わかやま新報女性面 (隔週金曜日)記事を発信-NPO法人「和歌山コミュニティ情報研究所」の女性スタッフが取材・編集を担当


by mako0491

ワダイビト

6.8  ワダイビト   

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工藤 新史(観光学部2回生)

    コミュニティで多彩な出会い

     

和歌山大学に入学する前、高校生の時は、将来どのような暮らしをしていたいかということを、よく友達と話していました。会社にライフスタイルを拘束されず、自分の好きなことをして、自由に生きたい、そう漠然と思っていました。

そのようなことを考えていた私は、高校生の頃も、友達と旅行をしたり、一人で街なかをぶらぶら歩くのが好きでした。地元芦屋の街中をしばらく歩いていると、昔ながらの商店街や古い木造建築が並ぶ住宅街が見え、時には、古墳に出くわしたりします。

旅行をしているときでも、見知らぬ土地をただただ歩き回り、気に入った景色があれば時間を忘れて見入り、ここでどんな生活ができるのだろうかと思いふけってしまいました。

また、観光地の商店街やホテルなどに行くと、働いている人たちの姿がとても活き活きしていました。私もそんな風になりたい、直観的にそう思って過ごしていました。いつしか、観光地に住み働くことは、自分の好きなことをしながら自由に生きていくことなのではないかと思うようになったのでした。

そうして、「観光=自由な暮らし」と思い始め、そこに近づけるように勉強しようと、和歌山大学の観光学部に入学しました。

     大学に入学してからは、「観光地」に行くということだけではなく、様々な「コミュニティ」に出掛けています。有田の段々畑でみかんを収穫してみたり、大学で政治経済を研究するサークルを立ち上げたり、去年の衆議院選挙では、地域の方々と選挙啓発カフェをしてみたりと、興味のあることはどんなことでもやってみようと活動しています。

このような活動の中で、「コミュニティ」で自由に活き活きと生きている人たちとたくさん出会いました。それぞれの人たちが積み重ねてきた十人十色の「自由な暮らし」を見て、では自分ならどうするのかということ考え、これからも「旅」を続けていきたいと思います。

   


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# by mako0491 | 2018-06-14 12:18 | ヒト交差点

和歌山に暮らす外国人妻

6.8付け   

 森 ソルさん(フィリピン出身)

   日本の肝っ玉母さん

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 ソルさんは、来日して35年。フィリピンで生まれ育った年月よりも長くなる。この35年の歴史を聞いた。

 銀行の電話交換手をしていたソルさんが、仕事でフィリピンに来ていたご主人と、知人の紹介で会ったのは、ソルさんが23歳の時。

意気投合した二人は、ご主人が仕事でフィリピンに来るたびに会い続け、ついに19836月、ソルさん29歳の時に結婚、11月に来日した。

 ここからソルさんの日本での奮戦記が始まる。

フィリピンでは、車に乗る時ドアを開けて乗せてくれて後で閉めてくれていたのが、日本に来たとたん、運転席に座ったまま。荷物はほとんど女性が持ち、男性は手ぶら。パーティーなどには夫婦二人で出かけるのに、夫は一人だけで出かける。部屋の中に亡くなった人の写真がずらりと並んでいるのが怖くて眠れなかったこと、またフィリピンではエプロンをつけるのはメイドさんだけで主婦はつけないから、エプロンをつけることに抵抗があったこと等、習慣や価値観の違いに戸惑った。

 

ソルさんは、生花業を手広く営むご主人の会社の仕事をし、教会に行き、子どもやご主人、両親の世話をし、そして家事もこなしてきた。朝5時に起きて、しまい風呂に入って12時に寝るまで目まぐるしく動き回る生活が何年も続いた。その間、両親を見送り二人の息子を立派に育て上げ、家族のために一生懸命に働いてきた。

 今は二人の息子たちも社会人となり独立したので、エステティシャンの資格を取得し、自宅でサロンを開いている。

今では、昔感じた習慣や価値観の違いを感じることも少なくなった。

今日まで頑張ってこられたのはやはりご主人と強くしっかりした絆で結ばれているからだと感じる。穏やかな物腰と口調の中に、芯の強さを秘めたソルさんと話していると日本の肝っ玉母さんが浮かんでくる。現に日本人男性と結婚したフィリピン女性はソルさんを頼ってよく相談に訪れると言う。

ちなみにフィリピンの女性が男性を見るポイントは手と歯だそうで、手でどんな仕事をしているか、歯でどんな家庭で育ったかを推察するらしい。歯が生え変わったころに歯並びを矯正し、ペーストの上に塩を振りかけて歯を磨くらしい。筆者もピカピカ歯を目指してこの塩振り歯磨き法を実践中。(いささか手遅れであるが)

 反対に男性は女性の笑顔を見るそうです。

ソルさんは「今は平気でエプロンをつけてますよ」と白いきれいな歯を見せて、にっこり微笑んでくれた。

(林 多恵子)


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# by mako0491 | 2018-06-14 12:08 | ヒト交差点

6.8頭原稿です

人気の農家民宿 はなあそび

外国人客増え、交流に一役

 民宿需要が高まっている。最近では白浜で女性限定の民宿が人気である(3月9日掲載)。今回は場所は三重だが、新宮エリアの農家民宿に行ってきた玉置ひとみさんに寄稿してもらった。

梅取り体験楽しむ

空き部屋の宿泊場所の提供者と宿泊希望者を結ぶサイトAirbnb(エアビーアンドビー)の日本法人が行った、日本でのおもてなし度の高い都市や地域の調査で、新宮市が1位にランキングされた。2位が白馬村、3位が倉敷市とおもてなし度の高い都市が地方に点在している。2007年4月から2018年3月までの1年間の利用顧客データを基に選出されたものだそうだ。

新宮市エリアのAirbnbである農家民宿「はなあそび」(オーナー、矢熊政好・名

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良子さん)へ伺った。三重県の最南端、紀宝町神内にある。今回の調査でも、農家民泊であり地元体験型ということで評価が高かったそうだ。

5月の末、梅取りシーズンという情報を得たので、梅取り体験をした。3ヘクタールの畑に南高梅が植えられている。鈴なりだった。梅ジュースにするためのシロップを作る予定で、青梅だけを選んで取った。

同じく体験に訪れていた人は、梅干しを作る予定だと、赤く熟している梅を取っていた。梅林は、遠く広がる田園風景の中の高台にあるので、景色もよく、この民宿の人気の高さに納得する。

庭には多様な花

こちらの民泊は、4年前、ご主人の完全定年退職を機に始められたそうだ。奥様は花を育てるのが趣味。庭には、多種多様なお花が植えられ、また鉢植えも数えきれないくらいで、庭に整然と並べられている。

ご夫婦とも長年人と関わってきたお仕事だったからか、宿泊施設の少ないこの地域で、宿泊を提供しようと自宅を開放された。基本は素泊まりだが、申し込めば(有料)家庭料理でもてなしてくれる。特に、Airbnbに登録してからは、海外のお客様が増え、国際交流になるとはと、ご夫婦も驚いているようだった。

JR新宮駅まで車で10分。公共交通機関がない地域のため送迎をしてくれる。さらに、近隣の世界遺産や名所旧跡へも案内しているという。田舎の親戚に遊びに来たような温かなもてなしをしてくれる。

郷土料理に舌鼓

梅取り体験をしたこの日も、収穫後、郷土料理の『落花生混ぜご飯』を振舞ってくれた。熊野の混ぜご飯は、酢飯だ。しかし落花生が入っているのは初めて。大人気メニューだそうだ。

宿泊すれば郷土料理の調理や、田植え、稲刈りなどの文字通りの農家体験ができるという。

四季折々の草花と暮らす安らぎをおすそ分け。日常の慌ただしさを忘れられる貴重な時間を一緒に感じてみませんか?花いっぱいの庭でお待ちしています。とコメントをいただいた。


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# by mako0491 | 2018-06-14 12:00 | アタマ記事


見た目も中身も磨かないと

満員電車でのこと。そばに座っている女の子が携帯を操作している。ひざの上に置いたヴィトンのバッグとつやつやの茶髪がまぶしい。

携帯の画面がいやがおうでも目に入ってくるのだが、どうやら友達と取ったツーショットの写真を見ている。

そして自分の顔に指でしゅっとなぞっている。すると、彼女の顔が少し小さくなった。次に目の辺りをくるくるとなぞっている。すると、彼女の目が大きくなった。こうして、どんどん写真の中の彼女が美人に修正されていく。

一方で、隣に映る女の子はそのままほったらかし。隣の子よりも私がかわいいといわんばかりに、熱心に修正をしていた。…女は怖い。怖さで疲れがどこかに行ってしまった。

美意識の高い女子は自分をいかにかわいく見せるため、さまざまな手段を使っている。写真修正する携帯アプリは当たり前で、指一本で小顔にできたり、鼻を高くできたり、だれでも簡単に理想の自分に変身できるのだ。

