わかやま新報女性面 (隔週金曜日)記事を発信-NPO法人「和歌山コミュニティ情報研究所」の女性スタッフが取材・編集を担当


by mako0491

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熊本県の慈恵病院に日本で初めて、親が育てられない赤ちゃんを匿名で預け入れるシステム「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)の運用から10年。これまで125人の赤ちゃんを救い、大きな反響を呼んた。安易な棄子や育児放棄の助長につながり、匿名で預け入れることに子の出自を知る権利が損なわれるなど批判もある。

今回は関西で初めて「面談型こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)の設置を目指して、活動されている神戸市のマナ助産院院長の永原郁子さん=写真=にお話を伺った。

 きっかけは、関西でこうのとりのゆりかごを設置するために「特定非営利活動法人こうのとりのゆりかごin関西」(理事長:人見滋樹京都大学名誉教授)が立ち上げられ、その理事に就任したことだった。

「何とかして命を守れないかと思いました。赤ちゃんはけなげに生まれてきます。生まれたばかりの赤ちゃんは、ここはどこ?というふうに周りをきょろきょろ見回しています。お母さんを信頼しきっています。泣いてもお母さんが抱っこしたら泣き止みます。信頼していたお母さんに殺されてしまうんです。そのような女性は、極悪非道ではない普通の女性です」。

「病院で産んだり、育てられない命を産むとこまで守り、後は託すという形にしたいと思っています。中絶される命も確実に人格がある命です。5か月くらいから記憶があります。計り知れない可能性のある命を、自分で生み出せないなら、託せば良いというふうにしていきたいと思います」。

保育器につながるドア(赤ちゃんポスト)の設置には、24時間医師の常駐が必要と神戸市の指導があったため、面談型に切り替えた。面談で話し合うことでお母さんが困っていることに焦点を当てて、問題を解決できると考えている。

お母さんの考えを整理して、一人でいるお母さんと一緒に考えられる。顔を見せたくない人や、夜来る人、誰にも言えない人もいる。助産師の仕事は女性に寄り添って母子の必要に応えることだ。母である女性の痛みにもふれることが出来ると考えている。

永原 郁子さん=1980年大阪大学医学部付属助産婦学校卒業後、病院勤務を経て1993年神戸市北区ひよどり台にてマナ助産院を開業。自然出産/母乳育児の推進/子育て支援/環境問題/戦争を語り継ぐ活動などを通して地域母子保健に携わる。

ヒト交差点  下 8.4掲載

「面談型赤ちゃんポスト」目指す㊦

 

今までわが子が妊娠して困っているという相談をたくさん受けてきた。普通に育てられた子供が性交後に妊娠する。自分の子育てが間違っていたのではないかと悲しんだり、怒ったりする母親に、「大変な時期に、どう乗り越えるかでその後の親子関係が変わっていく。乗り越え方が大切です」と話している。

全国の小中高校の教職員や保護者から講演の依頼がある。小中高校の教職員は、必要に迫られていると感じている。実際学校で問題になっており、生徒は教員に相談するようなことはしない。「意識改革」が必要になっている。

助産院に隣接した土地に、思いがけず妊娠した女の子たちが暮らす「マタニティーホーム」を建てたいと考えている。かつては結婚する前に妊娠することは社会的に認められないことだったが、ここ10年ほどで「できちゃった婚」は隠すことでなくなった。しかし今なお、結婚にいたらない妊娠は認められず、人工妊娠中絶する人がほとんどだ。

事情抱えて妊娠し、職場にも言えない人もしばらくの間「マタニティホーム」で過ごすことで出産できるようにしたいと考えている。

日本では、養子縁組には否定的な人が多い。夫婦の選択肢として、自分の赤ちゃんも生んで、養子も育てるように、養子縁組が一般化するような社会になればよいと考えている。実親も生まれた子供とコンタクトを取り、生まれた子供も私には2人のお母さんがいると、胸を張って生きていけるような社会にしていきたいと考えている。

