わかやま新報女性面 (隔週金曜日)記事を発信-NPO法人「和歌山コミュニティ情報研究所」の女性スタッフが取材・編集を担当


by mako0491

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7.18日掲載

消化にやさしく、栄養もあります


 アーユルヴェーダ(インド大陸の伝統的医学)では季節の移り変わりの中で、1年を通して体力の強くなる時期と弱くなる時期があるとしています。ちょうど12月中ごろの冬至の頃に体の機能が最も高く、冬至をピークにして次第に低下していき、6月中ごろの夏至の頃に体の機能は最も低下します。

 梅雨や台風のシーズンは、体力、消化力などの身体の機能が低下している時期なので、お腹にやさしく体を冷やさない煮物などのあたたかい食事がおすすめです。

 また梅雨時は細菌などが繁殖しやすく、食中毒の心配もありますが、根本的には、体力の衰弱や3つのドーシャ(ヴァータ、ピッタ、カパ)のバランスが崩れていることが原因ですから、毎日の食事に薬味やスパイスを少し取り入れてみることで予防できます。

 とても簡単なことですが、もともと身体に備わっている自己防御機能を薬味やスパイスが程よく刺激してくれることで、身体の調子が自然と調うのです。

 そこで忙しくてもすぐにできて食欲をそそるスパイシーなおかゆを紹介します。
インドのおかゆはKITCERI(キチュリ)といって、パンチャカルマという浄化療法の後に病院で出される、消化にやさしく栄養のあるものです。ですから体調の調節がしにくい春から梅雨の時期にはぴったりのおかゆです。消化力に合わせてギー(牛乳が原料の純粋な油)を加えたりスパイスの種類を調整します。

 気をつけることは、美味しいからといって食べ過ぎないことです!お腹一杯のちょっと手前で止めましょう。これが一番難しいかもしれませんね(笑)

<簡単!インドのおかゆ>
[材料] 2人分
米       3/4カップ
ムング豆    1/4カップ   
(米とムング豆は同量でもよいです)
水       6カップ
生姜スライス  2枚
ターメリック  小さじ1/2
クミンパウダー 小さじ1/4
クローブ    3個
黒こしょう粒  3個
塩       小さじ1/4

[作り方]
1 米とムング豆は洗ってザルにあげておく。
2 厚手の鍋に分量の水を入れて強火にかけ、沸騰したら塩以外の材料を全て入れる。
3 再び沸騰したら弱火にして15分ほどコトコト煮る。
4 米が柔らかくなったら塩で味を調えて蓋をして10分蒸らす。

 (アーユルヴェーダ料理教室「鞘sa-ya 」主催 坂口 靖子)

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by mako0491 | 2014-07-21 18:54 | 健康ナビ

過疎地域に学ぶ

 7.18日掲載
  
 すさみ町のシニア女性パワフル

 超高齢社会の今、一人暮らしの高齢者は増加の一途をたどっている。とりわけ、団塊の世代が高齢者の仲間入りをしたこともあり、都市部での急速な増加への対応が課題となっているが、子ども世代が都市部へ仕事を求めて出て行く地方では、地域の高齢化は早くから深刻な問題だった。

  和歌山県西牟婁郡すさみ町は人口4,550人、高齢化率は40%を超え、過疎化が進んでいる。地形的にも平地は少なく、中心市街地から放射線状に集落が点在する典型的な中山間地域だ。 

 そのような山あいに暮らす一人暮らしの高齢者を訪ねた。自宅の前に広がる畑で野菜を作り、お盆には子や孫たちが帰ってくるのを楽しみに待っている。梅雨とは思えないさわやかな風が流れ、山の瑞々しさを運んできてくれるこの地域も人が住んでいない住宅が多くなり、お隣さんにはとても歩いていけるような距離ではない。

 人がいなくなったことがわかってやってくるのが、イノシシやクマだそうだ。畑を守るためにネットを張り巡らせ、侵入を防いだり、役場から捕獲用の籠を借りてあの手この手で仕掛けたりと、日頃の獣害対策の苦労話は尽きない。

 最後には「まぁ、動物たちと一緒に生きていくほかありませんわ」と明るく笑って言われた言葉が印象的で、とても90歳を超える年齢とは思わせない若々しいエネルギーが漲っていた。
 
