わかやま新報女性面 (隔週金曜日)記事を発信-NPO法人「和歌山コミュニティ情報研究所」の女性スタッフが取材・編集を担当


by mako0491

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ブラームスに、ふらっと

 ブラームスからは、肉体の響きが聞こえてくる。心と身体は違うの、いえそのよなものです。名曲『ピアノ協奏曲1番』の甘美さに酔い、愛への慟哭に肉体の深い部分が奮い立つ。重いよっ、ブラームスさん、泣いてしまうじゃないか。
 若き日の物憂げで、深く吸い込まれるような青い目と、風になびくような髪(写真)はクララでなくても、私もふらっとなりそう。

 よりによってシューマン夫人が40年間の恋の相手だったとは。1833年に生まれた街、ハンブルグのせい?それとも赤貧の家庭に生まれ、少年のころ、船員相手の、紫煙と裸同様の女がいる酒場でピアノを弾いたせい?後に天才作曲家になることを誰も知らなくても雨は降るし、風は緑になったり茶色になったり、そうだ神の性にしておこう。

 数年前、ハンブルグの橋の上で私一人を撮った写真の横に、おおきな黒い犬が鎮座していた不思議。私も撮った人も全く解らない。ブラームスに似て魅惑があったなあーー。
 謎は切々と歌う『バイオリン協奏曲ニ長調作品77』。最盛期の傑作、アレッ、クララが消えている。彼が踊っている、太った肉体で、私はわたしであると、哲学者みたいな顔でせまってくる。アブナイッ、捕まったら現実になかなか帰れないよ、源氏物語になってしまう。

 秋も深くなれば聴きたくなる小品集『作品76第1番カプリチオ』、『作品118第2番間奏曲』、『三つの間奏曲作品117』。やっと彼の肉体が標準値になり心も軽くなり、気がつけば独り、持ち家もなし。安らかなこころ。ぜひ聴いていただきたい。
                            (山下はるみ)
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by mako0491 | 2009-08-24 21:37 | 音の魅力・魔力

 母が亡くなって早いもので7年が過ぎた。
 当時母は83歳。風邪を引き一週間入院したことがきっかけで、全く歩けなくなってしまった。3ヶ月が経ち、毎日のリハビリでなんとか10歩ほど歩けるまでになった。その時の母の、うれしそうな顔を今でも私は忘れない。老人病棟のある病院への転院を勧められ、母はあと2ヶ月ほどリハビリをすれば一人で歩けるようになると信じ転院を決めた。

 転院1日目、介助なしで用を足せない患者は、強制的にオムツ対応になると聞かされた。どうしても受け入れられない母は、抵抗をしてヘルパーさんにとても叱られた。
 次の日、あれほど前向きで、リハビリも頑張っていた母が、別人のように、力なくベッドに横たわっていた。
 その時私は、いつ人間が尊厳を無くし、生きる気力を無くしてしまうかを知った。

 そして3日目、母は重病患者の入る部屋に移されていた。私は、その病院に転院させた自分を責め、病院や強引なヘルパーさんを恨み、朝から晩まで病院に通い詰めた。
 一進一退を繰り返し、半年後に母は亡くなった。

 時が経ち、今ようやく冷静に考えることができるようになった。
 介護は多くの問題をかかえ、いろんな立場の人が悩み苦しんでいる。最近では、頑張りすぎるヘルパーさんが心身症になるケースがあり、専門のカウンセラーもおられると知った。
 介護する人は一人で抱え込まないで、もっとSОSを出していいと思う。また、介護される人は、オムツ生活になっても、生きる希望を失わず、一人でも自分に手を貸してくれる人がいるなら幸せと思って欲しい。
そして私も、いつか訪れる終末をそんな風に考え、送れたらと切に思っている。
            
                          (井口 多恵子)
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by mako0491 | 2009-08-24 21:34 | 女の視点

合気道学び、品格磨く

 「所属クラブは合気道部です」――私が自己紹介をする時、二言目に出てくるのが合気道部です。
 私が合気道と出会ったのは、大学に入学した時でした。友人と一緒に合気道の稽古を見学してみると、面白そうで、先輩もいい人ばかりで入部してみようと思いました。本当に単純でした。
 
 入部してみると、最初受け身もうまくとれずしんどいなと思うこともありました。その上、私は1回生の夏、合宿で手を骨折し、稽古も1回生としての仕事も満足にできず、心が折れそうになることもありました。そんな時、支えてくれたのが同期でした。

 和大合気道部は部員数68名と大所帯で、同期だけでも19人います。同期とは色んな話をしたり、集まって遊んだりとかけがえのない存在です。今年の春合宿では初段審査を受けたのですが、その時も一緒に自主練をし、励まし支えあって無事全員初段になることができました。あの時の感動はこれから先も忘れないと思います。大学を卒業しても同期は一生の仲間だと思います。
 
 回生が上がるにつれて合気道の魅力も考えるようになりました。合気道にはルールがありません。ルールがないので試合もありません。だからといって緊迫感がなく好き勝手やるのではなく、ルールがない中にも礼儀や品が求められていると思います。また、合気道の技には性格が出ます。意地悪な技をする人もいれば丁寧な技をする人、本当に十人十色でそこがまた面白味があると思います。
 
 私は日々稽古をするときできるだけ無心になるように心掛けています。投げてやろうとか、抑えてやろうという余計なことを考えて技をすると肩に力が入り柔軟な技ができません。
 
