わかやま新報女性面 (隔週金曜日)記事を発信-NPO法人「和歌山コミュニティ情報研究所」の女性スタッフが取材・編集を担当


by mako0491

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物質的・精神的なバランスを大事に

 寒い冬に欠かせないのが温かいブーツなのですが、先日、ヒール部分の皮が剥がれてしまい、修理に出さなくては履けない状態になってしまいました。

靴修理の専門店にブーツを持っていったところ、ヒールのタイプ的に店舗では修理ができず、工場に送ることになるというのです。しかも、工場の都合で今すぐ送っても約三ヶ月かかると言われ、修理ができるころには春になってしまいます。

それなら修理に出すのをやめようかと思ったのですが、躊躇する理由はもう一つありました。それは、八千円ほどかかるという修理費です。

ちょうどデパートや百貨店では冬物セールの真っ最中、これを機にこのブーツを捨てて、新しいものを買おうかとも考えつつ、ブーツを買ったお店に行ってみることにしました。

お店はやはりバーゲンセール中で、いろいろ目移りしながら、実は修理するか新調するか悩んでいることを店員さんに伝えました。すると、修理にかかる時間と費用を最小限に済ませることができるように店員さんたちがアレコレ知恵を出し合ってくれたのです。そのおかげで、お払い箱になりかけたブーツを今日もまた履くことができています。

 今はモノが豊富にある時代、ファストファッションなどの恩恵もあり、簡単に買い換えることができます。

新しいモノには新しいだけの価値はありますが、修理しながらも長く使うモノには、それにかかわってくれた人たちの思いが込められています。それはそれでとても値打ちがあることではないでしょうか。

そんな「思い」に価値を感じ、物質的な豊かさと精神的な豊かさのそれぞれのバランスを大切にしながら生きていくことができる社会であることを願いたいものです

                                 (石井 敦子)
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by mako0491 | 2017-01-30 18:15 | 女の視点

「リ」が作る新しい世界<下>

前回に続いて「リ」について考えてみました。

極端な例を示しましょう。人間は必ず死ぬ。焼却炉の中で灰になる。一部は骨壺で保管されるが、そのほとんどは焼却炉の中に残る。

その後どうなるのでしょうか。細かく砕かれて無機物になる。それを永久に貯め置くことは物理的に不可能。その砂のようになった無機物は、原油が精製された残滓などと混ぜ合わされてタール状になり、舗装道路の表面に敷き詰められる。立派で快適な道路が再生されます。

さらに、その後はどうなる?車のタイヤで舗装道路の表面は削られ、粉塵となり周囲に飛び散る、そこで土に還り、雑草を芽生えさせる。壮大な「リサイクルの旅」です。現代社会の技術革新のスピードは目覚ましい。

あっという間に素材の活用範囲は広がり、想像もつかなかったエネルギーや生物や製品を生み出してゆく。まさに輪廻の世界です。

そこで前回に触れた「後期高齢者の年頭指針」に話は戻ります。

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 80歳も超えた自分。典型的な核家族化の流れの中で生きた世代です。転勤族となって、大半は単身赴任生活。子供夫婦もまた同様の道をたどっています。家族の絆など、懐かしさ・いとおしさの感情の中に残っているだけです。「絆」(きずな)などもはや無くなりました。

 さて、「おまえの今年の生きる指針は?」と自分に問いかけざるを得ない破目に陥ってしまいました。夕焼けした雲に向かって、大口を開いて“アッハッハッ”と笑い飛ばす以外にありません。無責任のほどをお許しください。

講談社現代新書に『生活不活発病とは何か』という本があります。著者は大川弥生(医師)です。「動かない人は病む」。「動かないと、することが減る。筋肉も頭脳も使わなければ衰えます。その機能が弱ると、更にすることが減る」。

この悪循環こそが病源です。薬はありません。「することを増やすことです」。後期高齢者は経験で培った貴重な能力を活かし社会活動に参画することが最高のリハビリです。先生は大声で叫んでおられます。ご参考に。

