わかやま新報女性面 (隔週金曜日)記事を発信-NPO法人「和歌山コミュニティ情報研究所」の女性スタッフが取材・編集を担当


by mako0491

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私は現在和歌山大学の3回生です。ゼミ活動にサークル、アルバイトという普通の大学生活を送っています。
3回生といえば、一大イベントといえる就職活動がはじまります。もちろん、私もこれから本格的に始めていきます。景気が不況ということで、不安はあります。しかし、私は人々の役に立つ仕事に就く、という強い気持ちがあります。

実は大学生になりたての頃は、今の気持ちとは全く違いました。というのは、自分のやりたいことができる仕事に就く。これが一番だと考えていたのです。そのため、自分のしたいことを長い間、必死で探していました。「見つけた!」と思っても、本当にそれがしたいことなのか、自分に嘘をついてないか、自問自答しながら過ごす日々。

最終的には、自分のしたいことが全く分からなくなりました。それと同時に、自分のしたいことさえもわからないため、自信も失っていきました。何回も何日も悩みました。
この悪循環から脱出できたのには、実は今のアルバイト先がきっかけになりました。正直な話、他のスタッフやマネージャーに何度も助けてもらってばかりで、足を引っ張ることしかできていません。そんな中、お客さんに喜んでもらうだけでなく、職場において自分の存在が役に立てることが本当に嬉しく思うことがありました(実際に役に立っていたかどうかはわかりませんが)。

これを機に「自分のやりたい仕事」をするのではなく、私はたくさんの意味で「人の役に立つ仕事」に就きたいと思うようになりました。具体的には旅行業界と広告業界を視野にいれ、企画系の仕事に就きたいと思っています。これからの就職活動は様々な困難が予想されます。ですが、不況ではなく自分自身に負けない事。それが、私にとって重要課題だと考えています。

  木ノ下 葉実(はみ)

(経済学部3回生)
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by mako0491 | 2009-06-06 00:27 | 新風・ワダイビト
 最近、ラジオで「片男波のアサリが消えた」と聴いてショックを受けました。私が、幼少の頃から、潮干狩りをした思い出の場所だったのです。いつか、息子達にも私の郷里で色んな体験をさせたいと思っていました。

 その時、ふと‘里帰り’と共に、2008年7月に閣議決定した「国土形成計画」の「二地域居住」が頭に浮かびました。国土の自然的条件を考慮して、日本の経済、社会、文化等に関する国土の利用、整備及び保全を推進するための計画。
 そして、団塊の世代のリタイアで、都市住民に広がると予想される生活様式。例えば、都会に暮らす人が、週末や一年のうち「1~3か月連続」又は「毎月3日以上で通算一ヶ月以上」を農山漁村で暮らすのです。観光客等が一時的に滞在する観光等の「交流人口」と「定住人口」の中間的な位置づけです。

 しかし、急には難しいと思います。田舎の人には「今まで見ず知らずの人が、自分の生活地で生活のような活動をする」、都会の人は「これから見ず知らずの土地で生活のような活動をする」のですから。
 
 私は、「二地域居住」の前に‘里帰り観光’の段階があると思います。地方の良さも改善点も内外から理解できる人が、‘暮らす’ことを互いに受け入れる段階が必要ではないでしょうか。
‘里帰り観光’は地方や都市で生活している地方出身者にとっても、有意義な「交流」をより発展させるキッカケになり得ると思います。
 その資源となる思い出の場所や行事、体験を残していくことは重要です。また、残す活動に協力や参加する事も‘里帰り観光’をする側にとっても意味ある事ではないでしょうか。
 子ども達に、自分の育った所を見せたい、残したいまた、自分に縁のある地を見たい、守りたい人はいると思います。
 
 和歌山も鹿児島も誰かの故郷です。「どういった人が、地方を訪れたいのか」、また、「どういった人に地方は来てもらいたいのか」。今後は、 ‘里帰り’という視点を持って、まずは、ここ鹿児島で考えたいと思います。
                                         (大田 理郁)
                                                     09・6・5
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by mako0491 | 2009-06-04 16:42 | 女の視点