もちろん、その女子の写真を見た男子は「この子かわいいな、会いたいな」と思うのだが、あまりにも違う実物を見て、相当落胆する。「もう女子なんて、いや、もはや人間なんて信じられない」といったところである。

人は見た目が99パーセントとはよく言ったものだが、やりすぎては本当の自分を見てもらうことすらできないのだと思う。こんな時代だからこそ、見た目も中身も磨かないと生き残りは難しい。

(宇都古 舞)
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# by mako0491 | 2018-06-14 11:43 | 女の視点

毎年夏に高校生向けのプログラム


海外からも参加者は多く


能登左知さんは、2016年から和歌山市内において、毎年夏に高校生向けのプログラムGTEGrobal Tchnology Entrpreneur)を主宰している。今年で3回目になるが、回を重ねるごとに注目を浴びている。今回は彼女と、行っている事業にスポットを当ててみたい。

   (中村 聖代)

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【交換留学生として】

左知さんは市内で生まれ、開智高等学校に進学するも、2年生の夏休みにロータリークラブの交換留学生として米国カンサス州オレイサ市にホームステイ。留学期限が切れた後は、開智を退学してそのまま米国の高校に転校して個人留学を続けた。

ウォルト・ディズニーも通った4年生芸術大学(Kansas Art Institute )に進み、インダストリアル デザイン科を卒業した。

彼女がこうした経歴を持つに至ったのは家庭環境にある。小学生のときから家では交換留学生を多く受け入れていて、忙しい両親や姉のかわりに左知さんが彼らと関わっていたからである。

「自分も高校生になると、海外で学ぶのだな」と自然に刷り込まれたと、顧みる。

 卒業後は故郷に戻ってきてデザイン会社を起業したが、経験が浅いため苦戦。ニーズがあった東京に移住した。


【東京から横浜へ】

 左知さんは、()中小企業基盤整備機構に職を得、ビジネスインキュベーターションマネジャーとして、5年間起業家を育成する仕事に携わった。その間2000件のプレゼンテーション個別指導を経験。


【会社を立ち上げ】

住まいがあった横浜には、偶然にもシリコンバレーで知り合った曽我弘(そが・ひろむ)氏が近所に住んでいた。

 彼は、新日鉄を退社後、1994年から2010年までシリコンバレーに移住。スティーブ・ジョブズに自身の会社を売却後、今度はNPOを設立し、日米のスタートアップ企業のメンターとして支援活動を行っていた。

 別々に起業家を支援してきた左知さんと弘氏は、共同で(株)カピオンを立ち上げることにした。2010年のことだった。

GTEプログラム】

 (株)カピオンは、起業家への経営支援を様々行ってきた。が、「起業について学ぶには若いほど身につき、実行して訓練できる期間が長い。これからは高校生も対象とした支援の輪を広げる必要がある」というコンセプトのもと2016年に一般社団法人カピオンエデュケーションズを設立した。高校生限定のアクティブラーニング プログラムGTEイノベーションチャレンジを主宰する。実施は和歌山市だ。

【今年で3回目】

 このプログラムはサマーキャンプ。今年は7月30日から8月3日の5日間。英語で本格的なビジネスについてワークショップを行う。シリコンバレーより現地の高校で起業を専門とする専任講師を招く。最終日にはビジネスプランコンテストが行われ、優勝したチームには「未来」への登壇機会が与えられる。

 海外からも参加者は多く、こうした経験から世界のビジネス界と直に繋がることも可能なのだ。

 世界を視野に入れた経験は、これからの行き方を考える上で、大きな力となりうるだろう。

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未来2018

社会にインパクトを与えるビジネスの創造・成長をサポートする日本最大級のコンテスト。

スタートアップや既存企業のカーブアウト(事業分離)、これから起業する挑戦者をサポートし、あらゆる企業・投資家等を繋ぎ合わせることで、皆の成長とイノベーションの実現をはかる。


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# by mako0491 | 2018-05-20 15:56 | アタマ記事

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5.11絵本

『えらいこっちゃのようちえん

かさいまり文 ゆーちみえこ絵 

アリス館 2017年 1404

対象年齢:年齢に応じて読むことができます。

(読んでもらうには)3歳から

(自分で読むには)5歳から大人まで 

新学期からもう1ヶ月。GWが過ぎ、新生活の疲れがでていませんか?

<あらすじ>

主人公の僕は今日から幼稚園です。幼稚園のリュックを背負い、水筒をかけ、お母さんと手をつないで、幼稚園の送迎バスを待っています。

バスがやってきました。ひとりで乗らなければなりません。「えらいこっちゃ」いつもお母さんと一緒だったのに。僕は逃げた。でも、先生とお母さんに追いかけられ、バスに乗せられました。

幼稚園に着きました。幼稚園には子ども達がたくさんいます。「えらいこっちゃ」公園には数人しかいなかったのに。

ブロックで遊びたいけど、貸してもらえません。「えらいこっちゃ」家では待たなくても遊べるのに。

トイレは立ちションです。「えらいこっちゃ」家では座ってのんびりできるのに。

滑り台で遊びたくてお外に行ったら、先生が迎えに。今はお絵描きの時間らしい。「えらいこっちゃ」家では好きな時に好きなことができるのに。

外遊びの時間です。「えらいこっちゃ」スモックの前と後ろを間違えた。なおそうとしたらスモックが裏返しになりました。 「えらいこっちゃ」裏がえしを治すのは難しい。いつもはお母さんが手伝ってくれるのに。

お弁当の時間です。気がついたらみんな食べ終わっていた。 

「えらいこっちゃ」先生は大丈夫って言ってくれたけど、泣いてしまった。いつもは元気に食べるのに。

帰りの時間。先生が言った。「明日も待っているよ」「うん」僕の口が勝手に言った。「えらいこっちゃ」

幼稚園バスで家に帰るとお母さんがニコニコ待っています。「がんばったね」そっかあ……僕は頑張ったんだあ。ちょっとだけ泣きそうになった。「明日のお弁当は卵焼きを入れてね」

みんな頑張っていますね。 (浦田ひろみ)


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# by mako0491 | 2018-05-20 14:37 | 絵本この一冊

「訪問診療」と「往診」

5.11視点

訪問診療、より身近な医療に

 先日、神戸で開業医をしている友人から「突然、今まで一度も診察したことのない方から、具合が悪いので往診に来て欲しいという電話があって困った」という話を聞きました。

確かに、救急車を呼ぶほどではないけれど、しんどくて病院に行くことも難しいといったような経験をすることはあります。

私が小学生だった40年以上も前は、日頃から些細な風邪などでお世話になっていた近所の小さな医院の老医師が黒い鞄に診察道具を詰めて家に来てくれました。

そんな記憶のせいか、往診という言葉にはどこか昭和のノスタルジックな響きを感じます。

すっかり医療が高度化、専門分化して、なんでもかんでもとりあえず近所の町医者で診てもらうといったことが少なくなってからあまり聞かなくなった往診という言葉ですが、高齢化による療養の場の広がりから在宅医療が盛んに言われるようになり、再び耳にすることが増えてきています。

在宅医療に併せて、新たに「訪問診療」という言葉も出てきました。「訪問診療」と「往診」、どちらも医師が自宅などを訪問して診察するというのは同じなのですが、実は、この二つは全く違うものなのです。

その場限りの緊急的な「往診」とは異なり、「訪問診療」というのは、医師が定期的に訪問して、診察や治療、療養上の相談に対応することで、寝たきりや障害があって外来通院をするのが難しくても、住み慣れた家など生活の場で療養することを支える仕組みなのです。

実際のところは、どちらも区別せずに馴染みのある往診という言葉にまとめて使われていることが多いのですが、超高齢社会を迎え、在宅医療のニーズの高まりとともに、今後、訪問診療がより身近な医療として私たちの生活に根付いていくことでしょう。 (石井 敦子)


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# by mako0491 | 2018-05-20 14:27 | 女の視点


パソコン買い替えた、でも・・・

 新しいパソコンが届いた。

私のパソコン歴は「ワープロ・単能機」に始まる。ソフトは「一太郎」であった。この単能機を購入するとき、当時のシステム部の部下に相談した。「パソコンを買われたほうがよろしいかと」というのが返事であった。

今から思えば、パソコンの中にワープロソフトが組み込まれていたのだから、当たり前のことなのだが、そのことさえ知らなかった。しかも当時(1,995年頃)、本体に付属のプリンターまで含めると相当高価で個人では手は出しにくかった。

