わかやま新報女性面 (隔週金曜日)記事を発信-NPO法人「和歌山コミュニティ情報研究所」の女性スタッフが取材・編集を担当


by mako0491

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ボランティアに輝く毎日

林 多恵子さん

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 林 多恵子さんは、和歌山市内の小学校教師を退職後、よみきかせや国際交流センター・YМCA日本語科でのボランティア活動に忙しい日々を送っている。少子高齢化の現代社会、健康で生き生き輝く毎日を送りたいと誰しもが思う。我々も彼女の生活を横に見ながら、自分の居場所や、やれることを見つけて社会に関わっていきたい。

(中村 聖代)


 林 多恵子さんは、市内に生まれ吹上小学校、西和中学校、桐蔭高等学校を経て和歌山大学教育学部に進んだ。

 人材の多くが県外に流出する和歌山県であるが、多恵子さんは和歌山で働くことを望んだ。大学卒業当時、和歌山市では中学校の英語課程の採用枠は無かったが、小学校課程の枠が多くあった。多恵子さんは近くの小学校に正式採用されたのだった。

【教師時代の失敗】

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日本語クラスは様々なコースが

 教師である多恵子さんは、子どもたちから学ぶことも多かった。今でも心に残ることがあると言う。子どもの声にきちんと耳を傾けるべきだったと。

 それは着任1年目の話だ。カレーを残したいという子どもがいた。何故かと思いつつ、「がんばってもう少し食べよう」といった対応をした。そうしたやりとりがあったあと、懲りずにまた残したいと言ってきた。どれだけ食べたのかと見に行くと、その子の食器の中には溶けずに残っていたカレールーの塊があった。現状を見ずに判断したことを猛反省した一件だった。

【年下の夫との出会い】

 教師生活を続けていると自ずとベテランになる。多恵子さんが30歳になった頃、若干23歳の男性が補助教員として着任してきた。「声も小さいし、頼りないな。大丈夫やろか」多恵子さんの母性本能がくすぐられた。その彼は十年後、生涯の伴侶となった。

 結婚後1年目、41歳にして一児の母となった多恵子さんにとって、教え子が出産・育児の先輩にあたる。出産祝いに来てくれた教え子が3児の母となっていたり、クラスの子どもの保護者がかつての教え子だったり。ここでも本当に教えられることが多かった。

【定年退職後の日々】

 平成17年、54歳になった時に小学校を退職。それから次の人生が始まる。よみきかせグループ「言の葉」として幼稚園・小学校・書店などを訪れる。

 JAF(日本自動車連盟)和歌山支部にて「ドレミぐるーぷ」を立ち上げ、子どもたちに交通安全指導を行う。国際交流センター「おはようクラス」では日本語の勉強や日本文化の紹介を行う。

 そしてYMCAでの活動。日本語を学びに来た学生たちが、放課後に1対1で会話の練習をする相手として多恵子さんのようなボランティアがいる。

 1週間に1度、1時間程度のコミュニケーション。言葉が通じなくても紙に書いたり、身ぶり手ぶりで何とか分かりあおうとする。お互いの気持ちが分かりあえた時の嬉しさ―そのために頑張る。

「『今日何を食べた?何か困っていることはない?』といった簡単な日常会話をするのですが、親密になると情がわいてきて、彼らの母親になったような気がしてーハハというよりオバアチャンでしょうか?」

【文化の違いを超えて】

 日本語クラスは様々なコースがあり、2年間であったり1年間であったり、もっと短い期間も、途中で帰国することもあるが、これまで16人の学生と交わってきた。

 こんなこともあった。感謝の気持ちとしてボールペンを贈られた。が、包まれていたのは黄色と白の水引のかかった金封であった。風習を知らない外国人はリボンのようなものが付いている封筒がプレゼント用として最適だと思ったのだろう。多恵子さんは有難く頂戴するとともに、日本で暮らすなら、と水引の色や形の違いによる用途を説明したのだった。

 文化の違いは様々あれど、同じ人間同士分かりあえることができる―多恵子さんは今日もボランティアに向かう。


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by mako0491 | 2017-05-30 13:10 | アタマ記事

初めての調理実習

緊張した面持ちで調理実習前夜を迎えたわが子。教科書を開いて実習の予習をしていた。

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平素、時間がないため下手に手伝ってもらって余計な手間がかかるなら、テレビでも見ていてくれたほうがいいと手伝ってとあえて言わなかった私。そのほうが早いし、イライラしなくてもいいし。自分でコントロールできることを優先してきた。