手話サークル「つばさ」


コミュニケーション
の輪大きく拡がる


 手話サークル「つばさ」の活動が着実に広がりを見せていると聞き、岩出市の「ii(あいあい)センター」集会室で定期的に行われている「つばさ」の学習会場を訪ねてみました。この学習会で進行役を担当されている﨑まゆみさんに色々と、お話を伺いました。
                                              (今西 武)


土曜日の昼下がり、あいあいセンター集会室に三々五々人々が集まってきます。今日は女性十一名、男性三名が参加。車座になり、自己紹介の後、先週あった各自の出来事を、表情豊かに身振り手振りを交えながらにこやかに報告されています。
 参加者は、報告者の話に大きく頷き、時には質問をし、時には笑いも起こり、大変、和やかな雰囲気です。参加者は報告音の表情と手の動きにじっと目を凝らし、意識を集中させています。全員がお互いのコミュニケーションを大切にしながら会話を楽しんでいる様子が良く分かります。

 このように楽しく会話を弾ませている人たちは、どのような人たちでしょうか。実は聾者(ろうしゃ)と健常者が一緒になって手話で会話を楽しみながら実戦的に手話を学ぶ手話サークル「つばさ」の活動の一コマなのです。学習会の進行役の﨑まゆみさんに、活動について話を聞きました。

Q会はいつ発足しましたか?
A平成十二年に正式に会が発足し、本格的な活動が始まりました。TⅤでお馴染みの手話通訳士酒匂(さこう)美也子さんが顧問です。
会の当初の目的は、手話のできる人と聾者から手話を学ぶことでした。
Q今年十年目を迎えたのですね?
A聾者と健常者が情報を交換し合うことにより聾者の情報不足を補い、交流することにより聾者の交友範囲や社会との関わりを拡げることにも努力を傾けてまいりました。一過性の活動に終わることなく、これまで継続できたのも、会員の努力と会を支えてくださる方々のおかげと感謝しています。

Q会の活動状況は?
A現在の会員数は30人強(女性20名、男10名)です。そのうち聾者は10名。どなたでも入会できます。毎週土曜日の午後1時30分から3時30分ごろまで定期的に活動しています。季節により屋外でレクレーションなどを楽しんでいます。
Q昭和48年には条件つきながら聾者も運転免許が取得できるという画期的な道路交通法の改正がありましたが?
A近年は聾者に対する社会の理解も進み、聾者と社会の関わりが以前と比して、大きな拡がりを見せています。
またFAXやメールなどのIT機器の普及により聾者の情報入手が格段に進み、聾者は他者との連絡が容易になり、行動範囲が広がりました。しかし他者とのコミュニケーション能力は聾者のみならず健常者も今後益々重要になります。会としては手話を通じ、会員自らのコミュニケーション能力の向上を図り、聾者と他者との交流をいっそう進めることができればと思っています。

Q今後の活動目標は?
A会員の手話のスキルアップを図ることと、手話人口の底辺の拡大です。それと、難聴の方や中途失聴の方にも手話サークル「つばさ」に参加してもらい、皆で楽しく活動して行きたいと思っています。
今日も会は午後一時半に始まり、夕方五時前に終了しました。あっという間に楽しい半日が過ぎました。会に参加して強く感じたことは、手話は生きた言葉であり、優れたコミュニケーショツールのひとつであるということです。

 健常者は手話を学ぶことにより聾者の日常生活のサポートができることはもちろんのことですが、手話を学ぶことは美しい日本語を話すことにも役立つと感じました。また相手のことをよく理解しようとするコミュニケーション能力の重要性も再認識することが出来ました。
  読者の方々も本格的に手話が話せなくてもカタコト手話を話せるだけでも日常生活がきっとステキになると思われます。一度、手話にチャレンジしませんか?
 
