わかやま新報女性面 (隔週金曜日)記事を発信-NPO法人「和歌山コミュニティ情報研究所」の女性スタッフが取材・編集を担当


by mako0491

<   2013年 05月 ( 10 )   > この月の画像一覧

なつのいちにち


『なつのいちにち
       はた こうしろう

偕成社 2004年1050円
http://tinyurl.com/c4zkqv8

・対象年齢:年齢に応じた読み方があるようです。
(読んでもらうには)4歳から
(自分で読むには)5歳ごろから大人まで 
     
 大人にはつらい冬や夏もこんなに良い季節なのですね♪今年の夏は子どもの頃に熱中した遊び再挑戦したくなりますよ
e0171960_12275417.jpg 
<あらすじ>
 暑い暑い夏の日、僕は大きな麦わら帽子をかぶり、虫取り網を取り出しました。
いつも一緒のお兄ちゃんはいません。今日は一人です。
「今日は絶対、ぼくがひとりでクワガタムシを捕まえる」と、山へ出かけました。

 強い日差しの中、真っ青な海岸、一面緑のたんぼを横切って走ります。
谷に着くと、「とぉーりゃー」とジャンプ。
 クワゼミが「シャーン シャーン」と激しく鳴いています。
 大きな木に「でっかいクワガタ」を見つけました。でも、高くて届きません。

 「それっ!」何度ジャンプしても、木によじ登っても捕まえる事ができません。腕も足もTシャツもドロドロに汚れました。
 「だめだっ」と思ったとたん、地面にクワガタムシが落ちてきました。「・・・!」
「つかまえた! つかまえた! つかまえた!」

 帰宅途中に夕立にあっても、平気です。だって、「カッコイー」。

                     (浦田 ひろみ)
[PR]
by mako0491 | 2013-05-30 12:29 | 絵本この一冊

入浴と飲用、2つの用途



各地から御湯汲みに来る
    えびね温泉


 今回は、秘湯の趣のある「えびね温泉」。
 白浜温泉を通りぬけて日置川沿いに。和歌山方面からR42を日置大橋信号左折。信号から15分のところに建つ温泉だが、山が迫り、川沿いの道路際には野路スミレやシャガの花が咲き、秘湯に誘われているような錯覚すらする。目印は赤い橋。この手前にえびね温泉がある。近くには、キャンプの施設などもある。


e0171960_12181031.jpg
昭和9年に本格的に開湯したようで、昔は飲用と入浴癒しの用途があったという。今も各地から、タンクを積んで御湯汲みにきている。

何度も来てる内に顔見知りになったのであろうか。笑顔の交流である。迸る湯が満タンになるまでの交流であるが、中には景色を写真に収める人。ゆっくり散策する人達もいてその人たちまでもが自然と一体になり、いい風景をつくっている。

入浴は清潔なたたずまいで、なみなみと掛け流しの、なんとも贅沢な温泉。泉質はアルカリ性単純硫黄泉とあった。肌にまつわるような、とろみ感のある湯。

湯船の中での会話は三重県のひと。御湯汲みのついでにいつも入って帰るという。このお湯は腐らないから、買った水よりいいということ。「いつまでも持つから買い換えなくていいんで、災害にはええよ」とレクチュアーを受けた。

えびね温泉の由来は、以前はエビネ蘭が沢山自然に咲いていたが、乱獲されたり、鹿の害があって今は山にはないが少しずつ増やしているという。いまその蘭はネットに囲まれて生育させていた。このえびね蘭にちなんで「えびね温泉」としたそうな。

ついでに対岸に渡ってみると、枯れ草が春の陽に注がれ、なんとも穏やかな風景。川の砂洲には、鹿の足跡や糞があり自然一杯の風景にしばらく身をあずけた。

御湯も汲んだ。温泉も入った。帰りはR311に出ることにして、日置川沿いを走る。
木立の木洩れ日の風景は東山魁夷の絵のようだと感じ、目で楽しみ、耳で楽しむ贅沢な温泉紀行であった。
   (岡本 炎祢子)
[PR]
by mako0491 | 2013-05-30 12:23 | 温泉巡り

