運営や情報の共有を行っています。
また、毎週月曜日と木曜日は全員参加の作業日にしています。日々の個々の作業は連絡ノートに記入し、次の人が円滑に作業できるようにしています。
花の管理ばかりでなく、美化活動として、周辺清掃、草刈、剪定、駅構内の花の管理も行っています。多くの観光客、市民の皆さんが行きかう場所ですので、常に花のある状態を保つため、大きくは年2回の植替えですが、日々の作業で全体のバランスを見ながら植替えを行っています。
発足して3年目です。今までの活動は、2011年9月、台風12号により新宮市は壊滅的な被害を受けました。特に熊野川町の被害は甚大で、道路は寸断され、家は流され、直後の光景は灰色一色でした。色を届けたい、その思いで、仮設住宅へ花のプランターを贈りました。2013年9月まで花支援をさせていただきました。
また、2013年3月『鉄道開通百周年記念行事』の時は木製プランターカバーを利用して花列車を作り、JRさんに祝福の気持ちを届けました。
その他には、『和歌山県花いっぱいコンクール』にも発足当初から応募し、2012年は優良賞。2013年は功労賞をいただきました。今年も資料をまとめ応募したところです。
市からの予算だけで運営するのは厳しく、商店街の助成金募集や「花王ハートポケット倶楽部地域助成」などにも応募して運営資金を作っています。
今年7月には、来年度行われる『紀の国わかやま国体・わかやま大会』に向けて応援の気持ちを込めて、きいちゃんの看板設置をしました。これは、JR和歌山駅西口の花壇にきいちゃんの看板が設置されているのを見たからです。とてもかわいく花とのコラボレーションが素敵でした。早速、花壇を管理されている「花いっぱい推進協議会」さんにご指導を仰ぎ、作成しました。
来年の『国体花いっぱい運動』にも参加する予定です。駅前を花いっぱいにして選手、関係者の方をお迎えしたいです。
http://blog.canpan.info/hanahanakkissako/
JR新宮駅前の花壇管理に全力
ボランティア 「はなはなきっさこ」

花のボランティアグループ『はなはなきっさこ』といいます。南紀JR新宮駅前の花壇を維持管理しています。
2010年6月に行政と市民(団体、地区推薦委員20名)の協働「みんなの協議会」が発足しました。街の活性化を考え、まず、決議されたのが、新宮市の玄関口JR新宮駅前をきれいにしようということでした。
元々花壇はあったものの手入れがされず、草木が伸び放題。近隣の商店はシャッター街。というとても観光客を呼べる街並みではありませんでした。まず、花壇の改修をロータリークラブさんにお願いし、2011年に花壇が完成しました。
花は生き物。片手間に管理はできません。そして、2012年4月、みんなの協議会メンバーから3名と市民で、市のアダプト制度を利用し花のボランティア団体を立ち上げました。
会の名称のはなはなきっさこは、禅語の喫茶去から。諸説ありますが、誰でも気軽に花を通じて友達になりましょうという思いで名づけました。
会員の出入りはあるものの10名ほどで活動しています。協議会メンバーが会長、副会長、書記・会計・広報になり、毎月1回、10日前後に全員参加の定例会を開き、今後の運営や情報の共有を行っています。
また、毎週月曜日と木曜日は全員参加の作業日にしています。日々の個々の作業は連絡ノートに記入し、次の人が円滑に作業できるようにしています。
花の管理ばかりでなく、美化活動として、周辺清掃、草刈、剪定、駅構内の花の管理も行っています。多くの観光客、市民の皆さんが行きかう場所ですので、常に花のある状態を保つため、大きくは年2回の植替えですが、日々の作業で全体のバランスを見ながら植替えを行っています。
発足して3年目です。今までの活動は、2011年9月、台風12号により新宮市は壊滅的な被害を受けました。特に熊野川町の被害は甚大で、道路は寸断され、家は流され、直後の光景は灰色一色でした。色を届けたい、その思いで、仮設住宅へ花のプランターを贈りました。2013年9月まで花支援をさせていただきました。
また、2013年3月『鉄道開通百周年記念行事』の時は木製プランターカバーを利用して花列車を作り、JRさんに祝福の気持ちを届けました。
その他には、『和歌山県花いっぱいコンクール』にも発足当初から応募し、2012年は優良賞。2013年は功労賞をいただきました。今年も資料をまとめ応募したところです。
市からの予算だけで運営するのは厳しく、商店街の助成金募集や「花王ハートポケット倶楽部地域助成」などにも応募して運営資金を作っています。
今年7月には、来年度行われる『紀の国わかやま国体・わかやま大会』に向けて応援の気持ちを込めて、きいちゃんの看板設置をしました。これは、JR和歌山駅西口の花壇にきいちゃんの看板が設置されているのを見たからです。とてもかわいく花とのコラボレーションが素敵でした。早速、花壇を管理されている「花いっぱい推進協議会」さんにご指導を仰ぎ、作成しました。
来年の『国体花いっぱい運動』にも参加する予定です。駅前を花いっぱいにして選手、関係者の方をお迎えしたいです。
http://blog.canpan.info/hanahanakkissako/
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by mako0491
| 2014-08-18 00:19
| アタマ記事
8月15日掲載
ケール食せば綺麗になる
A子:つい最近ケールの種を買って栽培し始めたんよ。セレブ野菜。
B子:なんやの、セレブ野菜って? なんやの、ケールって?
A子:グリーン・スムージーとか呼ばれてハリウッドのセレブがオシャレに愛飲してるらしいよ。
B子:そういえば、「キャットウーマン」で、ナイスなバディを見せてるアンハサウェイが美しさの秘訣はコレだと絶賛してたよね。