さらにデスクトップタイプで、書斎の事務机の半分は占拠するような「機械」であった。「ワープロ単能機」なら、片手で下げて通勤できるぐらいの大きさであった。その格好の良さに惹かれて、結局それを買ったのである。

 1年もせぬ内に、役員室の自席にデスクトップ型のパソコンが置かれた。担当部所からのメールが入り始めた。「先輩よ、パソコンに慣れよ!」との後輩からの指示と受け止めた。

 歳の割にはパソコンには通じているほうだろうと自負しているが、それでも、もう進む技術革新についていけない。ビットコインだ、瞬時の資金決済だ、将棋や囲碁の世界でも人間のほうが負ける、税金の申告までそれを使う、そんな世界になった。さらに数年のうちにスマホが社会の情報通信世界を支配している段階に進んでいる。

人間社会の効率化の追求は何処まで行くのだろうか。生身の感性や、身についた手作り技術や、思いやりの人間関係の世界はどう変化してゆくのだろうか。100歳まで生きて20年後の姿を覗いてみたい。 

(久山 みのる


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# by mako0491 | 2018-05-20 14:20 | オトコの独り言

4月20日トップ

顔ヨガ指導に奔走 新田さん


  資格生かし、きれいのお手伝い

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新田佐津紀さんは、ヨガインストラクターであるが、身体を動かすヨガのほかにも『骨盤インストラクター』でもある。また、近頃人気の『顔ヨガ』においては和歌山県で第1号の認定指導者である。毎日「綺麗のお手伝い・愛される笑顔作り」のために走り回っている佐津紀さんにお話を聞き、そして少しだが指導を受けたので報告する。( 中村 聖代 )

 佐津紀さんは、ヨガの気持ちよさを知ってもらおうと、岩出や和歌山県内で「美人ヨガ」、興国寺や道成寺では「寺ヨガ」、南部のホテルでは「サンセットヨガ」、有田川町では「テラスヨガ」、絶景の「カフェヨガ」、他にダイエット目的の「ブートキャンプヨガ」などなど、たくさんのヨガを企画し開催している。いずれも好評だ。

数人集まれば、どこにでも行って指導をしてくれるフットワークの軽さが人気の秘密であろう。出張講座は随時開催される。

彼女は、ヨガ認定インストラクター・リラクゼーションフットセラピー・JAFAアクアビクス認定インストラクター・リンパマッサージ認定セラピスト・そして和歌山県第1号のフェイシャルヨガ認定インストラクターなどの資格を有している。そのため各地域・企業・病院や大学などでも講演会やワークショップを開催、多忙な毎日だ。


【顔ヨガの効果】

 なかでも注目は、フェイシャルヨガ=顔ヨガ。確かな理論と医療監修を受けたテクニックを実践することで、「顔は自分で変えられる」という。

顔に特化した運動により、以下のような効果が得られる。

・血流改善

・リンパ促進

・新陳代謝の促進

・コラーゲンの生成

・筋力の発達

そしてそれによって次のような美容効果があるという。

・顔色が良くなる

・たるみ改善

・しわ改善

・保湿効果

・その他(毛穴の減少、むくみの改善、しみ減少、小顔効果、自然な笑顔などなど)

 ただし、 「フェイシャルヨガはシワの削減だけでなく、増加にも寄与する」と忠告する医師もいる。 激しい筋肉の動きによって、コラーゲン繊維の消耗を増加させ、 シワを悪化させる可能性があるということだ。間違った方法で顔ヨガをすることで、逆効果になることもあるということだ。

そのためにも、本やビデオ教材などでも良いが、プロの指導をしっかり受けること、保湿を十分に行うこと、やり過ぎないことが重要だ。


【佐津紀さんの思い】

 「表情筋は、小さな筋肉なので効果がでやすく、1日たった3分、お風呂やトイレなどちょっとした時間を活用して1~2週間続けるだけで顔に変化が出てきます」。

「顔ヨガを知ることで、美の意識が変わり、いつまでも若々しい顔を手に入れることができます。自分だけでなく周りまで幸せにしましょう」。と佐津紀さんは言う。

 教えてもらった項目の中で、自身は3つだけを続けてみた。最初は硬かった筋肉がすこしずつ柔軟になってくるのがわかる。

  彼女のモットーである「綺麗のお手伝い・愛される笑顔作り」は自身だけでなく、周囲の人たちも幸せになるキーワードといえよう。


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# by mako0491 | 2018-05-01 22:46 | アタマ記事

「忖度」(そんたく)と言う言葉の魔性

 「忖度」と言う言葉を解剖し、あたかも悪の権化の様にはやし立てている輩がいます。マスコミや政界派閥が先導し危機感を煽っていることに乗せられているその風潮は、苛立たしい限りです。

人は共感する相手の思いを尊重し、その願いを全うさせてあげたいと行動するものです。「忖度」と言うのはその思いと行動を言うのだと私は思っています。言い換えれば「共感する相手への愛の心」だとさえ思っています。「忖度」出来ない社会なんて、色彩の無い奥行きも無い、味気無い社会でしょう。

 

そうは言っても、善良と自分で思っている私たちは、自分の能力を駆使して、自分自身の危機管理していかねばなりません。損をしていることも知らなくて、損害を被っていることが日常幾つも発生しているからです。

どうすれば良いのでしょうか。日本という国は、幸せなことに、国の制度はその危機を避けるための仕組みを、他国に負けないくらいの水準に作ってくれていると国民は信じているのです。問題は沢山ありますが、難民になりたいと誰一人思っていないでしょうから。有難い社会に自分は今生活していると思っているのです。

 

「そこから後の危機管理はそれぞれの自己責任で」というのが原則でしょう。しかしそれに関わる情報が可能な限り等しく行きわたることがそのベースにとなるのでしょう。

 「忖度」って、結局、他人の為でなく、自分自身の為に行う「危機管理の知恵」に行き着くのでしょうか。      (久山みのる)


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# by mako0491 | 2018-05-01 22:22 | オトコの独り言

4・20絵本

『ぼくらちきゅうじんだいひょう!

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くすのきしげのり作 よしながこうたく絵 

講談社 2015年 1404

対象年齢:年齢に応じて読むことができます。

(読んでもらうには)4歳から

(自分で読むには)5歳から大人まで 

<あらすじ>

僕らは小学1年生。今日は待ちにまった遠足です。

子ども達は赤白の帽子をかぶり正門に整列。出発の時に先生が話しました。「大切なお話をします。」

ゴクリ。子ども達は息を呑みます。「みなさんは『かえで小学校の代表』です。代表のつもりで行動しましょうね」「はいっ!」

さらに続けます。「もし、他の国の人に会ったら、『日本代表』のつもりで行動できるかな」「は、はい」

「それに……。もしかすると、今日は他の星から来た宇宙人が見ているかもしれませんよ。そう考えると、みなさんは『地球人代表』です。」「ぎょえーっ!」


なんかすごい話になってきました。でも、子ども達はわくわく。「ほんまに宇宙人にあったらどうする?」「大きな声で挨拶しようかな」「ちゃんと歩こうな」

子ども達の頭の中では「地球人代表」の自分たちは宇宙服を着ています。顔つきはきりりと賢そう。まちのみんなも自分たちに手を振ります。

公園でお弁当を食べた時も「地球人代表」として、来た時よりもきれいに片付けました。

帰りの時間、雨が降ってきました。みんなで雨宿りをします。その時、車椅子のおじいさんが困っています。「あっ!」数人の子供たちが飛び出しました。「ぼくらにまかせて」


「ほんまにありがとう」「いえいえ、ま、なんたって僕らは『地球人代表』ですから」車椅子を押していたおばあさんが言います。「君たちがいてくれて助かったわ」おじいさんも満面の笑みです。「地球の未来は明るいのぅ」

私達は「地球人代表」。なんだかくすぐったい表現ですね。でも、「~してはいけません」「~しなければならなりません」よりも、キリリとなるし、楽しそうですね♪さて、地球人代表は何しましょ。

(浦田 ひろみ)


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# by mako0491 | 2018-05-01 22:13 | 絵本この一冊

視点4・20

今年の新入社員のタイプ

 新年度もはじまって新しい季節。新しく社会人になった人たちも、ちらほらと見かけます。まっさらなスーツに身を包んで初々しい雰囲気。何事にも取り組んでやるぞという意気揚々とした心意気。私にも、そういう時代があったなあ…。

 時代によって、その年の新入社員の特徴とタイプがあるみたいです。日本生産性本部が1973年から毎年調査を行っていて、その年のブームに合わせたネーミングがされています。それによると、今年度のタイプは、「SNSを駆使するチームパシュートタイプ」なんだそう。


平昌オリンピックで金メダルを獲得した女子チームパシュートのように、少数の仲間でSNSをつかって情報収集。スピーディーで密な情報交換が特徴とのこと。ですが、入社後自分なりに頑張らなければ周回遅れになるみたいです。遅れないようがんばれ!今年の新入社員!