 昔は、この集落にも賑わいがあり、子どもたちの野山を駆け巡る声が響いていたに違いないが、その子どもたちも巣立ち、だんだんと世帯が少なくなり、共に汗水流して働いた夫も亡くなって独りになった今、孤独と闘っているのではないかという予測とは裏腹に、大地に負けないくらいの力強さやたくましさを感じた。

 人口減少時代となり、日本の高齢化率は40~50年後には今のすさみ町と同じになると推測されている。私たちが学ぶべき大切なことが過疎の地にはあるのではないだろうか。

                                            (石井 敦子)
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by mako0491 | 2014-07-21 17:18 | ヒト交差点

麦ごはんと戦後69年

7.28掲載

「麦」で 家族の姿くっきりと

 すっきり晴れないと思ったら、ぎらぎら太陽が照りつける、毎日洋服と傘が気になる季節。私にとっては、「健康診断」が迫っていることを認識する時期。

 コレステロール、気になる言葉。青虫かと思う程、葉物野菜を摂っています。近頃は、節制以上に疲れ気味、やつれ気味。なんだか、踏ん張りが効かないな…、数年前までできていたことができない、ミッドサーティ。気持ちはアラサーやアンダーサーでも、身体は正直。年齢を痛感する時です。

 昨今の健康志向の高まりで、見直されている雑穀。外食産業では、白米と雑穀米を選ぶことができるところもあります。

 食物繊維を意識的に摂るために、再開しました。「再開」というのは、こんな健康志向が叫ばれる前、学校給食で「麦ごはん」のおいしさに魅せられて、家でも麦ごはんを炊いてみたのです。

 兼業ではありましたが、農家だったため、当時減反政策下(スーパー301条とか牛肉の輸入自由化、という頃)でしたが、米に不自由していた訳ではありません。「麦ごはん」に一番反応したのは、いつも何を作っても、例え失敗しても「おいしい、おいしい」と誉めて食べてくれていた祖父でした。

 大正生まれの祖父にとって、「麦ごはん」は中国に出陣した戦争を思い出すものだったのです。戦後生まれですが、父は貧しかった農家で厳しい台所事情で食べた味だったそうです。理由を教えてくれたのは、祖母でした。その祖母は、もうすぐ米寿を迎えます。半世紀に及ぶリウマチとの付き合いもあり、がくんと弱り、自力では摂食できなくなり、遂に、経管栄養となりました。
 
 食べられることに感謝して、米を研ぎ「十六穀米」を投入して炊飯器の「炊飯」ボタンを押しながら、思い出した「麦ごはん」のこと。今年の夏で、戦後69年。今、ここにあることに、ものに、感謝。

                                     (田中 麻衣子)
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by mako0491 | 2014-07-21 17:06 | 女の視点
 
 「波瀾万笑魔女」と言われ

     皆に元気と勇気を届ける


 (有) 「ENPOWER 縁COMPANY 」 代表取締役 田邊 ゆかりさん。和歌山市に生まれ育ち、自らの波欄万丈の人生を「波瀾万笑魔女社長」として、ブログや講演などで公開。多岐にわたり元気パワーと勇気を届けている。彼女の生きざまを紹介したい。
                                      (中村 聖代)
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【両親の反対を押し切って】
 田邊さんは、中学・高校までは高度成長の波に乗って何不自由なく育ったお嬢さんだったが、18歳の時、憧れだった同級生の先輩が病気になり看病をしたことで急接近。退院後駆け落ち同然で結婚した。

  2歳上の夫は博打・女遊び・暴力と3拍子揃っていた。出産直後もお金がなくて一日の食事が生卵2個という時期もあった。苦しみが大きいほど幸せを感じる心の成長が大きい―これを振り子の現象と呼ぶ。一人娘が2歳の時離婚を決意し、実家に帰ってくるも、「出戻り」「母子家庭」の彼女にはパートの仕事しかなかった。

【資格がものを言う】
 その後親元を離れ、母子2人の生活になった田邊さん。正社員として働くなら資格を取るしかない、と通信教育を受ける。夜子どもを寝かしつけてから猛勉強し、半年で簿記3級を取ったが、それでも就職は厳しかった。また半年かけて2級、準1級を取得。やっと会計事務所の就職を果たす―人間条件が悪いほど追い込まれて踏ん張れる。