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今後も講演会やイベント会楊で手話サークル「つばさ」の方々が手話通訳者として活躍されていることでしょう。「つばさ」のいっそうの発展を願いつつ学習会場を後にしました。
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by mako0491 | 2009-06-04 16:32 | アタマ記事

絵本ー14ひきのおつきみ

作 いわむら かずお 

童心社 1988年 1260円
対象年齢:(読んでもらうには)2歳から
(自分で読むには)4歳・小学生ごろから   
http://tinyurl.com/hc36p

星の輝く夜空。夜空に輝く「中秋の名月」。
最近見ましたか?絵本を読むと、大人でも夜空を眺めたくなること間違いなしです♪

<あらすじ>
お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、そしてきょうだい10ぴき、の14ひき家族のねずみたちの絵本シリーズの1冊です。
今夜は中秋の満月。
子ども達がいつも住んでいる太い太い木のてっぺんに、「お月見台」を作ります。
ある程度の高さまでは、エレベーターのかご。そこからは、はしごを取り付けました。
完成したお月見台で子ども達はお父さん達を待ちます。
待つ間に、夕日は森、山、空を真っ赤に燃やします。
そして、空に夜が広がっていきます。
お月さんが登場すると、ねずみ達はお月さんにお供えをして、自然に感謝します。

「お月さん ありがとう、たくさんの実りを ありがとう、 優しい光を ありがとう」


<おすすめポイント>
この絵本のねずみ達はとても個性的。6番目の「ろっくん」は鈍くさく、次男の「にっくん」は世話好きです。
読めば読む程、1匹1匹が愛らしくなってきます。
そして引き込まれる登場人物以上に、景色もおすすめです。
日暮れ、夕焼け、お月様、実物のように吸い込まれそうです。
実際にお月見台を作ってみたくなる、夢あふれる絵本です。

(浦田ひろみ)
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by mako0491 | 2009-06-04 16:22 | 絵本この一冊
 「結婚はしているの?」「子供は?」初めての方から質問されることがよくあります。
心の中で、「きたきた、またその質問」と思いながら、「子供はまだです」と平然をよそおっている自分がいます。
 私は、36歳の会社員です。結婚は12年目ですが子供はいません。社会人としては、17年目を迎えました。これといって重要な責任ある仕事を任されている、バリバリのキャリアウーマンというのではなく、日々を淡々と過ごしている普通のOL主婦?なのです。

 子供がいないことについて、主人の母親からは何も言われません(きっと嫁だから気をつかってくれている?)なのに、実の母親からは、「孫がいないから不幸だ」、「子供を生まないから本当の親のありがたみがわからない」とか「まだまだ娘みたい」とさんざん言われます。娘である私の幸せを考えているのではなく、母親自身の「孫がほしい」というエゴからきた言葉だと、最近思えるようになりました。

 女性が子供を産み育て、社会の中の一員として輝ける場所が本当は理想だと思います。子供がほしい方には本当に申し訳ないと思いますが、実際は子供がいない人生の選択も有りではないかと思っています。
いろんな人がいろいろな考えを持っているわけで、「結婚」も「子供を産むこと」も自由に選択できる時代がきてほしいと思うのです。
 ひとつの価値観に縛られることなく、また、自分の考えを押し付けることは避けたいと思います。「子供を作る」のではなく、「子供は授かる」ものだという風に考えて、自然に任せようと思っているのです。
                                     (中川 美佳)
                                                         09・5・8
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by mako0491 | 2009-06-04 15:32 | 女の視点

住民の愛着が街を守り、育てる
 
 「安・近・学」の寺内町めぐりはいかが。紀州・御坊と大阪・富田林の二カ所を歩いてきました。総花的でなく、「一点集中型」の見学で、歴史を再発見し、住民との触れ合い、まち並み保存の努力などを知ると、新しい楽しみ方もできるのではないでしょうか。
                      (中村 聖代)

【御坊寺内町】
 JR御坊駅のホームを乗り換え、紀州鉄道に揺られて西御坊寺内町まで行く。紀州鉄道は単線1両編成、御坊~西御坊間約2.7Kmを毎日約30往復(ちなみにこの長さは大阪の天神橋筋商店街1丁目から6丁目までとほぼ同じ)。てっちゃん(鉄道マニア)垂涎の鉄道のひとつである。「運転手さんにそれらしき服装」をしてもらえば、そのまま動く博物館として十分通用する電車に思える。
 7軒あるかつての豪商たちのお屋敷(川瀬家・岸野酒造本家・堀河屋野村など)を眺めながら西本願寺別院までの小路を徒歩で散策。