 

 ほかにも面白いのがちらほらあります。いまから30年前(88年)は「養殖ハマチ型」で、過保護で栄養分が高いが、魚のようにピチピチしていないタイプ、2000年は「栄養補助食品型」で、栄養素(語学力やパソコン能力)はあって役立ちそうなものの、日光(叱責)に弱く、賞味期限(試用期間)に効果(やる気)が薄れてしまうこともあるタイプが多かった様子。私の年は…(年齢ばれるから言いません!)


  まっさらな状態で入ってきたため、画一的に「モノ」のようにとらえられがちの新入社員。でもこれから、たくさんの経験を重ね、唯一無二の存在になっていくもの。私も時間をかけて、「イッテンモノ」になりたいものです。

(宇都古 舞)


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# by mako0491 | 2018-05-01 21:58 | 女の視点

和医大便り 

TOPIX 和医大便り 


ゆとり教育の恩恵か

3月は卒業シーズンです。大学から毎年、約80人の看護師や保健師になる卒業生を社会に送り出していますが、一方でいつも、送り出した教え子たちがどうしているかなと思い出す季節でもあります。

そんな折に、卒業して丸5年になる学年の同窓会がありました。

この学年はとにかく元気がよく、みんなそれぞれに自主自立した力のある子たちですが、学年全体の仲もとても良いのが特徴でした。

在学中は学生たちだけで運動会を企画して、自分たちで一から十まで作り出すような、そんなエネルギッシュな学生たちでした。

5年ぶりの同窓会とあって、歓談するだけでは物足りないこの学年らしく、またもや企画は運動会です。20代後半となり、約半数が結婚をして、4分の1が子どもを持ち親になっているのですが、彼らの行動力とエネルギーは学生時代と全く変わらず、さらにパワーアップしているかのようでした。

それぞれの職場ですっかり頼られる存在に成長し、学生実習や新人の教育担当をしていたり、中にはもう副看護師長になる人もいたり、5年を節目に海外へ飛び出す人もいました。

彼らはまさに「ゆとり世代」です。豊かな人間性を育むことを目的とした「ゆとり教育」を受けた世代なのです。世間一般にはゆとり教育の弊害などと言われ、社会人となったゆとり世代の様々な問題が取り立たされていますが、むしろ私は、彼らにゆとり教育の恩恵を感じるのです。

自主自立というと聞こえはいいですが、学生時代の彼らは大変ヤンチャで枠にはまらない学生たちでした。そんな彼らの特性を潰さずに伸ばすことが出来たからこそ、今、しっかり社会で活躍しているのではないかと思います。教育の制度がどんなに変わっても、やはり重要なのはその中身なのではないでしょうか

(保健看護学部講師 石井敦子)


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# by mako0491 | 2018-04-06 15:32 | TOPIXS


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 白浜でカフェを経営する傍ら、女性に安全・安心な民宿を始めた西川福美さんに、その経緯と現状を綴ってもらった。

14年前にカフェ経営 

 観光地白浜で、カフェを14年間やってきて、気が付いたことが有ります。近年、女性グループや一人旅の女性が増えたことです。お一人でご来店されたお客様との会話。「夜は、ホテルで一人はちょっと、寂しいです」。

私も、14年前、一人で白浜に来て、知り合いもなく、カフェを始めた時に、夜が不安でした。

そうだ、女性限定の宿をしよう!そして、お泊りの方と一緒に食べたり、飲んだり、話したり、旅の想い出を作る他にない宿にしよう。女性が安心して泊まれる宿にしよう!そこが原点でした。

まず、物件探し。古民家に憧れて、2年間探して、諦めた頃に、昨年、2月20日頃に偶然、見つかりました!築80年。広い日本庭園。静かな住宅。家主さんもいい方で一目ぼれです。それまで住んでいた家を3日間で引っ越し準備をしてあっという間に2月28日に転居しました。カフェの常連さんらが手伝ってくれました。 

改修に明け暮れ

この古民家は空き家になって1年間そのままだったので、あちこち傷んでいました。カフェ営業が終わったら、夜中までリフォームに明け暮れました。まるで、ビフォーアフターの番組のように、変わるのが嬉しくて、毎晩、ワクワクです。

民宿とカフェの許可申請は、保健所と消防署です。最近、民泊が急増しているので、消防は厳しくなっています。そして、許可も出て開店日にしたのは、4月4日。「しじゅうしあわせ」が訪れますように。

屋号は皆さんに福が訪れますように、そして、私の名前の福美とカフェの名前が「ペトラの里]なので一文字ずつ選んで「古民家かふぇ宿 ふくの里」に決まりました。

宿ネットを活用

まずは、ボチボチから始めよう。私が接客する宿だから、カフェとの両立もあるし、体が空いた時だけにしよう。知り合いの紹介などで泊まりに来てくださいました。でも、それでは、限界が有ります。やっぱり、宿のネットを活用しよう。

 私もよく使う宿ネットに依頼したら、どっさり資料が届いて・・パソコンとにらめっこ。あかん助けて~~いつも協力して下さっているパソコンの師匠にお願いして登録クリア。しかし、自分で管理しないといけないので、右往左往。まだ、不慣れな時に、夏は、一気に宿予約が入って、慌てました。20代~70代の女性がお泊りされました。

女子高生らとハグ

沢山の想い出が有りますが、中でも、昨年、秋に宿泊された、神奈川県の女子高生の体験修学旅行でした。3人の女の子達が2泊3日間。性格の対照的な2つのグループ。帰り際にぎゃん泣きされて、「帰らない~白浜にいる~ふくの里にいる~」抱きしめました。  

最近、京都から宿泊されたロシア人の女性は一緒に温泉に行ったり、知り合いの畑でみかん狩りしたりで、もう一泊、もう一泊で結局3泊され帰り際には、「アリガトウ!」の、ハグでした。

年齢も言葉も違うけど、もてなす気持ちさえあれば、なんとかなります。今年も、ステキな出会いを楽しみにお待ちしています。


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# by mako0491 | 2018-04-06 15:28 | アタマ記事

和歌山に暮らす外国人妻

和歌山に暮らす外国人妻

 山本トレイシーさん(イギリス出身)

トレイシーさんは、平成11年英会話教師として来日、和歌山市に赴任した。日本の空手に興味を持ち、英会話を教えるかたわら道場に通い黒帯の初段を取得。そこで知り合った空手の先輩の大工さんと平成17年に結婚し、ずっと和歌山で暮らしている。

今では市内2か所で英会話教室を経営し、小中高等学校などで英会話講師もしている。平成24年には女児も生まれ、母としても多忙な毎日を過ごしている。ストレス発散と美容のために夜ルームランナーで走るのが日課だとか(10㎞、ハーフ、フルマラソンにも出場している)。

共働きが主流の英国では家事や育児を夫婦で分担する。来日した頃、「結婚や出産で仕事を辞める」女性がいることに驚いたり、職場で男性が優遇されていると感じたり、定時で帰ろうとして驚かれたりしたこともある。

子どもが生まれた時ご主人が育休を取り、赤ちゃんの世話に貢献。夕食作りはご主人、後片付けはトレイシーさん。その他もろもろの家事も仲良く分担しているが、ほとんどご主人任せらしい。しかし保育園に通う娘のお弁当に時たまトレイシーさんの力作が。遠足などの行事には腕によりをかけてキャラ弁を作る。

言語教育に関わっているトレイシーさんだけに日本人が話す言葉について、次のようなことを指摘する。

「日本語では主語を言わないで話すことが多く、聞き手が混乱する。話し手本人のことかと聞いていたら、自分の子どもや他の人のことだったりする。また、返答が、yesnoがはっきりせず、判断に困ることもしばしば」。

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将来、オールイングリッシュで、遊びながら自然に学べるインターナショナルプレスクールを創りたいと熱っぽく語るトレイシーさん。

和歌山からたくさんの国際人が育成されることを期待する。

(林 多恵子)


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# by mako0491 | 2018-04-06 15:20 | ヒト交差点

3.9掲載

視点

「武家の子どもへの対応」読む

礼節には程遠い生活をしているが、日本伝統の包み『折形』を皆様にお伝えしている関係上、講座の前には色々と関連知識を頭に詰め込む。

折形とは(物を和紙で包む)武家礼法と言われている。公家の絹織物で物を包んだのに対して、武士は質実剛健、質素倹約を重んじ、和紙を使用した。 

さて、書店で『武家の躾 子どもの礼儀作法』著作:小笠原敬承斎の本を手にした。

本の中に「武士の子育て、という言葉を聞くと、「激しい訓練」や「厳格な上下関係」を想像する方が多いだろう。しかし、武士は自分の子どもに対して、愛情を大切にしながら接していた。つねに子どもへこころを傾ける。するとたとえ小さなことであっても、子どもの感情の変化に気づくことができる。それが親のなすべきことではないか。