【コンパニオンからマナー講師へ】
 激務の会計事務所から経理事務に移り、その傍らイベントコンパニオンの仕事を始める。仕事ぶりが買われた彼女は指導を任された。それをきっかけにマナー講師を目指し4年間大阪に通う。厳しい訓練のあと最終上級資格を取得した。25歳の時だった―悲しい時でも人前で笑顔を見せなさい、という言葉が心に響いた。

【起業したがまた困難に】
 2足のわらじを履いた後、1994年には「インテリジェンス エージェンシー 縁」を設立。書道教室やマナー教室を自営することに。女性が経営することが珍しい土地柄、順調に進んでいるかに思えた。

 ところが、2004年信頼していた人に騙され詐欺事件に巻き込まれる。自身も2000万円を超す被害に合い、他の被害者の分まで合わせて3000万近く返済することになった―全部背負えという声が聞こえた。あきらめては多くの人に迷惑がかかる。

 「家を一軒買ったと思えばよい。他の人の分の返済はギフトだと思えばよい」という恩師の言葉に、考えが定まった。

【娘の反抗にあう】
 娘のため、会社のためと思ってがむしゃらに働いてきた田邊さんだったが、やはりさびしい思いをさせていたのだ。娘が反抗期に入り家出・万引き、警察沙汰に。
 
 そのときかつての教え子が手を差し伸べてくれた「僕は先生のおかげで学校も辞めずに今に至った。今度は僕が娘さんを守る」と。
 そして娘は、母への感謝と尊敬の念を示し、変わっていった―成長し続ける親の背中を見て子どもは育つ。

【七転びハ起き】
 「今までは会社を大きくすることばかり考えていましたが、今はそんなことよりもっと大切なことがあると思うようになりました」。
 それは自分が笑顔で明るく生きることにより、周りを笑顔に元気にすることだと。
「何で自分だけがこんな目に」。
「もう死んだ方が・・」。
と思う瞬間は誰にでもある。

 自分の失敗や乗り越えてきたことを伝えることで人に勇気を与えられるなら、それが自分に課せられた役目ではないか

 以、田邊さんの発信するブログを観て、余命幾ばくもない見知らぬ人からの励ましを田邊さんは受けた。その時とても力を得た。他の人から受けた恩は、別の人に送る。そしてその送られた人が、さらに別の人に渡す「ペイ・フォワード」恩送りをしよう。

 夢は、次のように語られることだ「200歳まで生きた魔女のようなおばはん、よう喋てたのう。けどあのおばはんといたら元気になったなあ」。

参考ブログなど=
■ラジオFM877 レギュラーパーソナリティ
ネットラジオ【サイマルラジオネット】で全国放送中
http://www.simulradio.jp/

毎週土曜日13時~14時と日曜日18時~19時(再) 各1時間放送
タイトル【魔女優菜のやいやい言うわよ!】

■Facebook【波瀾万笑魔女社長の世の中捨てたもんじゃあない!】 
http://www.facebook.com/yukarienpower
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by mako0491 | 2014-07-21 10:57 | アタマ記事

食の大切さを学んで

7月4日掲載
 
子供の予期せぬ病を機に

 生後7ヶ月になる次男に卵とじのうどんを食べさせていた時のこと、食べ始めて間もなく、顔にポツポツと蕁麻疹のようなものが出て、唇がみるみるうちに腫れあがり顔色も良くない、呼吸も苦しそう・・・危ない予感・・ 慌てて病院へ行き、どうにか一命をとりとめました。

 先生から「卵によるアナフィラキシーショック」との説明を受けまさかの大ショック!上の子達は何もなかったのに・・3人目の離乳食、自信満々で与えた食事でわが子の命があぶないなんて・・「ごめんね ごめんね」と、か細い腕に点滴中の子供にあやまりながら、食について無知だった自分に猛反省。

 これ以降、卵がアレルゲンの次男は幼稚園卒業まで「卵は除去」の支持に従うため、家族も出来るだけ合わせることになり、わが家の食生活は大きく変わることになりました。
 
商品の原材料チェックは念入りに、パンや加工食品・おやつ類は多くに卵が使用されているため、手作りに切り替え、外食も控え気味になりました。

 また、女子栄養大学の通信教育を利用して栄養学や調理技術も学びました。食事は美味しく楽しくがモットーのわが家にとって食事担当の私は孤軍奮闘の毎日でしたが、一日に何をどれだけ食べればよいのか 食生活の大切さが少しずつわかるようになると、子供達の日々の食生活を担うことは、彼らが生涯健康で生き抜くための身体の基礎作りを支えることであり、私にとって実にやりがいのある業であると思いました。