それは同時にわが子をキッチンから遠ざけていた。ベビーゲートをつけていたのは本当に「赤ちゃん」のころだけで、ゲートを外して以降は、近づくな!オーラを漂わせてバリアを張ってきた。CMしている防虫剤以上の効き目があるらしく、料理している片づけをしていると寄ってこなくなった。

そのせいで、わが子ことって「家庭科」、しかも「調理実習」は緊張することこの上ないことになった。なぜ、こんなことに緊張するんだろうと私には理解不能だけれど、わが子からしたら何もかもがわからないこと、ばかりの教科が「家庭科」。ちょっと、いやふた昔、干支2周り分遡ってみた。

いたいた、クラスにとても不安げな子が。当時の私にとっても理解不能な同級生。わが子のような状態だったのかな…もっと優しくしてあげればよかった。小学5年生に戻った私は反省しきり。

調理実習に限らず、天性の負けん気で大概のことはできる、しかも上手にできるレベルを維持していた幼少期。できないことが理解できなかったあのころ。トゲトゲしてたな、私。わが子を通して、これもわかったこと。

前夜の教科書開いて、座学した授業の復習。翌日やることを一通りやってみた実習の予習の甲斐あって、無事に「卵」と「ホウレンソウ」を「ゆでる」初の調理実習は終了。帰宅したわが子に聞いてみた。「どうだった?」「うん、○○さんに教えてもらいながらやったー」え、えーー、実習の予習していったのに?のど元まで出かかったが、ぐっと我慢した。ミッドサーティ、わが子の鍛えがあってまたひとつ体得した。

(田中 麻衣子)


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by mako0491 | 2017-05-30 12:26 | 子育て

日中友好、庶民レベルでは・・・

9年前の519日は、四川省大地震の日。

私たちは、四川省南充市蚕糸学校とお付き合いがあった。

地震が少ないと言われている中国での大地震というのが信じられなかった。

また、レンガを積み上げた家が多いので、地震には耐えられないだろうとも思った。

卒業生も沢山、日本で働いていて、彼女たちに連絡をとり、家族の無事を確認したが、犠牲者がなんと多かったことか。

和歌山駅頭で、マイクを握り、四川省大地震災害の募金に立った。日中友好コミニティーかいこ倶楽部として、募金箱を持つ人、地声で訴える人、みんな中国のことではなく、自分のことのように募金活動に、力が入っていた。

マイクを通して一日中しゃべるのも、エネルギーがいる。

通りすがらの、中国人の方が、日本人が中国のためにあんなに募金活動をしてくれているのにと、10.000円を入れてくださった。

中国の方が、声をかけてくれて、その場で、一緒に私たちと募金活動に立って参加してくれる人もいた。

中国と日本での国境線なんてないですね。心が一つと感じた。

国は違っても、じっとしてはおれなかったが、駅頭に立って、みんな心配しながら、募金に応じてくれた人、一人一人の温かい気持ちに感謝💓

二日間で、140.000円ほど募金をいただいた。

中国大使館へ振り込みをすませ、地元誌で、みなさんへご報告をした。

温かい気持ちに、私たちのほうが、心うたれたものでした。

日中友好、国レベルでは、微妙で難しいことが多いが、庶民レベルでは、面子も関係なく、みんなお互いを思いやる大切なお友達だ。

(市野 政子)
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by mako0491 | 2017-05-30 12:09 | ヒト交差点

息子夫婦から学ぶもの

 民族大移動の大型連休も過ぎ、ここ熊野もやや落ち着いてきた。

我が家にも長男夫婦と孫が来てくれた。関東から一歳になったばかりの子どもを連れて長旅をしてきてくれたことに有難いという思いしかない。

我が夫婦もいい舅、姑を演じようとは思っていないが、ふだん独りで頑張っているお嫁ちゃんに少しでも気楽に過ごしてもらいたいと話していた。

孫に健やかな成長を期待するのなら、そのお母さんが健やかでいることが大事。その環境はやはり周りが作り出すことでないのだろうか。

なにより、息子は家族を持って笑顔が増えた。二男が兄の結婚式の時言っていた。「俺は一生独身でいようと思っていた。でも兄貴の幸せそうな笑顔を見ていると、家族もいいなと感じた。なにより一緒に育ってきてあんなに笑う兄貴を見たのは初めてだ」と。