A子:繊維質とビタミンC、Eなどの抗酸化成分をたっぷり含んでいて体内の免疫力を高め、血糖値を一定に保つ働きがあるうえに、腹持ちが良くて空腹感を抑える効果もあるって。
スカーレット・ヨハンセンやエヴァ・ロンゴリアもファンなんだって。
B子:青汁の原料もケールやなかった?ひと昔前に「まずい! もう一杯」という宣伝で有名になり、年寄りが飲むものというイメージが強いねんけど・・
A子:たしかに日本では影の薄い野菜やね。マーケットに並んでるのも、ホームセンターで苗が売っているのを見たことないしね。で、カリフォルニアの友人にきいてみたら「育てやすく、一年中生えてて、とっても便利。
アメリカの菜園本などでは必ず出てくるし、料理本にもたびたび登場する」んだって。丈夫そうだから私にもなんとか育てられるんじゃないかと思ったわけ。
B子:苗を売ってないんだったら種から育てるしかないってことなのか。
A子:ハリウッド・セレブを目指すのもラクじゃない。
B子:うまく育ったらちょうだいね。で、どんな食べ方があるのん?
A子:キャベツの一種やけど、結球せずホウレンソウみたいな葉っぱやねん。サラダやスープ、焼き物のほかにオーブンでカリカリにしたケールチップスはアメリカでも人気やねんて。ベッカム夫人が実際によく作って食べているらしいよ。
B子:美容と健康に良いみたいやね。私も欲しい!
A子:栄養素の豊富さは、野菜の中でもトップクラスを位置する、といわれているほどで、まさにスーパーフード。特に身体の中のサビを除去する抗酸化作用は、アンチエイジングを気にする女性にぴったり。
しかもメラトニンという成分が含まれていて、睡眠促進効果が期待できるんだって、ストレスが多くて不眠がちになっている人にもおすすめよ。
A子・B子:市場にもっと出回って欲しいよね!
(中村 聖代)
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by mako0491
| 2014-08-17 23:50
| ちまたで近ごろ流行るもの
8.15掲載
『こぐまちゃんのみずあそび』
わかやま けん著
こぐま社 1971年 864円
http://tinyurl.com/nfj2jhb
対象年齢:年齢に応じて読むことができます。(読んでもらうには)1歳から
(自分で読むには)3歳から大人まで