自身のことよりも相手を重んじる。心を譲り合う。今でもこうした思いは受け継がれていくべきことなのではないかと一気に読ませていただいた。

子どもだけでなく、相手に目を向けるというのは、やはり自分自身の心が充実していなければいけないと感じる。相手を尊重する気持ちが大切ではないか。

よく使われる、『思いやり』という言葉は、上から目線のような気がして、いつも人に接するとき、適切な心遣い、心配りを必死で考える。出過ぎず、引っ込み過ぎず、相手に負担をかけないころあいは難しく。

もし、武士の時代に生きていたら、足手まといだっただろうなと思う。

(玉置ひとみ)


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# by mako0491 | 2018-04-06 15:13 | 女の視点

2月9日付けあたま

ファイナンシャル・プランナー 荒井千珠代さん

「お金と暮らしのアドバイザー」


ファイナンシャル・プランナーという言葉を聞いたことがある方も多いだろう。まだ歴史は浅いが、平たく言えば「お金と暮らしのアドバイザー」だ。本紙に月に1度掲載される「FP女子のマネー講座」でおなじみの荒井千珠代さんに今回は登場いただく。

(中村 聖代)

【プロフィール】

 千珠代さんは市内県庁近くで生まれた。かすかな記憶に路面電車がすぐ近くを走っていたが、いつの間にか消えていた、という。その後、楠見に移った。

中高短大と進学したが、学生時代はバブルの真っ只中、和歌山のマハラジャにも行き、青春を謳歌した。卒業後は当時花形の証券会社に就職。2ヵ月後に支給されたボーナスは、千珠代さんのサラリーマン生活において後にも先にも最高の額だったという。

バブルの崩壊後、仕事は営業のノルマに加え、先輩がとってきた顧客への陳謝だった。

そこで知り合った男性と後に結婚することになるが、3年で会社を辞め、和歌山放送のラジオカーに乗り、お店の取材などをして流したりもしたあと、事務の仕事にも就いた。

結婚後、夫の郷里である茨城県に移住。そこで子育てをした。

【保険会社に勤めて】

 子育て中、勧められて保険会社で働くことになった。ファイナンシャル・プランナーの資格を取ったのもその時期だ。女性も働き続けるべきだという考えもあったし、資格は地位を向上させるために必要だと思ったからである。

 当時は子どもを保育所に預けるのは、両親がいない家庭や、生活保護法による被保護世帯が優先で、両親が共働きのケースは認められがたく、無認可の保育所に預けながら両立させた。

 また、産休や育児休暇を取るのも、(大企業は別として)憚られる時代。女性ばかりの保険会社でも例外ではなかった。千珠代さんは取れる休暇をとりながら奮闘した。

【和歌山に戻る】

 夫の仕事の関係を機に、「どうしても和歌山に」という千珠代さんの思いが叶い、親子4人和歌山に戻ってきた。

 そして保険に関すること以外のアドバイスもしたいため、20年間勤めた会社を辞めた。ファイナンシャル・プランナーとして独立した仕事をするべくFP事務所に所属したのだった。

 今ではあちこちでセミナーや支援を行い、お金に限らず、ライフスタイルなどのアドバイスもしている。

本人のブログ(https://ameblo.jp/chizuyo-a/)にあるように、お金と家族と自分磨きに精進する毎日を送っている。

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ワンポイントアドバイス(「相続」について)

「相続」は「争族」とも言われ、仲のよかった兄弟や親族間にひびがはいることもあるようです。誰にでも起こりうる出来事―いざというときに揉めないように対策をたてておく必要があります。

☆「遺言状」や「遺言公正証書」を作ってあるから安心?

 とは言えません。いつの間にか無くなっていたり、書面に不備があるため無効になったり、公証役場に保管されていても、相続人に遺留分という取り分があるため、内容によっては、故人の意思がそのまま通らないこともあります。

☆税金は待ってくれない。

遺産が一定額=3000万+(相続人の人数)×600万円以上ある場合、相続開始日から10ヶ月以内に申告をする必要があります。納付期限も10ヶ月以内。不動産の場合、すぐには換金できないし、住んでいる家を割ることもできません。

☆名義はどうなっている?

 先祖から受け継いだ土地や田畑・山林などが誰の名義なのか確認が必要です。固定資産税を納付していたからと安心はできません。古い名義のままでも納付書は送られてきています。

――などなど、対策をとっておくのは難しいもの。税理士や弁護士に相談しても完全とは言えません。そんなときにファイナンシャル・プランナーのアドバイスを受けると良いでしょう。


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# by mako0491 | 2018-02-10 14:56 | アタマ記事

2.9絵本

『おくりものはナンニモナイ

パトリック・マクドネル著 谷川俊太郎訳 

あすなろ書房 2005年 1296

対象年齢:年齢に応じて読むことができます。

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(読んでもらうには)4歳から

(自分で読むには)6歳から大人まで 

新年早々、セールや福袋の買物で疲れていませんか?絵本でスッキリ致しましょう。

<あらすじ>

犬のムーチは大好きな犬のアールに贈り物をしたくなりました。何をあげれば良いのでしょうか?

アールは食事用のお皿を持っています。ベッドもあります。骨型のガムも持っています。アールは何でも持っているんです。

ムーチは考えました。うんと考えました。「なんでも持っている友達を喜ばせるものってなんだ?」

飼い主のフランクはテレビを見ながら、いつも言います。「見たいものはナンニモナイ」。買い物に行っても「買いたいものはナンニモナイ」。ムーチは思いつきました!「ナンニモナイをあげればいいんだ」

この世界にはいろんなものがいっぱいあるけれど、ナンニモナイはどこにあるのでしょう?

ムーチは買物に出掛けました。売り場には数え切れない程、色々なものがありました。さらに、「セール」「お買い得」に群がる人たち。あっちこっちにある最新式や最新型。でも、ナンニモナイは売っていませんでした。

そこで、ムーチはうちに帰って、いつもの場所で何も探さず、じっとしていました。すると、見つかりました。「ナンニモナイ」が。

ムーチは箱にナンニモナイを詰めました。小さな箱では物足りません。大きな箱に詰め、リボンをかけました。そしてアールにプレゼント。

二人はそのプレゼントのおかげで仲良く窓際に寄り添い、楽しみました。ナンニモナイを。そして雪が降り積もる景色の何もかもを。

ムーチはアールにどんな贈り物をしたのでしょうね。

(浦田ひろみ)


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# by mako0491 | 2018-02-10 14:19 | 絵本この一冊

皇位継承の準備

「男の独り言」

「昭和」が沈み込む

昨年暮れ、12月1日に宮内庁で開かれた「皇室会議」で、平成の時代が終焉していく道筋が決定されました。「来年、平成31年(2019)4月30日に現・天皇陛下が退位され、5月1日に現・皇太子が天皇に即位する」という事でした。  

元号も本年、早い時期に決定され、皇位継承の準備が進められるとの事でした。

かねてより天皇よりご意向が示されていた事でもあり、元号が新しくなっても、政治や経済・文化に大きな変革が予測されるわけでもありません。それだけにテレビや新聞が大袈裟な特集を組み大騒ぎをすることに「視聴率狙い」を嗅ぎ取り反発も感じます。

しかしそこが節目になって、現代社会が引きずっている汚れた世のしがらみを断ち切り、少しは「『清楚で静かで、安定した社会』に生まれ変わって行ったらいいのに」くらいの期待を誰しも持ってしまうのも正直なところです。

現・天皇が私より2歳年上であられるだけに、同世代に生きたものとして共通の記憶と感性を積み重ねてこられたのでないか。過ごした世界が違うとしても、歴史の事実から生まれ出た憤りや、悲しみや、喜びを理解し共感できる世代だと思っています。

御父上が太平洋戦争の「終戦の詔」を、肉声で国民の前にラジオの電波に乗せて語られた記憶は鮮明であられるでしょう。当時小学校3年生であった私でさえ、その日の玉音を聴いた村の幾つかの風景が、記念写真の様に記憶に残っているのですから。 

今私は「平成」という30年間の終焉を意識するよりも、昭和という時代の記憶が完全に歴史の淵に沈みこんでしまうのだという感慨の方が重いだけに、現・天皇も同様なのではないかと拝察するのです。

「平成天皇」(多分そう称せられる)は、自分の父親・昭和天皇の耐え難い悲しみを自分の事として受け継ぎ、沖縄をはじめ東南アジアの国々を訪歴し、戦没した幾十万の人々の前に深く頭を垂れてこられたのでしょう。