おいおい私が作った環境はそんなに悲惨だったか?う~ん。どうひいき目に自己採点してもやはり反省する点は多い。

息子夫婦から学ぶものは多い。穏やかに二人で協力して子どもに接している。最近は、男性も育児に積極的に参加をするイクメンが多いそうだ。 

息子もよく子どもの面倒をみていると思うが、それでも育児の負担は女性にかかっていると感じる。

お嫁さんには、口を出さず、お腹いっぱいご飯を食べてもらうことを心掛けたつもりだが、やはり気を遣っただろう。いたらなくてごめん。と心の中で謝る。





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by mako0491 | 2017-05-30 11:57 | 女の視点

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近畿各地の和歌山に似たエリアで、地域活性化に努力するまち・ひとを紹介、和歌山各市町村のまちおこしのヒントにしたい。今回は兵庫県明石市の江井ヶ島海岸のケースを取り上げてみよう。

(中山 まり)

明石市の海岸線(ビーチライン)活性化を目指す実行委員会が主催した、江井ヶ島海岸まつりが4月下旬、「ながさわ明石江井ヶ島酒館」で開催された。和歌山から紀伊水道を通って、淡路島の北端の向かい側にある瀬戸内海に面した明石は、海岸線が長く、和歌山エリアに近似する点もあり、まちおこしの参考になる。

手作り雑貨など販売

江井ヶ島海岸まつりは、毎年恒例となり、今回は6回目の開催である。ステージでは、地元の多様なミュージシャン達による演奏や明石発のご当地アイドル「YENA☆(イエナ)」の元気溢れるライブなどのパフォーマンスがあった。明石の地ビールの販売や西灘の地酒の飲み比べ、明石たまご焼きなど地元の特産品を販売するフードブース、クラフターによる手作りの雑貨や洋服、手作りジャムやクッキーなどを販売する「はないろプチマルシェ」などの店舗が出店していた。イベントには地元の人々が多く来て賑わった。

地元のバスと連携も

地元を盛り上げるために地域に根差したまちおこしイベントを企画されるに至った経緯について、主催した明石ビーチライン活性化実行委員会の事務局を務める西海恵子さんにお話を伺った。

このイベントを開催しようと思ったきっかけは、9年前に、江井ヶ島にそれまであった海の家が閉鎖され、海の家やライフセーバーもいなくなり、海水浴場でなくなったことだった。「キレイな景色もある江井ヶ島をなんとか住民の手で盛り立てていきたいと思いました」と恵子さん。江井ヶ島は小規模であまり知られていない分、白い砂浜もキレイで自然も美しい。

第1回は、江井ヶ島沿岸の砂浜地帯でステージを設けて開催した。「景色もすごくキレイなので、淡路島や海、空をバックにして砂浜にステージを設けました」。海岸には電気もなく、機材を運び込むのに苦労して、ステージの設営や撤収も大変だった。

人や車の出入りが多く、混雑して、海岸地帯に駐車場もなかったため、その後、江井ヶ島海岸に面した「ながさわ明石江井ヶ島酒館」に場所を借りて開催するようになった。来場者のために、地元のコミュニティバスTaco(タコ)バスが連携を申し出た。

お金はかけず、皆持ち寄りで行っている。明石ケーブルテレビの企画したご当地アイドルからも、出演の希望があり、無償で、明石を盛り上げる歌を歌ってくれる。イベント関連で知り合った出店店舗も、出店料を支払うことで、運営に協力している。会場のながさわ明石江井ヶ島酒館も場所や機材を無料で提供している。まちを盛り立てていこうという地元の人の熱意や善意で支えられている。 

若い人が喜んだ

「当初、続けるのはしんどいし、止めようかという意見もでました。でも一回目で、ものすごく喜んでいる方が多かったので続けようと思ったのです。特に、江井ヶ島に引っ越してきた若い人が喜んでくれました。友人にも自慢したいいい景色だけれども、これまでこの地域で、みんなで楽しめるようなことがなかったので、こんなかイベントがあれば、招待しやすいと話してくれました」。

「みんな明石が大好きなんです。地元のアーティストは、特に明石の歌と言わなくても、地元を盛り上げるためにオリジナルの曲を作ってくれるんです」。

その努力や想いが伝わったのか、来場者は増加し、コミュニティバス「Tacoバス」は、当初の50人から、今年は300人と利用者数を伸ばしている。

 