 街ガイドをしてくれたのは、小学校までここに住んでいた下田弘子さん。現在、裏千家茶道・未生流華道の師範として活躍。曰く「ここの街並み一つ一つがこんなにすばらしいものだと気づかず、当たり前のように暮らしていました。商いをするおうちに入り込んでは遊んでいたことが現在の私(茶道・華道)につながっているのですね。おてんばをしてケガをしたときにお世話になった外科医が、あの華岡青洲の子孫だったことが、今になって知りました」。
 御坊市薗の天性寺、大黒さん(奥さん)の津本京子さんに案内されてお寺を訪問。珍しい事に沓脱が建物内にあり、集会所のようなつくりに親しみを覚える。「身代わり弓矢のお話」や、一般公開されない屏風を披露してもらった。「御坊ならでは」の土地柄であろうか。また和歌山一大きな、由緒ある「おおつくばい」が中庭に。
 津本さんは、「昔はお寺まいりが唯一の娯楽。女が大手を振って自由に往き来することができる大義名分でした」と言う。この天性寺は「説教」が必ずあったお寺である。
 
 老舗呉服店の2階でお昼。「鯛麺」(祝い事に必須:大皿に鯛とそうめんを盛り、雌雄の松を添えて床の間に飾った)を特別に頂く。こうした御坊ならではの行事を知る人も少なくなってきているようだ。
 有名な西本願寺別院以外にも、さまざまな見所がある。また、宮子姫伝説をはじめとする新たな観光振興策、街づくりの運動も始まっているという。機会を見つけて再来したいと思った。 

【富田林寺内町】
 和歌山から橋本まで出て、河内長野駅で近鉄線に乗り換え、富田林駅に着く。10分ほど歩くと、ここが寺内町。
 早速、江戸時代から明治の半ばまで造り酒屋を営んでいた旧杉山家を訪れる。この家は現在市で管理され、この地区に現存する町家のなかで一番古く、唯一建物内部の見学ができる。内部はよく保存され、近世の状態をとどめている。大床の間に描かれた老松や襖絵は狩野派の絵師によるもので、往時の繁栄がしのばれる。

 また、明星派の歌人石上露子(いそのかみ・つゆこ)の生家としても知られている。彼女は、明治時代、与謝野晶子、山川登美子らと「新詩社」の五才媛と言われた。旧家の家督を継ぐため、初恋の人へのかなわぬ思いを詠んだ「小板橋」は有名。
 建物の向かいにある「寺内町センター」では、寺内町に関する資料を展示している。
江戸のお寺と商家が並ぶ町をゆっくり歩く。白壁、板塀、木格子、虫籠窓 (むしこまど)、鬼瓦、煙だしの小屋根などが随所に見受けられ、国の重要伝統的建造物保存地区に指定されている理由がわかる。
※ ※ ※
 二つの寺内町とも、住民主体で行政が応援しながら、美しい町並みを維持・発展させている。やはり家屋は住みながら守ることに意義がある。地元住民のわが町を愛する熱情に加え、訪れる観光客も理解を深めてこそ、歴史資産を次世代に伝えていくことができるのではないだろうか。


寺内町の歴史

【御坊】戦国後期に形成され、市内を通る下川を、濠・堀として活用してきた。日高別院の前身である吉原坊舎が、豊臣(羽柴)秀吉の紀州攻めで戦火にかかり、1595年に現在の地へ。「ごぼうさん」の愛称で親しまれたことが、市名の由来。当時は酒屋、ロウソク屋、砂糖屋、油屋、廻船業者が並び、大正になると紡績や木材、炭が産業として盛んになった。

【富田林】兵火と一揆が絶え間なかった16世紀半ばの戦国時代、本願寺一家衆の京都興正寺の証秀上人が興正寺別院の御堂を建立した。上人の指導のもと近隣四か村の庄屋株が中心となり開発が行なわれた。町全体を仏法の及ぶ空間、寺院の境内と見なして信者らが生活をともにする宗教自治都市が誕生した。

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by mako0491 | 2009-06-04 15:25 | アタマ記事
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今から三年程前、私はとある学校の空き地で、がむしゃらにボールを追いかけていた。当時、私は二十四歳。アメリカ、バージニア州のブリストルという町にある大学に通っていた。まだその土地に来て間もなかった私にとって、一日の授業をすべて終え、校舎の裏で仲間達とサッカーをする一時間は唯一、緊張や不安から解放される時間だった。
 