その瞬間々が静止画像の様に私の記憶にあります。私自身、そういう時代の残滓を引きずりながら、次の平和な「平成の時代」の恩恵を享受し、その感謝の念を次の「元号」の時代の息子・孫の世代に申し送ろうとしているのです。

現・平成天皇も同様の深い感慨の中で、皇室会議の今後の経過を見守っておられるのでないかと拝察し、深い敬意を捧げているのです。(久山みのる)


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# by mako0491 | 2018-02-10 13:23 | オトコの独り言

母子保健施策について

2月9日視点

電子化時代の子育ては・・・


先日、大学2年生の学生たちを連れて、地域の保健活動を学ぶために市町村保健センターでの実習に行った際、市町村が行っている母子保健施策について、お話しを聞かせていただきました。

そこで学生たちが驚いたのは、母子健康手帳の交付時に必ず保健師が妊婦の相談対応などの面接をしているということです。妊娠届出時に母子健康手帳をもらうという淡々とした事務的な手続きなのかと思っていた学生たちは、そんなきめの細かい支援が各市町村でなされていることに意外性を感じたようです。

 昨年、児童福祉法等の一部改正法が全面施行され、子育て世代包括支援センターの設置が進んできています。従来、母子健康手帳の交付を事務職等が行っていた市町村もありましたが、子育ての入り口となる妊娠初期のかかわりは、母性を育み、親となる力を育む大切な機会であり、母子健康手帳交付時の保健師の面接はますます重要とされています。

 一方で、昨年秋には内閣府がマイナンバーカードを使ってログインするオンラインサービス「マイナポータル」を始め、子育てのワンストップサービス化を図っています。自宅のパソコンやスマホから、保育所入所や児童手当等の行政手続きがワンストップでできるというものです。

ずっと働きながら子育てをしてきた私などからすると、役所に行くために仕事を休まないといけない時代からずいぶんと便利な時代になったものだなあと思います。

けれど、便利になったと手放しで喜んでいいのでしょうか。人と人とのコミュニケーションが少なくなることが子育てをさらに困難にさせてしまうかもしれません。子育ては電子化ではできないのです。

私たちは、世の中がどんどん便利になる中で、電子化で失われている人との交わりについて考える必要があるのではないでしょうか。

(石井 敦子)


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# by mako0491 | 2018-02-10 13:18 | 女の視点

カンボジアの孤児院の代表

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メアス博子さん


昨年7月にフォルテワジマにてカンボジアの孤児院「スナーダイ・クマエ」の子どもたちの絵画展が行われた。例年、和歌山市をはじめ、吹田市、尼崎市、神戸市、東京や名古屋市、長野市、旭川市においても開催されている。この孤児院の代表メアス博子さんに会って話を聞く機会を得たので紹介したい。

(中村 聖代)

【スナーダイ・クマエとは】

 「カンボジア人の手によるもの」という意味の「スナーダイ・クマエ」は、カンボジアの明日を担う人間の育成と、この孤児院の運営を担う人材の育成の二つを目指す。

 代表はメアス博子さん。和歌山県海南市の出身だ。

【厳しい幼児教育】

 「これからの人は英語が出来なければ」という母の信念のもと、博子さんは幼少児から英語学校に通い、親しんだ。英語教育の盛んな星林高等学校国際交流科(第3期)に推薦されたのも当然の流れだった。

 博子さんの母は、茶道華道の師範。「自分のことは自分で」と、炊事・洗濯・掃除なども小さな時から当たり前だった。

 そんな躾の厳しい家庭だが、愛に満ちていて、「家では性別・職業・年齢・人種などによって差別する意識は全く存在しませんでした」と、博子さんは振り返って言う。

【卒業旅行で知り合う】

 あまりに英語漬けの学生生活を送った反動として、甲南大学の経営学科に進んだ博子さん、卒業旅行はカンボジアだった。

 母の知人がカンボジアの中学校の校舎を寄付したのでその視察をかねたツアーなら旅費を出してくれるという。そしてそこでトミー氏と知り合い、結婚。

【設立者トミー氏】

 トミー氏は中学生の時にインドシナ難民として家族で日本に移り住み、大学院を卒業後カンボジアに戻って日系企業に就職した。

 カンボジアに戻った1995年、10数年前と何ら変わっていない自国の教育事情に愕然とし、かつてお世話になった日本人の協力を得ながらシェムリアップ州に寺子屋風の語学教室や学校の建設を主活動とする団体を設立する。それが現在の「スナーダイ・クマエ」の前身だ。

【孤児院との出会い】

 博子さんは1998年結婚当初は首都プノンペンで暮らしていた。専業主婦で、仕事といえば日本にいる支援者にお礼と報告の手紙を書くことだが、現地に行ったことがないので通り一遍のことしか書けない。生まれたばかりの幼い長男を抱え、交通事情も治安も、病院施設も空気も悪い環境で夫の帰りを待つ「かごの鳥状態」に不安ばかりが募った。

 で、決心して孤児院のあるシェムリアップ州に子どもと二人移った。2000年のことだった。

【孤軍奮闘】

 1998年当時は全てカンボジア人スタッフ、貧困で子だくさんのため養育困難な児童や身寄りのない子ども20人ほどがいて公立の小学校に通わせていた。

 現地に来た博子さんは、初めは毎日毎日ごみを拾い、燃やしていた。広大な敷地全部がごみ捨て場と化し、2年分のごみが溜まっていたからだ。

 それを見ていた子どもたちが徐々に手伝うようになり、自分のことは自分でするようになり、さらに掃除だけでなく調理や水汲み、えさやりなどの手伝いも出来るようになった。

 2004年ごろからは虐待から保護された子どもたちを積極的に受け入れるようになった。

【夫との別れ】

 仕事の関係でプノンペンに単身暮らしていたトミー氏と別れることになったが、孤児院を途中で放棄するわけにはいかない。設備も少しずつ充実し、子どもたち・卒業生・スタッフ・何より博子さん自身を成長させてくれた孤児院だ。

カンボジア政府からの援助は全くない。定期・不定期に継続的に支援する多くの日本人に支えられてここまで来れたのだ。

【絵画展を続ける】

 スナーダイ・クマエでは学校で触れる機会のない絵画の時間を2008年から施設の時間割に取り入れている。子どもたちの今の姿を見てもらいたい、そして感謝を表したいとの思いから日本での絵画展が始まった。作品をもとにしたオリジナルグッズを販売することで、運営費の一部としている。

博子さんの思い・

「これらのこと全ては亡くなった両親から受け継いだものを次に伝えている、という気がします。カンボジアの子どもたちから多くのことを学びました。私は現代の日本の若い人たちが親(先祖)から受け継いで繋ぐーという行為が廃れているような気がしてなりません。カンボジア人のような、ある意味自然な生活を送ることで素直に受け継ぐことができる、それが幸福への近道のひとつではないでしょうか?」


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# by mako0491 | 2018-01-16 18:31 | アタマ記事


男がスーパーへ買い物に行く

 たまたま、私の家内が1か月の入院生活を余儀なくされた。それまではマイカーでのアッシー君役で、駐車場で本を読みながらの辛抱、店に入ることはまずしなかった。店の買い物かごを持つ嫁はんのそばにくっ付き、魚売り場のカウンターで品物を指差す姿を他人の目に晒すことに強い抵抗感があった。

 ところが、独り暮らしとなるとそうは行かなくなった。最初の1週間は、高齢者支援センターのお世話で、配食センターから一日2回の配食をしてくれることになった。

ところが私の毎日の食事は、55年間の家内の手作り味に慣らされてしまっており、しかもその間、胃の全摘手術や前立腺癌や膵臓炎と家内に言わせると病気の百貨店の様な病歴を重ねただけに、それに対応する食材と味付けが求められていたのである。

入院していた家内は、夫は三食どうして食べているのか、自分の病状よりそちらの方が心配であったらしい。「大丈夫だよ」と言いながらも、長期には耐えられなかった。

 

 もともと私は田舎の農家育ち。太平洋戦争直後、自家の田畑で採れるコメ、麦、野菜で育った世代である。夕刻、学校から自宅に帰ると、玄関の上がり框に、農作業に出ている母親から置手紙があった。最後に「頼みます」と付記されていることもいつもの通りであった。ある日、「里芋と油揚げの煮っころがし」のメニューがあった。芋が変わるだけで大変だと思った。

私の家族は祖父夫婦と母と兄弟6人の9人、大家族であった。竹ベラをナイフの様に使って最後の仕上げをする皮むき作業が難儀だったのだ。小学生の妹に手伝わせながら必死であった。家族揃っての温かい夕食を思うとき、手抜きは出来なかった。