面談型24時間母子相談窓口」を来年3月開設する予定だ。熊本慈恵病院のような「赤ちゃんポスト」の開設を目指していたが、面談型に変更した。マナ助産院の診察室のすぐ側に専用の面談室を設け、母子のプライバシーに配慮して、通常の入り口と別の入り口を設ける。助産師が24時間対応し、面談室で相談に応じる。匿名でも対応する。産婦人科医が駆けつける体制も備え、児童相談所や養子縁組斡旋民間団体、一時保護施設など関係機関とも連携する。電話での相談も今年12月に開始し、緊急時は24時間で対応する予定だ。」

「面談型こうのとりのゆりかご」の開設に合わせて、思いがけず妊娠した女性と胎児のいのちを守る家として一般社団法人「マタニティホーム・マナ」を建設予定で、寄付を募っている。連絡先は以下の通り。

【マタニティホーム・マナ】ikuko@mana-mh.com

(中山まり)



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by mako0491 | 2017-07-15 09:50 | ヒト交差点

「夢」についてあれこれ

 毎日「夢」を見ているようです。睡眠中に見る「夢」の話です。朝、目が覚めた直後はよく覚えていて、すぐに家人に先ほど見た夢の内容を話します。

 近ごろはリアル系が多くて、日常の延長上のようなお話が多いのですが、登場人物は全く覚えのない人が大半です。なのに、とてもよく知っている人として行動するのです。

 夢判断などによると、そうした人たちは、前世において深い関わりがあったらしいです。でも、現実は見たことも会った覚えもありません。

 パートナーや息子たちよりも、亡くなっている両親なんかが頻繁に出てきて、当たり前のような顔をして活動しています。そして彼らに呼びかけ、話しかけている声で目が覚めることも多いです

 「カラー」の夢がほとんどです。半世紀以上前からカラーです。昔は色つきの夢を見ると、異常だとか言われましたが、今はそうでもないようで、安心しています。

夢の中で「食べる」行為は少なく、たいていは食べる前に目が覚めてしまいますが、2度ほど美味しい美味しいと、ぱくぱくやっていました。もちろん何の味もしませんでした。が、食べられたことで満足です。

かなり前は、道がすべて水で埋まり、2~3mの深さの水路となっていて、その中をスイスイ泳ぐ夢をよく見ました。息が苦しくないので、とても爽快です。

戦争になって回りがバタバタ倒れているのに、自分は死んだフリをして目を瞑っている夢も何度見たか知れません。

実家がいつのまにか部屋が増え、広い大きいおうちになっている夢もしょっちゅうです。

内容が幼稚すぎて、お話しするのも恥ずかしくなってきました。

こうした夢を分析してみるのも面白いかもしれません。

おめでたい人、といわれそうですね。

  (中村 聖代)


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by mako0491 | 2017-07-06 03:17 | 女の視点

TOPIX

久留米かすりを使った

地下足袋スニーカーなど

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久留米絣(かすり)をご存じですか?福岡県の筑後地方で200年続く膨大な細やかな工程と長い時間をかけて織りあげられる日本伝統の織物。

ギャラリー木綿(ゆう)=和歌山市西高松=では主に久留米絣を使った洋服やバッグなどを販売。2年前、オープン10周年にむけて久留米絣を使った商品は出来ないものかと考え、出来上がったのがこの地下足袋スニーカー&サンダル=写真。

久留米絣との出会いはオーナーの谷口登喜子さんが久留米絣の服を購入したのがきっかけ。肌が弱く化学繊維の服を着ると肌荒れなどをおこしていたのがこの久留米絣の洋服を着たところ夏は涼しく、冬は暖かくそして何より肌荒れが全くおこらなくなった事で久留米絣の素晴らしさを体感しその魅力を伝えるべく和歌山にお店をオープンした。

実はこの久留米絣はほとんどが福岡の小さな工房で作られている。工程に手間がかかるため後継者が減っていっているのが現実。この伝統工芸をたやさない為にオーナーの娘さんの谷口まりこさんも織物屋さんとの交流を深め、この伝統工芸を残すべく和歌山県内外へと販路を広げている。