 合気道は和歌山発祥で、和大合気道部は平成19年に創部55周年を迎え歴史あるクラブです。歴史が古いからいいとか悪いとかではなく、部員が合気道も合気道部も楽しんでいるクラブだと思います。合気道と出会ってまだたったの3年、これからも日々自分らしい技を磨いていきたいと思います。それは人としての品格を磨くことにつながっているからです。
 
 松本 真佳
    (和歌山大学経済学部3回生)
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by mako0491 | 2009-08-24 21:26 | 新風・ワダイビト
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 「子育て中のお母さん」と聞くと、どのような姿を浮かべますか?子どもを保育園に預けて忙しそうに働くお母さん?それとも昔からの専業主婦のお母さん?どちらもでもない母親像を模索していたところ、公立の幼稚園で発見。そんな一人、西林味紀さんに、お話を伺いました。
                                       (浦田ひろみ)

【働く母も公立幼稚園に】
 公立の幼稚園は送り迎えから始まり、保育参観・懇談会・懇親会・委員会と集まりが多い。加えて、設備補充の資金獲得や予算節約のため、親の力を最大限に活用する。
 そんな忙しい幼稚園に関わるのはバリバリの専業主婦ばかり!と思っていたが、今はそうでもないようだ。
「仕事は子どもが幼稚園に行っているときだけ」と決めて働く母もちらほら。WBS和歌山放送ラジオで毎週金曜15時55分~16時5分に放送している「ニコニコ子育て~みんなで応援、はじめの一歩」のパーソナリティを務める西林味紀さんもその1人。

 息子を保育園に通わす予定から一転、「今年のテーマは育児」と育児中心の生活に変更。幼稚園行事にあわせ仕事を調整してくれる和歌山放送の協力もあり、幼稚園行事にがっぷりと参加し、おもしろく盛り上げている。
 対して、息子が幼稚園にいるときは「妻でも母でもないバリバリ働いていた自分」として旧姓で働く。

【自分のための仕事からみんなのためへ】
 リポーターになりたいという夢を持っていた西林さんだが、当初の仕事は家具屋さん。25歳の時、和歌山放送の求人を見つけ、応募。週1回のラジオカーのリポーターに採用された。そこから経験を積み、和歌山放送に毎日登場するようになった。
 しかし、子宮外妊娠。死に至るほどの大量出血。輸血をしたという。この経験から「これまでは自分が楽しいことを仕事にしてきたが、他の人に役立つことを」と決意。この時30代。和歌山放送を辞め、大学で勉強をし直した。

【悩みを共有できる楽しい子育て番組を】
 数年後、無事に息子を出産。すると、みんなの子育てが気になる。「気軽に専門的な話を聞きたいけど、そんな子育て番組がない」と感じる。そんな時、和歌山放送から番組依頼の話がきた。
 ナイスタイミング。せっかくするならみんなの役にも立たないと、と「楽しいはずの子育てが楽しくない、なんだか忙しい。自分の育児はこれで合っている?」と悩む親を応援するラジオ番組を企画。
 子育ての悩みや質問を募集し、その質問に臨床心理学が専門の和大教授、小児科医、助産師が答える。放送後、ホームページ(http://www.wbs-niko2.com/)を通して、放送エリア外の人でも聞くことができるようにした。

【臨機応変にテーマを変えて】
 一時はあきらめた仕事に再び、たくさんのおまけ付きで戻ってきた。さらに週1回、ラボの先生になる。年齢差のある子ども達が英語と日本語を使い遊ぶ特徴が気に入り、応募。研修後、教室を開講した。

 毎年、状況に応じて今年のテーマを決めている。もちろん「子育てが終わったら次」を決めるという。次はまだ漠然。「自分の子どもは地域や日本の子ども。みんなで子育て」。だが「動いていると、向こうから話が来ることも」あるという。
 「自分のやるべきテーマを決めて、実行する」はたくさんの夢を引きつける魔法かも。あなたも一度試してみませんか?
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by mako0491 | 2009-08-24 21:07 | アタマ記事

 今、私は「黒江ぬりもの館」の運営に参加しています。
 人様には主婦のお遊びとして見られているかも知れないという懸念が大いにあるのですが、古民家の内外を整備して行く中で「町づくり」という言葉がひらめき、その一環を担えるかも知れないと思ったのです。

 「町づくり」というのは、その土地の文化、観光、人との和をいかに町内外の人々に良い視点で見て頂けるかという事と思っていますが、その前に街並みを見歩いて下さっている方、古民家の太い梁を触りながら昔を偲んでくださる方、一杯のコーヒーと一切れのケーキにゆとりの時間と心を取り戻して頂けるなら「ぬりもの館」が役に立っていると確信出来ます。
 人々が楽しくなければ意味のない事と考えるからです。
 先ず、そこに住む人々が、お互い優しく接する事が出来れば、もう半分以上町づくりが成功したものと思います。

 有難い事に歴史や文化が知られてきている事は、黒江の町を「語り部」という組織の方々が伝承していって下さっているのが大きい。それが観光活性化に役立っていると思います。
 古くから黒江の産業を支えてきた漆の産業と町並みの復活はひとつの課題となる事でしょう。

 微力ながら心を込めて町の皆さんと共に取り組んでいきたいと思っています。
 日常の喧騒の中で少しのやすらぎを、この町で味わって頂けるなら私の喜びです。ありがとうの心をこめて。

                                              (角野 牧子)
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by mako0491 | 2009-08-24 20:55 | 女の視点