 そんなの経験が80歳の今、活きて来るなど思いもしなかった。スーパーの手押し車に駕篭を載せて巡る抵抗感など、知らぬ間に吹っ切れていたのである。売り場カウンターを覗く面白さ、料理を作る楽しさが芽生えてきたのである。見回すと、同じ世代や一人者の男が目を輝かして食材を物色している。「男のこだわり」など、なんの意義も無いと知った次第である。 (久山みのる


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# by mako0491 | 2018-01-16 18:06 | オトコの独り言

12日ヒト交差点


和歌山に暮らす外国人妻

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前田 芳(ホウ)さん=写真=が内モンゴルに留学していたご主人と結婚したのは芳さん23歳の時。卒業後二人で中国の学校に通い、資格を取得して来日。3年ほど大阪で暮らした後、ご主人の実家のある和歌山に来て12年が経つ。         

今では日本語もうまくなり、夫婦で中国式リフレクソロジー(足裏マッサージなど反射療法)の店を営むかたわら中国語を教え、ご主人の実家の老舗料亭を手伝い、妻としても、主婦としても、一男一女の母としても、日本社会にしっかり根を下ろして生活している。

来日して間もないころ、信号のない横断歩道を渡ろうと立っていると一台の車が停まり、どうぞと手で合図して渡らせてくれた。また道を尋ねた時はそこまで連れて行ってくれたり、地図を描いてくれたりした。その方たちのやさしさと親切に芳さんは感激。

一番苦労しているのは、やはり日本語。漢字で書けば意味が理解できるものもあるが、日本語にはいろんな言い方があり相手に失礼なことを言っていないか心配だと言う。

日本で生まれ育った中学1年と3年の子どもたちからは「お母さんの日本語、変だ」と言われる。「ラベンダーの香り」を「ベランダの香り」と言ったり、「ハーゲンダッツ」が「ハゲンダッツ」になったりして大爆笑されたことも――車の運転免許試験にも、日本語能力検定試験1級にも合格しているのだけれど・・・

日本人より日本人らしい細やかな心遣いをする芳さんは、日本語をもっと上手になって日本と中国の交流の役に立ちたい、誤解が深くならないように中国人にもっと日本のことを伝えて教えてあげたい、日本人にも中国のことを知ってもらいたいと願っている。

 民間の草の根交流を深めたいものである。

  (林 多恵子)


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# by mako0491 | 2018-01-16 18:01 | ヒト交差点

1月9の視点

結婚式

 大学で家族機能について講義する時、学生たちに「結婚とは何か」という問いを投げかけています。まだ二十歳前後の若い学生たちからは、「永遠の愛を誓うこと」や「好きな人と一緒に人生を歩むこと」といった回答が返ってきます。人はいつ頃から「結婚は人生の墓場だ」などと言うようになるのだろうかと思いながら、結婚を夢見る世代の大学生たちと結婚や家族機能について話し合っています。

 結婚といえば、先日、久しぶりに結婚式に出席する機会がありました。昔いっしょに働いた同僚の挙式ですが、いわゆる晩婚カップルの大人結婚式です。高級ホテルに新郎新婦双方の職場関係者の方々が招かれ、披露宴には奇抜な演出や余興などはなく、しっとりとした良いお式でした。女性にとって白無垢姿や純白のウェディングドレスは幼い頃からの憧れであり、それを身にまとう結婚式は幸せの象徴のようなものです。 

それも時代背景によって、派手婚や地味婚といった変化を経て来ました。近年は、女性にとって結婚が決してゴールではなく、結婚後も仕事を続け、社会的立場を大切にしていくという女性も多くなってきています。そんな時代だからこそ、結婚式は人生儀礼としての意味合いが強くなるのかもしれません。

 生を受け、天寿を全うするまで、人の一生にはさまざまな人生の節目があります。七五三や成人式など、どの節目にも成長を喜び見守ってくれる家族の存在があります。それらの人生儀礼の中でも、結婚式は最も華やかで特別なものだと感じます。それは、新たな家族を創るに至るだけの人としての成長の喜びがあるからではないでしょうか。「結婚とは何か」それは「家族の創始」だと思うのです。

(石井 敦子)


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# by mako0491 | 2018-01-16 17:53 | 女の視点

12.8頭記事

シンギングボウル

最近ヨガ教室では不思議な、そして心地のよい音色が響いています。どんな音色でしょうか?それはシンギングボウルです。あまり聞いた事がない言葉ですね。ここではシンキングボウルについて詳しく説明しましょう。

(ヨガシャンティ・神谷弥生)

ネパール仏教などで

シンギング=歌う ボウル=鉢(はち)シンギングボウルとは5世紀以前から使われていたネパール仏教やチベット密教の儀式にラマ僧が使っていた神聖な仏具と言われています。 

現地では「ドニパトロ」と呼ばれています。私の持っているシンギングボウルもネパールで作られたものです。

このシンギングボウルを木のスティックで叩いたり、なぞるようにこすると心地よい倍音を伴った不思議な音色と振動が起こります。

古来からこのシンギングボウルの音色は身体の痛みを和らげ、心や身体が安らぐという効果があると言われていました。

欧米での取り入れ盛ん

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現在ではシンギングボウルを使って演奏したり、身体に振動を与えてマッサージ(シンギングボウルセラピー)することでその場所や身体、心、エネルギー(ヨガの用語でプラーナ)を浄化し、副交感神経優位(リラックス状態)に導くなど様々な効果が期待されています。

日本ではまだなじみがありませんが欧米を中心にヨガや瞑想などにも取り入れられています。

7つのボウル使う

本格的な演奏やシンギングボウルセラピーをするには7つのシンギングボウルを使います。

この7つのシンギングボウルはその澄んだ響きと音色で身体にあると言われている7つのエネルギーの出入り口「チャクラ」を活性化し、心身のバランスを整え、精神面に置いて高次の成長を促してくれます。 

このチャクラのエネルギーの流れがスムーズに各チャクラに伝わる事で心身共に健康でいる事ができるともいわれています。

特に手打ちのシンギングボウルは音の響きと振動がとてもよく響くので高いリラックス効果が期待されます。

トラウマから解放

また最近注目されているソルフェジオ周波数が音に含まれているシンギングボウルもあります。

このソルフェジオ周波数はこの周波数が含まれている音色を聴く事でトラウマから解放されたり心がリラックスするのです。

胎教に良いと言われている愛の周波数と言われているソルフェジオ周波数528HZはモーツァルトの曲によく含まれています。

実際にモーツァルトの生演奏を聞いた後ストレス度やリラックス度がどう変化するのかと言う実験に参加したことがありますが被験者は全て良い結果がでていました。

このように音には色んな身体と心に良い影響を与えてくれます。シンギングボウルはその音色と響きでストレス社会に生きている私達に癒しやエネルギーを与えてくれます。

ヨガシャンティではヨガのクラスにシンギングボウルを取り入れています。機会があれば体験してみてください。


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# by mako0491 | 2017-12-22 12:32 | アタマ記事

Airbnbで民泊運営

12・8・ ヒト交差点

Airbnbで民泊運営、海外の客増える

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Airbnb(エアビーアンドビー)とは、インターネットなどによると、空き部屋短期間貸したい人と、旅行などで宿泊地を借りたい人をマッチングするサービスAirbnbでは、宿泊したい地域検索し、日程条件マッチした場合には賃料支払って宿泊約束を取ることができる。詳細情報やり取り基本的にホストゲストとの間で個人的に行う仕組みとなっている。支払いもカードで前払いシステムなので、双方に安心・安全に利用できるそうだ。

Airbnb2008に提供が開始され、商用ホテルでは味わえないさまざまな建物宿泊できたり、現地の人とのコミュニケーションが図れる、商用サービス比べれば安価、などの点から、人気を呼んでいるそうだ。

新宮市で20164月よりこのシステムを利用してご自宅で民泊をされている、『Airbnbふくろく』を運営されている平見靖子さん=写真=にお話を伺った。

始められたきっかけは、市内に空き家が目立ってきたので、買取り、リフォームを検討してみたが、コストパフォーマンスが高く、そんなとき自宅に空き部屋が2部屋あることを生かせないかと思いつき、すぐに保健所で旅館業の申請をし、許可を受け、民泊に踏み切られたそうだ。

次は宿泊施設の宣伝だが、最初は市の観光協会からの当日宿泊客を紹介してもらっていたが、利用は芳しくなかった。そこで知人を通じてAirbnbに加入してシステムを導入したそうだ。

現在は、海外の熊野人気に後押しされ、ほとんどが海外からのお客様という。会話には苦労しているということだが、スマホの英会話サイトを利用してコミュニケーションをとっている。と常に前向きに物事を考えられる姿勢と明るさで、リピーターや宿泊客からの紹介で忙しい毎日だという。平見さんのフレンドリーな対応に国内外を問わず安心感を得られるのではないかと感じた。                   (玉置 ひとみ)


