わかやま新報女性面 (隔週金曜日)記事を発信-NPO法人「和歌山コミュニティ情報研究所」の女性スタッフが取材・編集を担当


by mako0491

花園地区 介護で50年以上離れた故郷に帰る

8.7掲載

定年、母に寄り添い暮らす決意


<和医大の石井講師と学生の報告から>
 毎年、年に一度、大学1年生の学生たちとともに、伊都郡かつらぎ町花園地区(旧花園村)=別項参照=を訪れます。年々、集落の人口が減る中で、今年は新たな出会いがありました。90歳になる母親の介護のために50年以上離れていた故郷にご夫婦で戻って来られた息子さんとの出会いです。和歌山県立医科大保健看護学部の石井敦子講師のレポートを紹介します。

高野槇で知られる
 旧花園村は1953年7月18日に起きた和歌山県史上最悪の気象災害といわれる紀州大水害で山腹崩壊と土石流により中心集落が壊滅するという甚大な被害を受けた地域としてもよく知られていますが、連なる山々と澄んだ空気、清く美しい自然は今年も穏やかに私たちを迎えてくれました。 

 特産品の高野槙は世界三大庭園木の一つですが、一属一種しかない日本固有種の常緑高木で、幅の狭い円錐形の樹形は美しく目を和ませてくれます。
 
 花園地区で母親の介護のために、故郷に戻ってきた息子さんは、大阪でずっと仕事をして家庭を築き、子育ても一段落つき、定年退職を迎えた後の第二の人生を生まれ故郷の花園で母親の残りの人生と寄り添うことを決意して戻って来られたそうです。

 中学生まで育った場所とはいえ、人生の大半を大都会で過ごし、環境が全く違う地域での生活と母親の介護をするというのは並大抵のことではないと思われます。

 都会と田舎の生活を知り、またそのどちらの大変さも知る息子さんが18、19歳の学生たちに「今よりも60代、70代になって笑っていられる人生を送ることができるほうがいい」と言われた言葉が若い学生たちの心に響いたようです。

呼び寄せ高齢者に問題も 
 遠く離れて暮らす子供世代に呼び寄せられて、長年暮らしていた土地を離れ見知らぬ土地へ移住する「呼び寄せ高齢者」という社会的現象があります。これは日本の経済的、社会的構造が生み出したものですが、呼び寄せられた親は都会に馴染めず孤立したり、認知症が進行するといった様々な問題も顕在化しています。

 花園で出会った息子さんも生活の基盤が大阪にあり、親を大阪に呼び寄せることのほうが容易であったかもしれませんが、あえて自ら移住することを選んだのです。

 母親が住み慣れた土地で、家族の思い出がぎっしり詰まった我が家で、残りの人生を送れるようにと願ってのことでしょう。

 「将来的にはまた大阪に帰ることになると思います」という息子さんの心には、今度は自分たちが歳をとり手助けが必要になった時に、大阪で育った子供たちにとっては故郷でもない地にいる親の介護で困ることのないようにという思いがあるのではないでしょうか。
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長い人生の幸せの形探す 
 戦後70年で平均寿命は30年延び、男女とも人生80年時代となりました。家族や社会の形が変化してきたなかで、定年退職後のUターン・Iターンなど第二の人生をいかに送るかを考えることが求められています。

 定年後の人生も決して短くはないことを考えると、60代、70代になって笑っていられる人生を送るようにするには、親から子へ、子から孫へ、移りゆく時代とともに家族で幸せの形を探っていくことが大切なのかもしれません。

<かつらぎ町と合併、人口300人切る>
 花園地区は有田川の源流を有し、霊峰高野山の南に位置する集落で、2005年10月にかつらぎ町と合併した当初は約550人だった人口が現在では300人を切っており、ますます超高齢化、過疎化が進んでいる。写真は「花園村100周年記念」で、住民が描いた壁画
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by mako0491 | 2015-08-09 16:20 | アタマ記事