わかやま新報女性面 (隔週金曜日)記事を発信-NPO法人「和歌山コミュニティ情報研究所」の女性スタッフが取材・編集を担当


by mako0491

『海難 1890』語り継ぐガイド


 トルコとの友好さらに深める


 東の太陽、西の月とは何でしょうか? 日本とトルコの国旗のこと。12月5日に全国公開される日本とトルコ合作映画『海難1890』。物語の舞台となった串本町大島、樫野地区で「エルトゥールル号遭難を語り継ぐ会」のガイド堀口徳弘さんに話を聞いた。

 大島の東端に樫野崎灯台がある。450m手前に樫野崎駐車場があり、灯台へと続く遊歩道が整備されている。  

 堀口さんらは通常トルコ記念館、コヨチの浜(船甲羅)、トルコ軍艦遭難慰霊碑、アタチュルク像、樫野崎灯台の順にガイドする。 

 ガイドは7名。その中には曾祖父母、祖父母が実際に救助に当たった人もいて、代々語り継がれたエピソードなども聞かせてくれる。

 堀口さんは、ガイドをする時、まず1985年イラン・イラク戦争で日本の救援機が間に合わず、イランから脱出することができなかった日本人をトルコの救援機が救ってくれたことから話す。

 時代を遡って1890年の遭難事故。軍艦には650余名が乗船。587名が死亡。生存者は69名。慰霊碑には285名が眠っている。串本町や古座町の浜辺に流れ着いた遺体も、時の大島村長の沖周は、樫野へ運び埋葬した。

 今も5年毎に執り行われる慰霊祭は、トルコと串本町合同で行う。初期の慰霊碑は簡素なものだったが、昭和天皇の樫野崎行幸の際、トルコの初代大統領ケルマ・アタチュルクが現在のものを建て、またトルコのメルシン市にも同じ慰霊碑を建てた。

 最初の慰霊碑(墓標)は、現在の慰霊碑の塔の中央へ設置されている。灯台手前のアタチュルク像のことにも触れてみたいところだが、ぜひ大島に来てガイドの話を聞き、この歴史を語り継いでいただきたい。樫野崎の丘は、これから水仙の季節を迎える。
                            (玉置 ひとみ)

(参考資料)
「エルトゥールル号遭難を語り継ぐ会」 問合せ先:0735-65-0255(代表 高山)
東の太陽、西の月は映画の台本に書かれていたもの(仮称)
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by mako0491 | 2015-12-09 17:08 | ヒト交差点