 そして、待ちに待った卵解禁日、先生からは大丈夫と言われながらも不安でドキドキでした。

 あれから20余年、社会人の次男は兄弟中で一番の元気物。もちろん家族も全員すこぶる元気印の毎日です。

 『良薬は口に旨し、食に敵う薬なし』の心持ちで、美味しい楽しい食生活は現在も進行中です。

                                   (松崎 博子)
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by mako0491 | 2014-07-04 14:02 | 健康ナビ
7月4日掲載

『世界中のこどもたちが103』
平和を作ろう! 絵本作家たちのアクション著 

講談社 2004年 1944円

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対象年齢:年齢に応じて読むことができます。
(読んでもらうには)4歳から
(自分で読むには)小学生から大人まで 

 議論はいろいろあるけれど、私たちは戦争に少し近くなってしまいました。近くになったからこそ、私たちは平和を願って、平和を維持するために努力をしなくてはなりません。

 今から、10年前に、平和を願うたくさんの人たちと103人もの絵本作家の熱意でこの絵本が生まれました。

 絵本は歌詞に沿って構成されています。103人もの絵本作家の挿絵、歌。そして、最後につづられる熱いメッセージ。

 戦争の絵本や、反戦の絵本は少し抵抗があるという人にでも、気軽に手に取れるようになっています。贅沢極まりない絵本を一度開いてみませんか?

 <あらすじ>
 世界中の子どもたちが一度に笑ったら、
 もちろん、
 空も海も笑います。
 
 では、世界中の子どもたちが泣いたら、どうなるのでしょう。

 そのために、、
 広げましょう。僕らの夢を。

 届けましょう。僕らの声を。

 咲かせましょう。僕らの花を。

 世界中に虹をかけましょう。

 すると、
 歌いたくなりませんか?世界中の子ども達が一度に歌えますように

                          (浦田 ひろみ)
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by mako0491 | 2014-07-04 13:48 | 絵本この一冊

「卒婚」の季節当来?

7月4日掲載
 
子供が巣立った後の夫婦関係は

 子どもが羽ばたいた後の夫婦に、いったいどんな意味があるのだろう。
 霧雨に咲き誇る紫陽花をぼんやり眺めながら今日も考える。

 3ヶ月前までは一日がこんなに長くゆっくりと流れているとは思っていなかった。何度起こしても布団から出てこない息子にイライラし、お弁当作りから早く解放されたいと心から思ってしまう朝も少なくなかった。

 だが、そんな生活がある日突然に終わってしまった。頭ではわかっていたし、新生活の準備も、シュミレーションも十分していた。やりたい事も沢山あって、お金はないが時間はたっぷりとある。なのに…なのだ。

 今は何もやる気が起きず、とりあえず日々をやり過ごしている。私は何をしたいの?何をすればよいの?
そんな私を尻目に、何という事だ。仕事人間だった夫の方が次々と新しい事を始め、新たな人間関係を作り、楽しんでいるではないか。

 ズルい。そんなはずじゃなかった。友達と映画を観て、美味しいものを食べ歩き、エステ付きプランのホテルでセレブ気分を味わい、濡れ落ち葉予備軍であろう夫から文句を言われるのは私の方のはずだったのに。

 これは予想外で相当なショックである。となると、これからはもう別々のライフスタイルで寝食は共にすれど、ただの同居人という事ではないか。
 
 巷では「卒婚」というのが流行っていると聞いた。籍は抜かずそれぞれの住まいと暮らし方で、人生の後半を生きていくそうだ。私たちもその流れになる日が来るのかな。

 静かに色を変えながら艶やかに咲く紫陽花を見習わなければならない時が来たのかな、と今はぼんやりと眺めている。
                                  ( 江藤 花音 )
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by mako0491 | 2014-07-04 13:13 | 女の視点
 7月4日掲載
 