夏といえば、昔は心も体も開放する季節でした。が、近年は記録的な気温や熱中症、さらに台風とつらい季節になりました。
さらに子どもにとっては楽しい夏休みのはずが、はしゃぎ声が近所から騒音と言われることも増えているとか。せめて絵本の中でも思いっきり夏を満喫させてあげたいですね。
<あらすじ>
こぐまちゃんがじょうろを持って出てきました。お花に水をあげるようです。
「おもしろいね。じょうろに水がいっぱいだ」
お花に水をあげていると、列をなすありさんを発見しました。
「ありさん 暑いね。 お水を あげよう。」「ありさん びっくり おおさわぎ」。ありさんは列を乱して逃げていきます。
お友達のしろくまちゃんがホースを持って出てきました。こぐまちゃんもホースを取り出します。
ホースをシャワーにして、水遊びです。もちろん自分も周りもびしょびしょです。
「おもしろい おもしろい つめたい つめたい」
ありさんが水に流されそうです。ありさんを葉っぱのボートに乗せ、救出しました。
最後はもちろん、二人ともどろんこ。でも、もちろん「楽しかったね」♪
服がぬれても、お構いなしで遊んだ頃を思い出しますね♪
(浦田ひろみ)
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by mako0491
| 2014-08-17 23:34
| 絵本この一冊
8月1日掲載

仲間増やして、長寿謳歌
「大人の居場所」を作ろうと、和歌山市内で月に一度、サロンを開いています。そこに集うのは様々な人たちで、いつも同じ顔ぶれとは限りません。そこで初めて出会う人もあれば、どこかでつながっていた人とここで再会することもあります。
メインゲストの男性や女性にシェフになってもらったり、お得意の楽器や歌・踊り・お話しを披露することもあります。
ついこの間の会では自己紹介ならぬ他己紹介をしあってもらいました。このときのメンバーは高校時代の同級生で数十年来のお付き合いのあるグループ・前回知り合ったばかりの方・このサロンで友人になった方・スタッフの方などなどで、不思議なことに、数十年の知己も、1回ないし数回の知己も同じように紹介されたのです。
スタッフの方のお話。「数十年前に夫を亡くし、自分の人生も60歳くらいで終わると思っていました。ところが、ここに来て働くようになって、自分が必要とされていること、新しい人たちとの出会い、新しい料理の作り方などを経験することで、60歳を超えた今こそ益々元気で、若々しく暮らしています」。
まさに、私たちはこのことを体現したいのです。いかに積極的に生を全うするか、「お迎えの来る」のをひたすら待つような余生だけは送りたくありません。
前東大総長の小宮山宏氏は、長寿謳歌社会、人生100年時代を目指し、学校で勉強して社会で活躍するということではなく、エコで高齢者が参加し、一生を通じて人が成長を続け、雇用がある『プラチナ社会』を提唱しています。
それを実現するためには私たち自身が動き出す必要があるのです。大げさに言えばその第一歩を踏み出していると言えないでしょうか?
こぴっといきましょう!
(中村 聖代)

「大人の居場所」を作ろうと、和歌山市内で月に一度、サロンを開いています。そこに集うのは様々な人たちで、いつも同じ顔ぶれとは限りません。そこで初めて出会う人もあれば、どこかでつながっていた人とここで再会することもあります。
メインゲストの男性や女性にシェフになってもらったり、お得意の楽器や歌・踊り・お話しを披露することもあります。
ついこの間の会では自己紹介ならぬ他己紹介をしあってもらいました。このときのメンバーは高校時代の同級生で数十年来のお付き合いのあるグループ・前回知り合ったばかりの方・このサロンで友人になった方・スタッフの方などなどで、不思議なことに、数十年の知己も、1回ないし数回の知己も同じように紹介されたのです。
スタッフの方のお話。「数十年前に夫を亡くし、自分の人生も60歳くらいで終わると思っていました。ところが、ここに来て働くようになって、自分が必要とされていること、新しい人たちとの出会い、新しい料理の作り方などを経験することで、60歳を超えた今こそ益々元気で、若々しく暮らしています」。
まさに、私たちはこのことを体現したいのです。いかに積極的に生を全うするか、「お迎えの来る」のをひたすら待つような余生だけは送りたくありません。
前東大総長の小宮山宏氏は、長寿謳歌社会、人生100年時代を目指し、学校で勉強して社会で活躍するということではなく、エコで高齢者が参加し、一生を通じて人が成長を続け、雇用がある『プラチナ社会』を提唱しています。
それを実現するためには私たち自身が動き出す必要があるのです。大げさに言えばその第一歩を踏み出していると言えないでしょうか?
こぴっといきましょう!
(中村 聖代)
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by mako0491
| 2014-08-07 12:01
| ヒト交差点