おばさんの輪に乗り遅れ




お姉さま的おばさん集団

  わたし ねぇ、時々 思いますねん。人間 向いてないなぁ~って。
 一応 二足歩行は出来るんですけどね。
 
  何か人とのコミュニケーションが苦手で。特におばさんの。
 これはっきり言って愚痴ですねぇ。聞いてもらっていいですかぁ~。

  私、おばさんの輪に乗り遅れるんですわ。 
  よく大縄跳びで なかなか輪に入れないって事ないですか?
 あれです。
 
  おばさんと言っても色々で、おっさんに近いおばさん。
 これは集団行動あまりしないかも。

  私のにがては、お姉さま的おばさん集団ですわ。見た目優しそうで控えめ。
 これがかなり集団でいますねん。
 
  で、かなりの割合でその集団に入らなあかん時あるんですわ 女は。
 学校の行事、仕事場、法事、コミュニティーセンターの習い事。
 
  おばさん群は羽を持ってますねん。
 それを駆使して四方山話を集めはる。その能力はすんごいですわぁ~。
 
  それに尾びれ、背びれ、胸びれ付けて話もうまいよぉ。
 でも、次の日には「そんなん知らんわ」ってな具合いに変わるんですねぇ。
 オセロのこまも持ってはるんです。

  不器用な私は借りもんの羽持って、オセロのこま まで持たされ 呆然として
るだけ。
 ほんま 私を人間に選んだ あ な た 人選ミスでっせ!!

                                         (駒 昌子)
[PR]
by mako0491 | 2013-05-30 10:37 | 女の視点

ワインの女伝道師


文化として根付かせる

和歌山発のワイン・インポーター 
仙石恭子さん

和歌山県には酒造メーカーがいくつかあり、日本酒の普及に力を入れたいと思っているが、実は、ワイン大好きな筆者は、川島なお美ではないけれど「私の血はワインが流れている」と言いたいところ。和歌山県でワインインポーターとして活躍する仙石恭子さんは、株式会社仙石酒販部にいた。イタリアから買い付けを終えて帰国した彼女に会い、話を聞いた。
                                          (中村 聖代)


e0171960_10134443.jpg



【会社の沿革】
 株式会社仙石は、昭和24年、恭子さんの曽祖父が創業した製菓・製パン業への材料卸業、木村家食品株式会社から出発(現在は原料部)。自動販売機オペレーターのセンゴクベンダー株式会社を関連事業とし、さらに平成19年、ワインの輸入・販売や直営小売店BIANCOROSSO(ビアンコロッソ)を運営する酒販部が出来た。

【環境情報学部を経て】
 恭子さんは、ユニークな人材を輩出し、四文字の学部のはしりとなった慶応大学環境情報学部に学んだ。在学中は半年間イタリア留学し、建築を勉強した。2002年卒業後、家具やインテリアを扱う株式会社イデーに入社し、東京のデザインの祭典・東京デザイナーズブロックの実行委員も経験していた。
 
 その後、イタリアミラノサローネ(国際家具見本市)に関わるプレスオフィスに就職、イタリア語の語学学校に通いながら働いていたのである。

【新しい部門で】
 そんな恭子さんに、父親が声をかけた「うちの酒販部を手伝ってほしい」と。一からの立ち上げだ。ワインの輸入・販売。ましてや営業など何もかもが初めての経験だ。
 
 イタリアに深く関わってきた恭子さんだが、和歌山で仕事をするとは全く考えていなかった。あるとき訪れたチンクエテッレの漁村は、雑賀崎の漁港そっくりだった。故郷和歌山に帰って恩返しをしようと思ったきっかけだった。

【ワイナリーたちとの親交】
 年に1~2回イタリアのワイナリーに買い付けに行く。そこは、「経営規模的にもサイズ感が合う」つまり、家族経営でやっているところが多いのだと恭子さんは言う。「単なるビジネスパートナーというより、もっと親密な関係ができるのです」と。「だからワイナリーの数を増やすより、末永く付き合える関係を大切にしたいです」。  
 また今年のコンセプトは「ワインは親善大使だ」とか。ワインの持つストーリー、作っている人の顔が見えるワインを選ぶのが目標だ。