和歌山にも関心

今後の活動として、明石ビーチライン活性化実行委員会側で、日本の他の海岸地帯とのコラボレーション企画など考えているかと質問すると、「和歌山でも呼んでいただけたら行きたいと思います」。

現在、明石市に、海の家ができるように海岸を整備してほしいと要望を出している。しかし、そのためには、このまま静かで、穏やかな江井ヶ島がいいという住民との折り合いが必要で、「このようなイベントでムーブメントが大きくなれば、海の家や海岸も整備され、今後人も集まることもあると思います」。

 コミュニティ主体で、まちおこしのイベントを市民自らが企画し、実行し、積極的に参加してうまく機能している一例として和歌山各地の活性化に大いに参考になると思われる。何よりも市民たちが住むまちを自分たちで盛り上げていこうという強い想いでつながっていることが印象的だった。


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by mako0491 | 2017-05-18 21:06 | アタマ記事

女性の愛と性

 インターネットでSNSやブログなどで各自が好きな情報をアップすることが当たり前になって久しい。 

 役に立つ情報がある一方、誹謗中傷はおろか、箸の転んだことのどうでもよいたぐいも数限りなくある。

 先日ふとしたことで、今とても話題になっているブログを知った。彼女は自称慶應大学4年の女性。東大・京大・一橋・東京工大・早慶と医学部医学科のほかは超イケメンなら明治立教に限る男性たちと、出会い系サイトで知り合い、彼らとの情事をブログで発信している。その数はすさまじいものがある。

 下ネタ言葉を連発。「膣きゅん」するのは先述のエリートのみ。自らを「膣ドカタ」と呼び、性交に至り満足すれば「優勝」。引いてしまえば「砂漠」とか、独特の言い回しをする。

 その正体は不明で、本当に在学生なのか、女性なのか?マスコミにも取り上げられたらしい。

 日本社会はいつのまにか性革命を経験し、性と愛が分離した。愛がなくても性を経験できることに気付く。

 ひと昔前は、性的に自由な女性は、ふしだらでけがれた女性とみなされた「性=人格説」がまかり通っていたが、これがなくなったのだ。

 愛のないセックス、複数恋愛、夫以外とのセックス、いとも簡単に出来る世の中になった。

 私たちの常識では「男性が能動、女性は受身」と思っている。動物の世界でもオスが求愛し、メスは受け入れるかどうかを選択する。古今東西そういうものだと思っていた。

 がしかし、ついに女性が主権を握るようになったのか?先のブログも今は「怪物」扱いされているが、性の世界にも主体が入れ替わることも普通の世界になるのだろうか?

 いずれにしても私自身は性に関しては、ついていけない世の中になってしまった。

  (中村 聖代)


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by mako0491 | 2017-05-18 19:51 | 女の視点
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「第一回 天野・花祭り」開催

「わかまなび」サークルというのは、和歌山大学を中心に・県立医科大学・信愛女子短期大学・高野山大学等の学生が連携して、社会教育・生涯学習をベースに、地域起こしを目指して作った研究サークルです。

 このサークルが最初に取り組んだのが、丹生都比売神社を核とした「天野の里の宝を発掘し、地域再生・活性化を目指す」ことでした。

彼らは、去る3月3日開催された、和歌山大学の主催の「クリエ・フォーラム」(学生の創造性を育てる活動)で、この天野地域での活動を、展示パネルを通じて発表していました。 数あるニュース性豊かなテーマの中で、地味ながら興味を引く報告でした。

たまたまそのフォーラムに出席していた私(和大OB)は彼らの活動に強く共感しました。その後彼等とのメールの交換が始まり、この「天野・花祭り」へのお誘いを頂いたわけです。 参加して私は多くの楽しさと今後の生き方の教訓を得ました。

中でも「天野の里」の自然や歴史・文化に魅せられ、他府県から移住されている複数のご家族のお話。学生たちの、参加者に対するサービス活動のチームワークの姿。さらに深まった「天野の里の持つ宝」の知識、それに加えて、地域の人たちの「天野の里づくりの会」の意気込み、等々。それを感じながら素晴らしい一日を過ごさせて頂きました。

 花見の会ばかりでなしに、場所を「天野地域交流センター」に移して開いた参加者35名余りの自己紹介と意見発表は地域と世代を超えて、新鮮で興味深いものでした。6月には「蛍の乱舞・鑑賞の会」も地元で企画されているようです。

(久山 稔)


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by mako0491 | 2017-05-18 19:30 | ヒト交差点