                                   (久山 稔)


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by mako0491 | 2017-01-30 18:02 | オトコの独り言

当世恋愛もよう

既婚者の男女の友情は・・・

英子:最近テレビの再放送で山田太一の「友だち」を見たのよ。何年くらい前の作品かしら、倍賞千恵子主演で既婚者の熟年男女に友情は成立するのかっていうー配偶者以外の異性の友人を持つことの是非―ドラマはむろん正しい結論などだしていなかったけど。

微美:おもしろいテーマね。

英子:壮司の妻麻子つまり倍賞千恵子が言うの『私、友だちが欲しかったの。そりゃ、団地の奥さんたちとのつき合いはあるけど、そういうんじゃなく、他の世界が欲しかったの。女房でも、母親でも、嫁でもないつき合いが欲しかったの』。

微美:そういう世界は今ならたくさんあるんじゃない?

英子:『でも、絶対にそういう風(男女関係)にはならないの。意地でもならないの。そして、ずっと友だちでいるの』

微美:子供みたいなこと言ってるわね。

英子:麻子の旦那も同じことを言ってたわ。麻子は続ける『そうかなあ。子供なら我慢できないことも、中年なら出来るってとこあると思うし、そうやって友だちが出来ていったら、いまより少し、淋しくないんじゃないかなって思ったの』。

 知り合って気が合って仲良くなると、もう寝るしかないっていうのはあまりに通俗的よね。テレビの中で内海桂子さんが言ってるわ『寝ちゃえばお互い獣だものね。寝たいのに寝ないってのはいいものよ。それがおつってもんで思い出にも残るんだよ』

微美:たしかにそういう関係の異性がいるっていうのはいいわね。

英子:実は私にも、しょっちゅう会うってことはないけど「友だち」はいるわ。 女性でそう思えるひとは多いんじゃない?

遠くでいい感じだなあと思いあってる関係が一番だと思ってしまう』男性も確かに存在するけど稀有かもね。

微美:互いのパートナーがどう思うかも考えちゃうわ。

英子:このあたりは喜びと哀しさと豊かさと喪失をないまぜにした複雑な世界のような気がするわね。

                                  (中村 聖代)


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by mako0491 | 2017-01-30 17:56 | 恋愛模様

きのくに句会の楽しみ

月一回吟行、昼ごはんで交流

            きのくに句会の仲間

「俳句春秋社・和歌山支部きのくに句会」が出来て、今年で4年目に入る。多くの仲間との交流と、俳句で遊び、皆が溌剌(はつらつ)と元気に月一度の句会に参加してもらえるのが嬉しい。「きのくに句会」の楽しみについて綴る。(岡本 炎弥子)

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粋な桃の花見も

春は桃の花の咲くころ、句友の桃畑でシートを広げ吟行。シートの上にはお弁当、お酒を持ち込み、いい気分で、吟行ならず桃の花見と粋なことをする輩がいるが、俳句はきっちりといい点とってにこにこ。これぞ吟行と思っている。

菜の花咲くあぜ道を歩き、遠くに高野の山並みを見、高くあがるヒバリの鳴き声、そよぐ風の音などどれもが句の材料たっぷりの中の俳句作りも楽しい。

道端で売る無人販売の桃の花を手に取り、おみやげに持ち帰る者。土手に生える山菜をつむ者、野遊び吟行はこの上なく楽しい。吟行をダシにしっかりと自然の中で遊ぶのも又、良い。

秋には万葉で知られる、和歌浦の浜に白砂青松を愛でて、そよぐ風に、足裏の砂の感触に、また黒々とした小島のシルエットや遠く行くタンカーの航行を俳句にしようと考える時の面白さと仲間とのやり取りも俳句の醍醐味である。