【月に一度のバール開催】
 和歌山県はもとより、全国に営業に回る。東京、大阪を中心とした関西圏、名古屋、福岡など都会を回り、販売ルートを開拓してきた。
 
 ビアンコロッソでは月に1度バール(気軽にワインや軽食を楽しむ場)も開く。特に宣伝をしなくても毎回好評だ。

 恭子さんは小売りのお店の横でワインが飲めるバーがあればいいなと考えている。都市圏では少しづつできているようだが、新宮や田辺あたりにあれば面白いと。「イタリアでも素晴らしいレストランがすごい片田舎にあったりするのです」。

【今後の課題】
 恭子さんたちの世代は、IターンやUターンをして地域に溶け込み、生きている実感を達成できる人が多くいる。彼女があくまで和歌山のインポーターとして頑張ることに意義がある。
恭子さんの夢は、いかに続けられるかー今いるスタッフたちにできるだけ長く働いてほしいことだという。経営者としての自覚と責任がそこにある。
[PR]
by mako0491 | 2013-05-30 10:22 | アタマ記事

 消化活動手助け、細菌による食中毒も防ぐ
e0171960_17172634.jpg


 私が勉強していたインドのアシュラム(ヨガの学校)の食堂には「食事は一口32回噛みましょう」と壁に貼ってありました。私はこの学校にいるときは、32回噛んでごはんを食べようと決めて実践しました(なぜ32回なのか?32って人間の歯の数なんですよね)。

最初は思いっ切り口にご飯を一杯いれても32回噛む途中でなくなってしまいましたが、1ヶ月後はバナナを食べていても32回噛んでゆっくり食べる事が出来るようになっていました。

口に食物を入れてゆっくり食事をしていると食べる量も減ってきますし、毎日ヨガを4時間以上しているにも関わらず、すぐにお腹いっぱいになりました。
「よく噛んで食べなさい」と子供のころによく聞かされていると思いますが、噛むということは身体にとって良いことだらけです。

噛むことは身体内で行われる最初の消化活動です。食物が細かく砕かれ、後の消化活動の助けとなります。唾液には消化液と細菌をやっつける液体も含まれているので唾液が食物にまざることで消化しやすくなり、ちょっとした細菌による食中毒も防いでくれます。

噛むことによって脳が食べてるということを感知して、各臓器に消化活動の指令を出します。そうすると胃の消化液が分泌され入ってきた食物を受け入れる準備が整います。胃の中に入ったあとにも消化されやすくなっていますので、胃の負担を軽減することができます。

実は食べ物を栄養に変える働きをする消化活動はかなりのエネルギーを消費します。食事の後内臓はフル活動して8~12時間かけて消化活動をします。普段使うエネルギーの70%を消化活動に使っていると言われています。消化の負担を減らして余ったエネルギーを他の事に回してあげたいですよね。

普段からしっかり噛んで消化活動をスムーズにしていきましょう。よく食べているのに最近疲れて元気がないと感じてる人も、一度よく噛むようにしてみてはいかがですか?

Y0GASHANTI主宰 神谷 弥生
[PR]
by mako0491 | 2013-05-14 17:18 | 健康ナビ

大震災に備える

 
住んでいる家の構造知ろう

 あなたが今住んでいる住居は、大きな地震が起きても倒壊の恐れはないでしょうか? 和歌山県NPOサポートセンターとWITが共催する「紀望塾」に参加して、構造設計1級建築士知念章雄さんの話の中から、身近な話題をピックアップしてみる。

★「構造設計1級建築士」は、大きな社会問題となった姉歯建築士による構造計算偽装事件以来、翌2006年新建築士法で創設された資格。これが無いと小規模な建物の設計しか出来なくなった。建築設計は、意匠設計・設備設計・構造設計の3つに分かれている。

★建物の災害への対策構造は、3つある。
1耐震…建物の構造(柱や梁)自体が地震に耐えるような強度に造られているもの。地震エネルギーがそのまま家屋に伝わるので、免震、制震に比べ地震時に壁や家具等が損傷しやすい―大多数の建築物はこの構造でつくられている。

2制震…耐震構造でつくられた強い骨組みの内部に、外からの揺れの力を弱める装置を組み込む構造方法。地震エネルギーを吸収するつくりになっている。

e0171960_1655216.jpg

3免震…建物と地盤との間に積層ゴムなどの特殊な装置を付け免震層を造ることで、地震力を建物に直接伝えないようにした構造のこと―地震に強いだけでなく、揺れそのものを軽減することによって、室内の損傷などの被害を防ぐことができる。

