わかやま新報女性面 (隔週金曜日)記事を発信-NPO法人「和歌山コミュニティ情報研究所」の女性スタッフが取材・編集を担当


by mako0491

瀞峡めぐり ウォータージェット船

6.26日掲載
プロペラ→ジェット化の歴史たどる
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 瀞峡、ウォータージェット船、瀞ホテル。ご存知の方も多いことだろう。ウォータージェット船を運航している熊野交通株式会社と瀞ホテルのコラボ企画『絶景満喫プラン』が9月13日(日)まで実施されている。地元に住んでいても非日常・異日常を体験できる。(玉置 ひとみ)

贅沢なホテル
 瀞峡めぐりの里熊野川(志古)から船に乗り、地元民なのにすっかり観光気分である。

 乗船した日は、雨上がりの日。少し靄も立ち景色をより一層素敵に演出してくれた。2kmほどで支流の北山川へと遡上する。船は26km先の瀞峡へ向かう。50分ほどで、瀞ホテルがある田戸に着き下船する。

 瀞峡は奈良、三重、和歌山の三県境にあり、渓谷美が楽しめるところ。『三国に跨る(またがる)声やほととぎす』大町桂月の句だが、この日はウグイスの声がこだましていた。

 瀞ホテルでは約一時間の滞在だったが、川面から吹く風は心地よく、渓谷を眺めながらのティータイムはゆったりと時間が流れ、贅沢の一言だった。オーナーこだわりのインテリアは一つ一つに趣きがあり、これも含め、お得感満載の企画だと思った。

2日が3時間に短縮
 船内アナウンスに、浅瀬が多いためにジェット推進を取り入れたとあったが、物心ついた時から見てきたこの船の歴史を知らないことに気がつき興味を持った。

 ウォータージェット推進。海を航行する船にはジェット船は多いが、川を航行する船で現存しているのは南紀熊野の熊野交通株式会社の船だけではないだろうか?

 熊野交通株式会社の社史によると、熊野地方は山が険しく長らく自動車道ができず、人や物の往来は川の交通が生活の支えだった。言うまでもないが、熊野詣でも熊野本宮大社から熊野速玉大社まで川舟に乗って下った。しかし流れが速い川のため溯上に大変苦労した。川岸から人夫が船を引っ張りあげ、新宮から本宮まで2日がかりだったそうだ。  

 それが大正5年頃から飛行機のプロペラエンジンを応用してプロペラ船の開発がされた。画期的な開発だったようで、2日かかっていた本宮行きが3時間あまりで行けるようになったという。

 最初は本宮航路だけだったが、瀞峡航路や十津川航路もできたそうだ。
 初期のプロペラ船は写真のように川舟(団平船)にプロペラをつけたものだったが、次第に屋根がついた現在のジェット船用のものに作り変えられた。物珍しさと昭和の観光ブームに乗り瀞峡へはたくさんの観光客が訪れたという。

爆音に苦情も

 昭和39年頃からジェット船化が進められたそうだ。ダムができることにより瀞峡がなくなるという噂で観光客が激減したことや、プロペラ船の爆音は観光客のみならず周辺住民からもクレームの対象になっていたようだ。
昭和40年に第一号のウォータージェット船が航行を開始した。航行時間の大幅な短縮に加え、音が静かになった。現在も定期船として夏季10便、冬季9便が運行されている。

ドイツの川で走行e0171960_14571282.jpg
 また、平成13年にドイツ銀行が主催する芸術祭に第59くまの号が参加し、フランクフルトを流れるマイン川を走行したそうだ。フランクフルト市民の皆さんには、スマートな船体のジェット船が好評で、大勢の方が乗り心地を楽しまれたという。ジェット船は、貨物船に乗って海を渡ったという。59号は現在も活躍している。

 観光だけでなく、地域とともに歩んできた船の歴史。プロペラ船の開発から数えると100年近く航行していることになる。瀞ホテルも開業からまもなく100年。熊野の大きな財産であり、大切にしていきたい歴史だと感じた。

・『瀞ホテルとコラボ企画 絶景満喫プラン』
9月13日(日)まで 水・木曜日を除く(要予約)。13時30分志(し)古(こ)発の船に乗り、田戸(瀞ホテル)で下船。ホテルでティータイムを楽しんで次の船15時30分の船に乗る。大人3900円、小人2300円。熊野交通観光センター0735-21-2405

・食堂・喫茶 瀞ホテル=筏師の宿「あずまや」として1917年(大正6年)創業。後に「招仙閣」と名を変え昭和初期に「瀞ホテル」と改名する。かつては多くの歌人(与謝野晶子・大町桂月)・芸術家も長期滞在したという。期間中「瀞峡八景」~八人が見た八通りの瀞~の企画展も開催されている。
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by mako0491 | 2015-06-25 15:02 | アタマ記事