私は高校の時、サッカーを始めた。たまたま友達の誘いで女子サッカー部に入った事がきっかけだったが、気付けば、サッカーとは切っても切れない不思議な関係になっていた。高校三年生の春の総体で負けて以来、二度とサッカーと関わることはないと思っていたが、和歌山大学でも先輩から声をかけられ女子サッカー部に入っていた。そして、大学卒業と同時にアメリカへ渡った。そのきっかけも「サッカー」だった。
 アメリカの大学ではサッカー部員としての奨学金をもらいながら学校に通っていたが、その責任や重圧は想像以上だった。選手としてもだが、勉強の成績維持は部活動の最低条件にあった為、時間はいくらあっても足りず、ただ慌ただしい毎日に嫌気がさしたりしたこともあった。

救いだったのは、学校に私のような留学生がとても多かったことである。30以上もの国籍の人が小さい敷地内で共に生活していた。そして、私が一緒に遊んだ仲間も色々な地域で生まれ育った子達―アイルランド、オーストラリア、セイント・ルシア、トリニダード・トバゴ、スペイン、セルビア、アメリカ、メキシコー中には名前さえも聞いた事のなかった国から来た子もいた。 男女も年齢も関係なく、小さな空き地に集まり賑やかに汗を流した時間は本当に楽しかった。
荒れた芝生にボールはたった一つ。脱ぎ捨てられたサンダルやシューズでゴールは作られていた。二つのチームに分かれ、ボール一つで相手のゴールを奪い合う遊び。単純な遊びだが、皆激しくぶつかり合っていた。まるで子供のようにきちんと勝敗にもこだわっていた。このような貴重な体験からサッカーの面白さや奥深さを感じられた私は本当に幸せだと改めて思う。

竹内あずさ (平成16年、経済学部卒業、19年米国バージニアインターモント大卒業)
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by mako0491 | 2009-06-04 15:11 | 新風・ワダイビト

絵本ーーバスがきました

作 三浦 太郎

童心社 

2007年 840円
対象年齢: 0歳から
http://tinyurl.com/2jh2vc

0歳の次女用にいいと思ったのですが、3歳の長女に大受けだった絵本です。
大人でも少し余裕がなくなってきたなぁという時に読んでみるのがおすすめ。ほっこりしますよ♪。

<あらすじ>
ネズミをかたどったバス停がちょこんと立っています。
「しっぽのある バスていに」

何かな?と次のページ。
「チューチュー ねずみさんの バスがきました」
(運転手もお客もねずみです)

次のページ。
「みみのある バスていに」
もちろんうさぎの顔をかたどったバス停です。

「ぴょんぴょん うさぎさんの バスがきました」
(もちろん!運転手もお客もうさぎです)

その後も続きます。

「たてがみのあるバス停」、「長い鼻のあるバス停」
そして、「私が待っているバス停」。


もちろんライオンのバス、ゾウのバスと続くのですが、私の待っているバスはちょっと違うんです。

それが娘には大喜び。私が読む口調をまねて、読んでいます。

大人も楽しいですよ。読んでみてくださいね♪。
(浦田ひろみ)
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by mako0491 | 2009-06-04 12:55 | 絵本この一冊
 

 和歌山の企業の大部分は中小企業といっても過言ではない。これからの和歌山県経済の繁栄は、中小企業の発展こそがカギとなる。
そんな中小企業を引っ張り、経営指針を示しているのが、和歌山県中小企業家同友会(代表理事・石橋幸四郎)である。近年女性部の活躍が目立つ同会の事務局長北山妙子さんに会い、活動状況を聞いた。
                                                      (中村 聖代)
【18年事務局勤めの北山さん】
 同友会事務局長の北山さんは、入社して18年目。厚生労働省指定のキャリア・コンサルタント能力評価試験にも合格し、縁の下の力持ちとして長年同友会を支えてきた。気軽な気持ちで働き始めた北山さんだが、持ち前の責任感の強さで、今では同友会になくてはならない存在だ。