★『耐震等級が高く、かつ免震構造』という、地震に強い住まいはどうやって探す?1981年以降の建築基準法による新耐震設計に該当するかどうか。同年に東北を襲った宮城県沖地震以降に定められた『新耐震設計基準』でつくられた建物ならある程度の安全が担保されているといえる。

★建物が倒壊しなくても横揺れが激しいと、室内の設備や家具が倒れたり、間仕切壁の破損など、室内での死傷者が出ることがある。

 震災の死亡原因の約80%が、建物の倒壊や家具の転倒による圧死、窒息死―被害を最小にするためにも、できるだけ優良な建物を選びたい。

★一般に木造住宅の寿命は20~30年と言われているので、古い物件には注意が必要。ただし、木造のアパート、プレハブ系建築会社のアパートは、上下規則正しく壁や柱が配置されているので、古くても戸建住宅よりも耐震性が高い場合がある。

 知念さんのおすすめ物件は、サイコロのような形状で屋根もシンプルなもの、体積・表面積のバランスがよく経済的だという。
                                                   (中村 聖代)
[PR]
by mako0491 | 2013-05-14 17:00 | TOPIXS

粉河再生に一筋の明るさ


古民家を再生の拠点に

若手のパワーも活用して


 紀の川市粉河エリアの活性化について、県NPOサポートセンターとNPO法人「WIT」が共催する研究会「紀望塾」で楠富晴さん(NPO法人紀州粉河まちづくり塾理事長)に今までの歴史と今後の方向を聞いた。また過日、粉河町歩きに参加して、古民家を軸にした新たな拠点づくりや、地域ぐるみで連携を強化していく姿を現場に見てきた。

               (蒼海 真湖)


e0171960_1643504.jpg






昔は賑わいあったがーー
 粉河商店街の「とんまか通り」はJR粉河駅より粉河寺大門までのほぼ直線で、距離にして800メートル。
 昭和の中ごろまでは、門前町として格子戸の商店が建ち並ぶ風情のある、まち並みで地元住民をはじめ近隣町も商圏とした、参拝客にも人気のある、賑わいのある商店街だった。

 昭和40年頃から核家族が進み、車が普及し商店街も車社会に対応した対面通行、道路が整備され建物も近代的な非木造の建物に生まれ変わった。
 
 平成に入ると大店法が撤廃され、規制緩和や価格破壊の波が押し寄せ、複合型の大きなショ.ッピングセンターに人の流れが変わり、商店は、先行き不安から後継者が勤めにいくようになった。少子化(今までは兄弟姉妹の1人が家業を継承していた)も大きな要因。

 そのため店主の年齢が、年々高齢化してゆき、後継者のいない店が閉店して行き、互いに頑張っていた商店街組合も解散に追い込まれた。


地域防犯の一端担う 
 商店街は物を売るだけの店ではなく、地域の情報を共有したり、時には地域防犯の一端を担ったり、人と人とのつながりも形成されていた。いわば地域社会の要だつた。店と消費者の顔がお互いに見える関係にあった。大型店や大企業には、決して真似の出来ない強みのはずなのだが、この面の強化も怠ってきた。

 そうした今までの経緯を踏まえて、楠さんは別項のような再生策を提案している。
 特に異色なのは、農家との連携や地元高校生を必要不可欠なパートナーと考えていることなど。この再生計画が徐々に現実化していけば活性化の足ががりをつかめそうだ。

鷹匠の技引き継ぐ 
 楠さんの研究会での報告の後、まちづくり塾が毎年開催する「粉河ぶら・ブラ散歩」に参加した。
その日は、「とんまか商店街」を通り、粉河寺を回って、鷹狩りの名手ともいえる鷹匠(たかじよう)の伝統を現在に引き継ぎ人の実演を堪能。江戸時代、鷹匠たちが住んだという屋敷・長屋も見学した。

アート展、古民家とマッチ
 「ぶら・ブラ散歩」の最後に寄ったのは、粉河駅前にある古民家の山崎邸。ここでのアート展「古民家山崎邸と9つの表現」に感銘を受けた。和歌山を中心に関西の現代作家9人が絵画や彫刻などを屋敷の随所に展示。
 壁から天井にかけての全面に自作の新聞を貼ったりした、モダンアートの競作が、この古民家とぴったりだ。