ノートとペンの身軽さ

晩秋は紀州のミカン狩り句会。ちょっと遠回りして徳川家のお寺で吟行。なにしろ和歌山は名所旧跡が盛りだくさん、どこに訪れても句材にはことかかない。

頭の体操、足の歩行維持どれをとってもマイナスな部分がなく、教材といえば小さなノートとペンという身軽さがよい。

吟行ならぬ小旅行をして、日記のつもりで五七五でと思えばそれも又いい記念になるだろう。

大きいイベントには写真俳句(写俳)展がある。写真に興味のある方、俳句に興味をお持ちの方、友人知人が足を運んでくれる。だんだん盛況になってくるのは報道関係の皆さんの協力のおかげと感謝しつつ、接客している。他結社の先生が来られると、あれこれ質問したり情報を交換したりと、句会とはまた違った雰囲気で友好を温めるのに一役買っていることにも、大いに満足している。

旅の話、レシピの交換も

きのくに句会が和気藹々(あいあい)と続く要因の一つに昼ご飯がある。句会が終われば、会場である美園商店街の大人の居場所「ほっこりさん」のスタッフが作ってくれたお弁当をいただきながら、会員それぞれが、気楽にゴルフの話、旅の話、料理レシピの交換などしているのを見ていると、今日も楽しく句会が開けたと安堵する。

「お弁当があるから句会に来てるの」と思うくらい毎回楽しみにしている時間である。「一つ釜の飯を食う」ということばの効用をこの時しみじみと味わい、句友との絆を深め、きのくに句会に一人でも多く新しい句友が出来ることを祈っている。


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by mako0491 | 2017-01-30 17:45 | アタマ記事

   険しい尾根、3時間で踏破

   アップダウン、人生と重ね

  10月にユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産委員会臨時会に於いて、熊野古道で知られる世界文化遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』に新たに22か所が追加登録された。ここ新宮市でも阿須賀王子跡(現阿須賀神社)が追加登録され、熊野速玉大社、神倉神社、阿須賀神社と3か所の神社をめぐるウォーキングを多くの観光客が楽しんでいる。今回、実際歩いた権現山ウォーク体験を報告する。

                           (玉置 ひとみ)

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神倉神社の入口近くで

新宮、観光資源豊か

  最近は新宮市をハブに熊野三山を巡る人が多くなり、また、新宮市観光だけで、時代別に楽しむ観光客も増えている。新宮市は世界遺産に始まり、徐福伝説、新宮城跡、国の天然記念物のまちなかにぽっかりと浮かぶ浮島の森がある。さらに明治、大正、昭和を代表する文化人と、観光資源が豊富である。

 今回紹介したいのは、神倉神社と熊野速玉大社を結ぶ、熊野古道権現山ウォーク(千穂が峰)。新宮市の西側にそびえる千穂が峰の尾根道を縦走するコース。2kmくらいの道のりだが、高低差があり、3時間くらいかかる。登山道には案内板はあるが、分岐点が数か所あり、また尾根道の両側は断崖絶壁なので、観光ガイドの案内は必須である。

  128日。晴れ。気温12度。絶好の登山日和。新宮市観光ガイドの会の西浦康代さんの案内で権現山ウォークへ出かけた。神倉神社の太鼓橋で待ち合わせる。538段の急峻な石段を上り、神倉神社へ参詣。神社横から、山道へと入るが早速200mの上り坂が始まる。尾根道に出るまで、ゆっくり歩き30分くらいで尾根道へと出た。

神倉聖が修行した古道

 権現山は、熊野速玉大社の運営にあたった修験者の集団・神倉聖が修行をした古道だそうだ。近畿自然歩道の一部にも指定され、尾根道の東側、旧新宮市内を見渡せるところは、杉やヒノキの植林がされているが、西側熊野川に面する方は、断崖のため自然のまま照葉樹林の原生林が残っている。木々の間から、新宮市の市街地が見え隠れするが、下界の喧騒は何も聞こえない。聞こえるのは鳥のさえずりと風が通る音だけ。

