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わかやま新報女性面 (月一回金曜日)記事を発信-NPO法人「和歌山コミュニティ情報研究所」の女性スタッフが取材・編集を担当


by mako0491

文化財和歌浦を歩く


  発見された文書と共に     
江戸時代の往来を体験

  今年6月に和歌山県の名勝史跡文化財に登録された和歌浦地域。和歌山県立文書館には、この地域の名所旧跡を紹介した文書がある。文化財和歌浦を歩く_e0171960_14304965.jpg
私たちはこの文書と同じように歩くことができるのだろうか。この文書は和歌浦観光の助けになるのだろうか。文書館職員と和歌山大学の学生たちと一緒に和歌浦を歩いてみた。     (浦田 ひろみ)



(発見された文書、昔の和歌浦の旅を語る)
きのくに志学館の2階の奥に公文書・古文書を整理・保管する和歌山県立文書館がある。その文書館に平成7年、『北家文書』が寄贈された。『北家文書』は天武天皇から4代目の清原夏野の子孫に当たる北家に代々 伝わるもの。その中の1つに和歌浦地域の名所を紹介した往来物『和歌浦名所』が含まれていたことを近年、職員が発見した。
 同じく、和歌浦地域も県の名勝史跡文化財に登録され、国の文化財指定を目指して国への働きかけが始まった。
文書は和歌浦観光の手助けにはならないだろうか。現代の私たちも発見された文書と同じように和歌浦を歩いて楽しめないだろうか。文書館の職員たちを中心に、文書を片手に和歌浦を歩き、「和歌浦周遊コース」を探る試みが始まった。


(江戸時代の往来物は寺子屋の教科書)
7月末の暑い日。「文書に書かれているように和歌浦を歩いてみましょう」と、秋葉山に集合した。昔の風景画に文章をつづった『紀伊国名所図会』のコピーを受け取り、解説を受けた。
『和歌浦名所』に書かれている旅は、高松の茶屋から、菅公御廟・浦辺までの和歌浦の名所旧跡神社仏閣をめぐる旅。「簡単に言うと、往来物とは遙か昔のお手紙で、寺子屋で教科書として使われるようになったものです」と聞き、江戸時代に多くの人々が歩き、伝えたかった和歌浦を感じる。
出発早々に大昔の人も眺めたであろう猊口石を見た。いつもは古い木だと通り過ぎていた箇所だが、じっくりと味わう。さらに、亀遊岩、鶴立島と歩く。三断橋を渡り、観海閣に着くと、急に景色が広がり、4才の娘は嬉しそうに歩き出した。
それぞれの風景画がある。立ち止まり、風景画を見、文書を読み、昔の時代に思いをはせた。


(歩いて観光できる和歌浦へ)
 娘と私ははじめベビーカー、途中からだっこ紐で歩いた。そこで感じたことは、歩道のお粗末さ。狭い・傾いている・がたがたの3拍子がそろっている。
史跡を見、談笑しながら歩くにはちと狭い。傾斜はベビーカーや車いすを押すのにはネックとなる。散策するには少々適さない歩道が多いのだ。さらにトイレがない。
ただ、実際に歩いてみて、6時間の予定時間に収まりきらない程たくさんの文書や風景画や史跡があった。
今度は家族でもっとゆっくり、そして楽しみながら、和歌浦を歩きたいと思った。そして、一つ一つ詳しく知りたいとも思った。
文書館では「パネル展示」や「ケース展示」で文書を説明。さらに、初心者から勉強できる「古文書講座」や「歴史講座」も行っている。
いろいろな角度から分かりやすく和歌浦を語れる人が増えれば、文化財として、観光地として、和歌浦はもっともっとおもしろくなりそうだ。皆さんも和歌浦を歩いてみませんか。
by mako0491 | 2009-02-19 14:39 | アタマ記事