綿織物で栄えて建てる 
 山崎邸は、第1次世界大戦の影響で好景気だった1917年、和歌山で栄えた綿織物を生産した山崎栄助と栄吉が建てた。

 1600平方メートルの敷地に、近代和風建築で木造2階建ての母屋と2棟の蔵がある。15畳の主座敷、10畳の仏間、傘を開いたような天井を備えた部屋をはじめ、大理石を使ったトイレなど豪華な造りが特徴。

 この山崎亭をメインに活用した事業構想が進んでいる。紀の川市を中心としたエリアで、社会福祉法人「一麦会」を軸にして、NPO法人、農協、そして大学・高校、行政も連携して、農業関係のユニークなプロジェクトが構想されている。
 山崎邸では、農業の初歩研修などのセミナー、料理教室、レストラン運営などを計画している。何度でも訪れたい古民家がこういう形で蘇れば素晴らしいことだ。


<粉河再生計画のポイント>
商店街を核にした連携・共存の具体例。
1商店街の北には粉河寺という大きなマグネットがあり、それとの共存
2 南には、JR粉河駅(団塊の世代や観光客が多く利用する拠点)との連携
3 商店街を取り巻く住人は、高齢化や、年金生活者が増えているため、価格よりも質や少量・サービス充実が求められる。店と店のネットワーク化を急ぐ
4 農家も高齢化や後継者難⇔商店街との連携(体験農業や都会の人に対してレンタル農地の窓口に)
5 地元高校生とは、これからのまちおこしに必要不可欠なパートナー(やわらか頭での発想・行動力・活力)
[PR]
by mako0491 | 2013-05-14 16:51 | アタマ記事

5・10掲載
美しさ、立ち居振る舞いから 

 最近、息子達とその友人親子で公園に行った時の事。中学生位の女子が4人、遊具の近くで今流行りのポータブルゲーム機で遊んでいた。

 長男(6歳)がゲームに興味があったのか、彼女達に近づいた。
 その中の一人が長男に自分が放って来た上着をとって来てと言い、長男は素直にとって来た。すると、今度は「君かしこいね。ねぇ、私とこっちのお姉さんどっちが頭良い様に見える?」と聞いた。

 長男は、「決められない」。その隣にいた長男の友人は「分からない」 。
 そして、その一連を見ていた次男(4歳)…「つまらん」。

 これから、大人の女性となって行くであろう彼女達、ゲームに時間を費やすばかりではなく、もっと自分の精神や肉体を鍛え、品性を磨いて欲しい。
 四歳児につまらんと言われる彼女たちを見て、同じ女性として残念に思ったのです。

 一方、次男が最近まで入院していた病院の研修看護学生の女の子は、まだ、頼り無さ気ではありましたが、病床の彼を気遣い、折り紙で大好きなカブト虫を作って持って来てくれたり、毎日、様子を見に来ては、話し相手になり身の回りの物を消毒してくれたのです。

 彼女のお陰で入院生活が幾分快適でしたし、そういった気持ちにさせてくれた彼女は大変ステキだと感じました。

 いつの世も女の美しさは外見や持ち物よりも、その立ち居振る舞い、発言、また、それらを生み出す心に有るのかなと思いました。

 自分より小さな者を慈しんだり、思いやりを示したり。
 私も常に後者のタイプの女性を目指したいと思いますし、女の子の親になる機会に恵まれたら、その様に育ってくれる事を願います。

                              (大田 理郁)
[PR]
by mako0491 | 2013-05-14 16:37 | 女の視点
e0171960_1718745.jpg 

出自などの謎が全て明らかに 

 『燔祭の丘』
  篠田 真由美著  

   講談社 1320円  2011年

 『僕はーーヒトゴロシ』。謎の詩を残して姿を消した桜井京介は、久遠アレクセイの名に戻り、14歳まで育った屋敷にいた。一方、神代宗の話を聞いた蒼は、函館で京介を捜し歩き、20年前の忌まわしき事件を知る。次第に明らかとなる久遠家のルーツ。そして、父・グレゴリの狂気が京介を襲う!