ギャラリー木綿では久留米絣の生地を使ったオリジナルな製品を扱っているが、洋服と同じ柄でトータルコーディネート出来るように地下足袋シリーズが考案された。

地下足袋は自然と親指に力をいれて歩くことで正しいい歩き方ができるので腰痛の方や外反母趾の方にお勧め。男性にもお勧めという。

地下足袋スニーカー22cm-28cm ¥8,640税込み

地下足袋サンダル242628cm ¥7,480税込み

(神谷 弥生)


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by mako0491 | 2017-07-06 03:07 | TOPIXS

山崎亭が静かなブーム

山崎亭が静かなブーム。地元住民とNPO(非営利団体)、社会福祉法人などボランティアが軸になって、さまざまな交流から、新たな活動を生みだしている。ハード(古民家)と、ソフト(地域文化)の魅力から地域創生のきっかけになると期待される。

(市野 政子)

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県外からも客多い

 JR 粉河駅を降り立つと、すぐ右に赤茶色の土塀が見える。

100年の古民家山崎邸。その佇まいだけでも、癒される。

近代和風建築と呼ばれる貴重な文化財建造物。

今は、いろんな趣向を凝らして、人の交流の場、多彩な企画が予定され、折に触れ、地域はもとより県外からも、山崎邸を訪れる人が多くなってきた。

母屋は、1917(大正6)に棟上げされた。当時は第一世界大戦の影響で景気がよく、特に県内では紀北紀中を中心に綿ネルと呼ばれる綿織物の生産加工が繁栄し、全国でも有数の産地だったそうだ。

見どころは大広間

この住宅を建築したのは山﨑家の当主栄助及び次の代を担う栄吉である。

山﨑家は和歌山市に綿ネル生産工場を持ち、朝鮮半島方面への販売で財を成したと伝わっている。

この建物の一番の見所は、大広間。5畳の主座敷と10畳の仏間からなり、主座敷には床の間、違い棚、琵琶床、付け書院等の座敷飾りを備え、壁は、金唐紙を張り、天井は折上げ格天井などと豪華なもの。

壁に掛けられた先祖代々の写真が、今の山崎邸を見守っている。

この大広間に、いろんな企画で集う人たちが賑やかにしている様子をきっと、壁の額の中から、賑やかなことだと、喜んでいるのかもしれない。

昔は、きっと、この部屋で親戚一同が集まって法事や大切な行事等してきたことだろう。

回り廊下に庭木を眺め、龍門山が、居ながらにして眺められる大広間は、春の日差しなどあびると、お昼寝でもしたくなる空間だ。

畳がこんなにいいものだと、改めて気付かされる瞬間だ。

今は使用不可だが、お手洗いも贅沢な作りになっているのが如何に資産家の贅沢さがよくわかる。

また1階と2階にある傘天井の部屋や、和洋折衷の階段室に質の高い意匠を見ることができ、多くの良材が使われていることも魅力のひとつ。

部屋の押し入れの中壁に、明治の新聞が壁の補修に貼ってある。これは大切な時代の証だ。是非、必見。

お雛祭り華やかに

行事はいろいろあるが、特に春のお雛祭りの季節に、地元のとんまか通りの商店街の実行委員の方々たちが、毎日山崎邸に詰めて、お雛祭りが、盛大に行われている。

山崎邸は、玄関から各部屋、お雛様。またお雛様と晴れやかになる。

また西国三十三ヶ所観音霊所第三札所粉河寺へと続く参道の、とんまか通りの商店街は、両脇に、家の古くから伝わったお雛様を飾り、道行く人に見ていただこうと、街とともに華やかな季節になる


明治にタイムスリップ

729日には、紀州三大祭りの粉河祭りは、見ごたえがあり、是非おすすめ。

その他、山崎邸は、改造が少なく屋敷全体の構成も含めた保存状態が良いこともこの住宅の特徴である。  

一階に「 コミニティcaféHAJIMEが来られた方々とのコミュニケーションの場として、人気の場。

昔懐かしい雰囲気の中で、ゆっくり時間を忘れて、コーヒーを味わいながら、どんな人がここに住んでいたのか、土間の椅子に座ってぐるりと眺めながら、明治時代にタイムスリップをしてみるのも山崎邸の魅力..




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by mako0491 | 2017-07-06 02:47 | アタマ記事