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# by mako0491 | 2017-12-22 12:21 | ヒト交差点

娘を送り迎えする効用

 末っ子娘が小学校に入学して、はや8ヶ月。毎日、送り迎えをする生活から遂に解放されました。今思えば、「愛おしい時間。なんと贅沢な時間を過ごしていたんだろう!」の一言に尽きます。が、周りから「大切に」とさんざん言われていたので、最後の1年は存分に味わらせていただき、悔いはありません。

しかし、毎朝、ダラッとした部屋着で娘達を送り出す生活に変わったことにより(それだけではない気もしますが)、体重計に見たことのない数字が並ぶようになりました。

思えば、幼稚園に送り迎えをしていた時は、それなりにキレイにし、動いていました。毎朝、笑顔を作り、娘と手をつなぎながら歩くこと15分。幼稚園から自宅に戻る時は背筋を伸ばして、早歩き。自転車でスーパーへ行き、早歩きで買物。幼稚園の行事に参加。そして、2時のお迎えに向けて早歩き。またまた、娘と15分歩いて帰宅。

それが今や、娘達を玄関から見送り、仕事はデスクワーク。外出するにも、車か自転車。買物も時間ができたのに今まで通り、ネット中心。歩く量が完全に減ってしまいました。

これではいけないと、時間的に余裕のある場合の買物はリュックを背負って、歩いていくようにしました。はじめは行くだけでも、遠い気がして大変でしたが、徐々に慣れ、体もポカポカ。いい事ずくめ。

車社会の和歌山では何もかも車に頼り、足腰が弱り、健康寿命が短いとのこと。和歌山市でも様々な取組がありますが、歩くだけならハードルも低め。帰りのことを考えて、要らないセール品を買わない効果も期待できますよ♪

(浦田 ひろみ)


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# by mako0491 | 2017-12-22 12:09 | 子育て

懐かしい上海の風景

古き良き時代というのは、日本も中国も同じ。

私が初めて中国、上海で住むことになったのは、今から20年ほど前。

主人の転勤での帯同。

話せる中国語は、ニイハオ、シェシェ、ツァイチェンの三つだけだった。

その頃の上海は、国際空港と言えば、虹橋空港。空港へ続く延安路は、いつも混雑していた。

今のように高架路はない。少し大雨が降れば、大洪水。タクシーが、

床下をピチャピチャと言わせながら走る。

洪水の交差点では、人を背負って、向こう側まで渡す。にわかのアルバイトだ。

ある日、タクシーに乗っていると、バイクのお兄さんが、タクシーの窓越しに、

こっちに乗らないか、バイクの方が早いよ、

なんと、タクシーの乗客を引き抜くとは。

延安路全部の家が壊され、初めての高架路の建設が始まった。

路に面した家は、片っ端から、ハンマー一つで壊される。レンガで積み上げた家だから、

壊すのは、早かった。

大阪で言えば、御堂筋の北から南まで、瓦礫の山という光景、想像できるだろうか

行けども行けども両脇は、瓦礫の山。電信柱だけが、続いている。

上海が、大きく様変わりする時代だった。

地下鉄もまだなかった。

初めて地下鉄が出来上がったとき、物見遊山でみんな乗りにいった。

ほのかに、ラーメンの匂いがしたのを覚えている。

もう、いまでは、見ることも出来ない懐かしい上海の光景 (市野 政子)


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# by mako0491 | 2017-12-22 12:01 | 女の視点

短歌、物語、企画展など次々と発表する香月(かづき)にいなさん

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 実家である海草郡紀美野町にアトリエを持ち短歌、物語、企画展などを発表する香月(かづき)にいなさん。とりとめないというか、謎と言うか、独特な世界に誘い込んでくれる彼女に会って、話を聞いた(中村 聖代)。

【14歳でペンネーム】

 香月にいなさんは、本名を「きむらともこ」という。小学生時代から詩・作文など文章を書くのが大好き。全国作文コンクールにも入賞の経験がある。中学・高校時代には演劇の台本も担当した。

 「もし結婚して苗字が変わってしまうならその前にペンネームを」と、14歳のころから「香月にいな」と名のり始めた。グローバルで呼んでもらいやすい名前―をその時自分で考えた。


【祖母のおどけ話の影響】

 にいなさんのルーツは祖母の「おどけ話」だという。小さいころから祖母がアドリブで作ったおどけ話を聞いて育った。人をおもしろがらせることの喜びを知ったのだ。

2007年から祖母に本格的に短歌を学んだ。以前は同人誌「竹垣」(代表:津田美智)にも所属していた。今も継続して短歌を学び続けている。

紹介の冊子によると、「作品の中心に『恋愛』を描くのが特徴で、絵画・写真などを空間で融合させ、全体として作品を表現することを追及している」のだそうだ。


【大学生活と就職】

 にいなさんは、世界平和のためには国連で働くのが一番と考え、愛媛大学総合政策学科に進んだ。しかし大学デビューを果たしたものの、自由な学生生活の中で挫折も味わい、ついに大学3年で引きこもることになるーそのとき読んだ膨大な量の書物や観た映画は今となっては大きな糧である。

 恋愛をきっかけに、引きこもりの生活から抜けた後、大学を辞めて、仕事をしながら放送大学を卒業。住宅関連会社を始めとし、コンビ二のアルバイトや建設コンサルタント会社に勤めた。


【絵本作家との出会い】

 会社に勤めながら創作活動を続けていたにいなさんは、2017年7月「絵本作家のぶみ先生講演in和歌山!」を主宰した。のぶみ氏は、まだ出版されていない原稿をそのまま自身で読み聞かせする独特のスタイルで皆を魅了した。

そのことをきっかけに、身体や時間を削る生活に見切りをつけ、文章で生計をたてる決心をする。


【次々と企画】

 2016年7月から読み終えたあとは折り紙を楽しめるフリーペーパーを開発。地元の印刷屋に依頼し、100部ずつ作っている。テスト版0号から今は9号まで発行。100号を目指す。

 各地で企画展を開催。その時その場所に行かなければ得られないモノを提供する。

 企画は多種多様で、書家やアクセサリー作家・演劇などとのコラボし、そのたびに不思議な空間を創造している。

 来年2月中旬にも、じゃんじゃん横丁の珈琲もくれんでBAR0214を予定している。詳細は「香月にいな」ブログで順次配信する。

 和歌山で新しいものを生み出し、和歌山で発信し、和歌山で活動を続けるにいなさんのファンは今後も増え続けていくと確信する。

「あの時のあの子が遂に出版したのか!と、言っていただけるように、たくさんの出逢いを大切に精進していきたいですねーーと最後に語った。


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# by mako0491 | 2017-11-29 14:16 | アタマ記事

「3匹の蛙の行動」

「3匹の蛙の行動」からの教訓

  このたびの衆院選挙騒動を見ていて、「3匹の蛙」という挿話を思い出しました。ある博識な友達から教えられた例え話です。出自は分かりません。

  『三匹の蛙が牛乳の容器の入った容器の中に落ち込みました。周囲の壁はガラスで爪を掛ける僅かの突起もありません。一匹の最も悲観主義な蛙は、どうせ何をしても駄目だとあきらめ、浮いている力も絶えて溺れ死にました。楽観主義な一匹の蛙は、誰かが葉っぱを落としてくれるか、容器を割ってくれるかして、結局うまく行くだろうと考え、何もせずに溺れ死にました。

  残った現実主義の蛙は、ただ生きるため、もがき続けるだけでした。ところが何としても生きようと激しく4足を蹴っているうちに、足元のミルクにバターが出来始めました。それが固まり足場が出来、一飛びに容器の外に逃げ出しました。』とさ。

生乳を激しくかき混ぜているとバターが出来始めるという事から作られた挿話らしく、イソップくさい臭いがあります。 


 今度の選挙戦のドサクサ騒ぎで、この小話を思い出させてくれたことは、私にとって大変意義のあることでした。

選挙戦の意義なんて皆目わかりませんでしたが、蛙のきょとんとした顔と、「女ごころと蛙の飛ぶ方向は分からない」という言葉を思い起こし、滑稽さに救われながら、色々の立場からの偉い人達の評論を読み聴きしています。


 現在の世の中、技術的革新が先行するだけで、政治的課題も、経済・社会的問題も、宗教的世界の問題さえも後追いで、その解決行動の指針など生まれようがありません。                    

ただこのグローバルな世界の中で、必死になって残された人生の安定を求めて、4つの手足でかき混ぜていくしか無いのでしょう。

その汗をかく行動の中に楽しさも生まれ、次の世代に引き継いで行く姿もみえてくるのでしよう。そう信じることにします。                            

(久山みのる)


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# by mako0491 | 2017-11-29 14:07 | オトコの独り言