 13作目の「一角獣(ユニコーン)の繭」の最後に失踪した桜井京介。その出自と宿命、運命そして謎等が全て明らかとともに、今まで謎のままになっていた事実が明らかになる完結編だ(15作)。

 そのため、建築探偵桜井京介の建築探偵と言われる建築が今回は登場しない。よく作者は作中人物が勝手に動き回り作者の予想もつかないような行動をとる、というような言い回しをするが、それはなにも作者だけに与えられたものではなく、読者も同じである。思い入れが強ければ強いほど妄想もして、あれこれ想像をしてしまう。
 
 であるならば、13作を読んできた読者は、完全に作中人物を好きになり、本当にその人物が近くに存在しているような錯覚を感じるようになる。

 そうなると、作者とは別に自分で作り上げてしまった作中人物をあらゆる面で想像、いや妄想する。作者に作中でそれを否定されることはとても辛いことなんだ。

 この完結編の「燔祭の丘」も作者としてはぜひ書かなければならないストーリーであり顛末であったと想像できる。桜井京介と云う人物を根底から覆すような辛い作業であってもだ。
 
 コアな本格ファンはご存知だと思うが、「建築探偵桜井京介の事件簿」は1994年「未明の家」が始まりで、以降15作品で完結。ただ惜しむらくは、15作品中これがNO,1だと言い切れる作品がない。どれもが標準点だと思うが、わたしとしては、そこが唯一の不満である。
デビュー3作目にあたり、シリーズ第1作から18年。桜井京介の復活の芽はあると思うが、どうなるのか注目している。

 今回が最終回です。このコーナーに読後感想を書かせていただけるなんて信じられないまま、今日まできました。読んでいただきありがとうございました。
                          (阪井 俊夫)


 
[PR]
by mako0491 | 2013-05-01 17:27 | ミステリーの愉しみ

インドの若返り健康法



アーユルヴェーダ まず食事療法

アーユルヴェーダって聞いたことはありますか?インドは天竺に伝わる若返りの健康法とも、未病を防ぐ民間療法、ハーブなどの薬草学とも言われます。

さらには瞑想、ヨガ、はたまた宗教観や哲学に至るまでの壮大な科学といわれています。アユス(生命の)ヴェーダ(科学)というわけです。
e0171960_1705977.jpg
アーユルヴェーダを記した聖典のなかには若々しく美しく生きるための秘伝が書かれています。この季節にはどう過ごしてどんな食べ物を食べれば健康でいられるかなどといったことが。

健康でいられるならやってみたい!と思いませんか?たとえば、毎日いただく食べ物。食事こそが簡単にできるアーユルヴェーダなのです。

寒い日には温かいとろりとしたスープなどが芯から体を温めてくれて嬉しいですね!根菜たっぷりのお鍋を囲む、日本人に生まれてよかった、と思う瞬間。

実はそれ、アーユルヴェーダの理にかなってるのです。つまり冬は風がふいて乾燥して寒い、それは空、風の質(ヴァータ)に傾いていることをあらわします。乾燥している冬は適度に重くて油っこいものをとっても好ましいという考え方です。

また和歌山といえばみかん、こたつにみかんも冬の定番。実は酸味と甘味はヴァータを鎮めてくれます。冬の果物の王様、みかんにはそんな役割もあるのです。

では冬はヴァータの季節であることをお話しましたが、春は水と地の質、カパの季節と言われていて、春の光はまぶしいけれどまだまだ寒くて湿っています(水と地の質)。春に多い花粉症などもそのせい。夏には、鋭く照りつける太陽のあらわすとおり火と水の質(ピッタ)があがってきます。

最後に一番大事なこと。「宇宙すべてのものは空、風、火、水、地でできている」ということ。わたしたちの体もこの小宇宙からできています。このからだ、ひとつが小さな宇宙です。何ひとつ欠けることのないようバランスをとりながら、大きな宇宙の一部でありたいと願っています。

まずは毎日の食事から取り入れてみませんか?少し、変化がおこってきそうでしょ!

(Laule アーユルヴェーダ養生アドヴァイザー 稲田 さゆり)
[PR]
by mako0491 | 2013-05-01 17:05 | 健康ナビ