  西浦ガイドは麓の千穂小学校(現神倉小学校)の出身。「子供のころはこんなに木々が鬱蒼としていなくて、グランドから山で遊んでいる友達の姿が見えたんですよ。だから、あっ、○○ちゃんが上っている。私も行こう。という感じでした。この尾根道、牛の背中に似ているので、牛の背といいます」。確かに尾根道の右も左も結構急な崖。牛の背中を今まさに歩いていると感じた。

  1時間ほどで、第一展望台に到着した。新宮市街、三重県鵜殿、七里御浜が見渡せる。神倉神社からも新宮城跡からも三輪崎のテレビ塔のところからも市街地は見えるが、ここからの眺めは格別。眺めが大きい。

下って熊野速玉大社へ

  ここまでで行程のまだ2/5。休憩して歩き始める。ほどなくして、ヒノキの木の皮がはがされているところがあった。これは、檜皮葺の屋根に用いるために、原皮師(もとかわし)が剥がしたもの。10年くらいで再生されるように採取している。この檜皮は高野山のお寺の屋根に使われたそうだ。

  やがて、三角錐に石が積まれているところに出た。千穂が峰の頂上ということだったが、あいにく木々が茂り周りの景色は見えなかった。到達できたという気分だけでもと、ガイドさんと手をつないでバンザイをした。

 その後は急な下り坂を熊野速玉大社へと向かった。三本杉登り口に到着して、熊野速玉大社へと参詣した。

  この権現山ウォークは、私は人生のように感じた。最初の急な上り坂は、生まれてからの青春期。尾根道のアップダウンと見事な景色は、今日までの浮き沈み。熊野速玉大社へ向かう下り坂では、ふと自分の人生は今どの辺りなのだろうと思った。自身の道と見えた異空間ウォークは気分爽快だった。一度、権現山ウォークいかがでしょうか。

新宮市観光ガイドの会の問合せ先(新宮市まちなか観光情報センター):0735-23-2311  


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by mako0491 | 2017-01-12 15:06 | アタマ記事

失敗怖がらずに行動しよう

 いきなりですが、「障害者」と「健常者」を分類することに問題はありませんか?そうした区別なく社会が対応することが理想なのかもしれません。どんなマイノリティでも受け入れ、認め、優しく受け入れる世の中―ありえるのかしら?

 何で冒頭でそんなことを言ってるのか、自分がどちらでもあるからです。10年近く前に難病を発症し、認定を受けました。自分ではまだ軽症なので、今後も活動できると信じています。

 悪いところは眼。「視力を失う前に寿命が来る」と医者から説明を受け、難病患者の中ではなんと恵まれた存在なのか。「どうして自分がこんな病気に?」と恨む気持ちより感謝が先に立ちました。

 普通に暮らしているつもりなのが、包丁で指を切ったり、お茶碗を割ったり、中身をこぼしたり、ゴミが見えなかったりーーしょっちゅうですが、そんな時はからり落ち込みます。

 モノが歪んで欠けて見える。全体がかすんでいる。暗いとかなり視野が狭くなる―といった諸症状のために失敗してもしかたがないことが、なかなか受け入れられないのです。

 だから、自分は健常者だ、障害者だと言いきれない。ヒトに優しく自分に厳しい人間でありたいのに、落ち込んでいるときはそんな綺麗ごとはどこかに飛んで行ってしまいます。

 できて当たり前のことが普通にできる有難さは、不自由な部分があってこそ感じられるものなのでしょう。自分には、その機会をたくさん与えられているはずです。

 さてプラス思考へ。弱者と区別されることで守られることが沢山あります。例えば優先座席や女性専用車両。特に認定患者は税制面や医療面でも優遇されます。電車ではなかなか優先座席を譲ってもらえないけれども、それは元気に見える証拠。

 「今日も失敗をこわがらずに、やっていきましょう!」と、自分に言い聞かせますね。

                                      (中村 聖代)


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by mako0491 | 2017-01-12 14:32 | 女の視点