 一人で悩まないで

 まず医師に相談を

 認知症やその疑いのある人が外出して道に迷い家に戻れなくなったり、あてもなく歩き回る(徘徊)結果行方不明にーその後亡くなって発見されるという事例はあとを絶たない。先日当NPOが主催する研究会で、認知症サポート医である澤 久先生(写真)に認知症について話を聞く機会があった。今回はそのテーマを詳細に紹介する。
 ( 中村 聖代 )

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 2013年の1年間に、警察に届け出があった行方不明者のうち、認知症または認知症の疑いがある人は、1万人を超えた。2012年の9607人から715人の増加である。 2014年4月末時点で、所在がわかっていない人は、151人いるという(警察庁の発表より)。
 
 65歳以上の高齢者のうち、認知症の人は推計15%で、2012年時点で約462万人に上る。認知症になる可能性がある軽度認知障害(MCI)の高齢者も約400万人いると推計。つまり65歳以上の4人に1人が認知症とその「予備軍」となる計算だ。
 
 厚生労働省は、認知症になってもできる限り自宅など、住み慣れた地域で暮らせるよう政策を進め、一昨年に初めて『オレンジプラン』という認知症対策の5カ年計画を作った。
 が、これによって家族への負担が激減するとは言い難いので手放しでは喜べない。

 【本当に認知症なのか】
 加齢による単なる物忘れと、認知症とはどこがどうちがうのか?澤先生の説明によると、体験の一部を忘れ、ヒントがあれば思い出せるのが物忘れで、記憶の帯がつながっているという。認知症の場合、体験したこと自体を忘れるー記憶がすっぽり抜け落ちてしまうというのだ。例えば、食事の献立が思い出せない、外出先で出会った人を忘れるのが物忘れ。食事をしたこと自体、外出したこと自体を忘れるのが認知症。

 【認知症にも種類】
 認知症と言っても、その種類はたくさんあり、根本的な治療が困難な病気(アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症)は、進行を遅らせる治療となる。もう一つは、原因となる病気を治療することで予防や治療が可能だという(血管性認知症や慢性硬膜下血腫など)。

 【アルツハイマー型認知症】
 欧米と同様、日本でもアルツハイマー型認知症が最も多く、年々増加傾向にあるとか。そしてその特徴は、いつのまにか始まり、穏やかに進行していく。  

 家族に気になる症状が見られたら「年のせいだろう」とか「まさか自分の家族が!」とか「本人のプライドがあるから病院なんて」とためらわずに、早めに医師に相談することが大切だ。

 認知症は、早く発見して正しく判断されることで、適切な治療が受けられる病気である。
本人が認知症を認めたくないという気持ちが強い時は、まず家族だけで専門医に相談する。それから、「ボケたら困るので一度みてもらいましょう」とか「念のための検査を受けましょう」とか誘ってみてはということだ。

 【そのとき家族は】
 家族に認知症の病気の人がいる場合、「やさしく思いやりのある心で」とか、「いつも笑顔で」とか、「本人のペースに合わせて」とか「怒鳴らないで」とか言われるが、その立場になったとき実践は難しい。

 たまに会う人など緊張を伴う相手より、家族など、身近な人に対して症状が強く出ることがあるので、「介護うつ」になる危険もある。
 
 がんばりすぎない介護の心得が大切。以下の十カ条だ。自分なりの何カ条か持っておきたい。

・いつも笑顔で接して安心感を与えよう
・本人に気付いてもらうために、先に同じ話を繰り返してみよう
・困ったときに助けてくれる人を見つける
・気楽に何でも話せる仲間を見つける
・1日に1回は外へ出て息抜きをする
・介護の失敗をしても自分を責めない
・もし、怒鳴ってしまった場合は、他人に話して気楽になる
・家族が認知症であることを隠さない
・認知症について勉強して心の余裕をもつ
・楽しみを見つける

<早目に発見する目安は>

 日常の暮らしの中で、認知症ではないかと思われる言動や行動を
「家族の会」会員の経験からまとめたもの。

1物忘れがひどい
 財布・通帳・衣類などを盗まれたと人を疑う
2判断・理解力が衰える
 TV番組の内容が理解できなくなった
3時間・場所がわからない
 慣れた道でも迷う事がある
4人柄が変わる
 些細なことで怒りっぽくなった
5不安感が強い
 「頭が変になった」と本人が訴える
6意欲がなくなる
 ふさぎこんで何をするにも億劫がり嫌がる
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by mako0491 | 2014-07-04 12:42 | アタマ記事