リ・ユースなど新たな枠組み

 人間というのは神代の昔から、集い踊り歌うことで世の憂いを吹き飛ばし、自分の幸せな一生を願って生きる動物であったようだ。

中でも女性は、子を産み育てる役割を担う事からか、そのエネルギーたるや、男性には及びもつかない強さを持っているように見える


今の時代もそれは健在である。地域社会でのどんな集まりであろうと、参加者の数は圧倒的に女性が多い。働き盛りの男性はそんな暇がないという事を差し引いても、いかにも少ない。熟女は毎日、大型テレビから飛び出してくるほどの勢いで、その姿を画面に映し出している。


それに比べて、かつて知恵と体力を誇ってきたはずのシニア世代の男性というのは、いったい何処に潜んでしまったのだろうか。こんな状態を続けていると男性は知・情・意の力量のレベルで、女性に大きな差を付けられてしまうだろう。この格差は恥ずかしい。

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近頃、頭に「リ」のつくカタカナ言葉が氾濫している。リサイクル、リハビリ、リフォーム、リフレッシュ、挙げればきりがい。「元の姿に戻す」という意味の「リ」だとは誰でも知っている。「今年のあなたの年頭指針は?」と真面目な顔で聴かれるときょとんとし、シニア世代の男ならは恥ずかしそうな顔をして、この「リ」のつく言葉からついどれか一つ選び出してしまいそうだ。


ところが社会意識の変化というのは不思議なものだ。「リ」のつく言葉でも次々と新しいイメージを持つ言葉を生み出している。リサイクル(再循環)、リハビリ(社会復帰療法)の世界から「リメイク」「リ・ユース」と進むと「創造」のニュアンスが加味されて、少し夢のある世界へと変わってきている。捨てたものでもないなと思い始めた。


「リメイク」は懐かしい昔の歌曲を今の社会に合う様に作り替え、基本メロディーは活かしながら、リズムや演奏和音や歌手も選んで、イメージを作り変えている。それで再びベストセラーに浮かび上がっている歌曲も少なくない。


少し聞き慣れない言葉ながら、「リ・ユース」(再利用)となると考える枠組みの姿が更に違ってくる。思っても見なかった創造の世界へ足を踏み入れた感じだ。

                                    (久山 稔)


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by mako0491 | 2017-01-12 14:20 | オトコの独り言

親はお子さんを信じて

 今年もいよいよ受験シーズンの本番を迎えます。受験生はもちろんですが、受験生をもつ親にとっても気が抜けない時期です。生活のリズムを崩さないように心がけたり、風邪を引かさないように健康管理に気を配ったり、親がやれることは決して多くはないのですが、受験生の親もそれなりに大変です。


 ちょうど1年前は娘の大学受験がありました。センター試験の当日の朝、いつも通り、朝ごはんを食べさせ、出かける支度をしていた時のこと、思ってもみないハプニングが起きました。飼っていた猫が台所の勝手口から8年ぶりに脱走したのです。


昔から、ちょっとした隙を狙って外に出たがる猫でしたので、扉の開け閉めには細心の注意を払っていたのですが、ここ数年は外に出たがる様子も見せないことや年を取ったこともあって、すっかり脱走への警戒が緩んでいました。猫とはいえ、大切な家族の一員なので、慣れない外に出て行ってしまうと様々なリスクが頭をよぎります。  


しかし、何より娘の一世一代のセンター試験です。私は猫のことは諦め、娘を試験会場まで送ろうとしたのですが、娘が捕まえようと言い出し、家の周辺を大捜索することになりました。しばらくして娘が猫を捕まえ、なんとか家に戻すことができ、急いで試験会場に向かい、無事にセンター試験を受けることができました。

 

 よくよく考えると、自分の大学受験よりも、親として迎える我が子の受験のほうが、してやれることに限界がある分、必要以上に気を張るものなのかもしれません。親がアタフタしていても、案外、子どもには冷静に対処できる力があるのです。受験生をもつお父さん、お母さん、お子さんを信じて、ともに受験を乗り越えてください。

                                         (石井 敦子)


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by mako0491 | 2017-01-12 13:56 | 子育て