「昨年からの未曾有の不景気のなかで、会員企業が元気で活躍しているのを知ると、とても嬉しいです」
「和歌山県は、優秀な人材の他府県への流出が多いので残念です。大学がひとつしかないのも一因ですが、魅力のある企業が増えてほしい」
「関西圏のなかでは、和歌山県だけが、交通網などで隔離されている感がある。各企業は守られている半面、危機感というか、厳しさが足りない気がします」
 「昔は女性経営者が借り入れすることもままなりませんでした。また、女性は、経営者として組織のなかで成長することが苦手で、企業が大きくなると社内からはずされたりしました。現在は、女性といえども男性以上に活躍している方が多いですね」

【女性会員の活躍】
 会員は現在約360名、そのうち女性会員は25名。初期の頃は社長のあとを夫人が引き継いだ形が多かったようだが、現在は女性経営者が奮闘している。
 わかやま新報紙面「シリーズあなたの街の経営者!」で北山さんが紹介した「株式会社ラカン」(企画・デザイン事務所)の朱洋子社長は、その直後NHKからの取材依頼がきた。  田辺支部の多田稔子さんは、家業の副社長を勤めるかたわら、観光協会会長を努め、行政とうまく協力しつつ、田辺弁慶映画祭を手がけた。  他にも障害者達の自立できる職場づくりをめざす「麦の郷」所長宮本久美子さん、菜食レストラン「カルバの月」経営の橋本美奈子さん、会計センター代表の岡京子さんなど、多彩な業種での活躍が目立つ。

【全国の中小企業家同友会の動向】
 1957年4月に創立された日本中小企業家同友会(現東京同友会)は、全国的な組織づくりをめざし、それぞれの同友会が対等平等の精神で運営できる協議体「中小企業家同友会全国協議会」を発足させた。
2008年4月現在 47都道府県で加盟企業会員は4万1千人の経営者がいる。和歌山県中小企業家同友会は1988年に設立、昨年1月に20周年を迎えた。
 また、女性の代表理事は全国に数人しかいないが、沖縄県の代表理事糸数久美子さんは愛知県生まれで沖縄県出身の夫と共に税理士事務所を開業後、計算受託業務の会社を設立。沖縄県中小企業家同友会の女性経営者部会「碧の会」の設立にも参画。全国組織である中同協女性部連絡会の代表も務めている。教育委員でもあり若者の教育問題・就業問題に様々な角度から取り組んでいる。
和歌山県にも「第二の久美子さん」が出てきてくれることを期待したい。

【今後の展開】
「中小企業が命」、中小企業の頑張りイコール和歌山県の力だ。企業が存在し存続することがすなわち地域の発展。同友会の「自立・民主・連帯」の理念は、実践されてこそ真価を発揮する。
「学ぶことは変わること」と北山さんが言うとおり、経営者の意識が変化し、不断の経営努力を社員と一丸となって取組めば、どんな局面になっても立ち向かっていける。
代表理事の石橋氏は、バイオマスなど環境エネルギーの先駆者である。エネルギー・食糧・福祉・環境の融合化をめざし、「自社(うち)にしかできないこと」を追求している。近年「おが粉を利用した、きのこの菌床」を研究開発し、里山の環境保護に役立てようとしている。このリーダーのもと、新宮支部設立に向けて動き出してもいる。今後いっそうの発展が期待される。

                                          09・5・22
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by mako0491 | 2009-06-04 12:05 | アタマ記事
 次男が毎日元気に仕事に行き出した。
 2年前の4月、鍼灸専門学校2年になったばかりの時、まさかの、はしかによる脳髄膜炎で3ヵ月の入院生活を送った。関西の大学で学生がはしかにかかっているというニュースが報道される少し前のことだ。
 近くのクリニックを受診後すぐに別の総合病院へ。その日の夜中、言動がおかしく看護師さんの手に負えないからと、脳神経内科のある病院へ救急車で転院。脳髄膜炎であった。
 
 そうこうするうちに、水頭症を併発し脳神経外科のある病院へ、三回目の転院である。今度は脳の手術。生きて戻ってきてくれるのか、障害が残り車イス生活になるのか、はたまた自分の境遇を理解できずに荒れて暴力的にならないだろうかと心配が頭をよぎる。神に祈り、先生を信じるしかない。
内視鏡による手術では頭にたまった水は流れず、シャント術(脳に溜まった髄液を、人工的に管を通しおなかの方に流す手術)をすることになった。その後はみるみる回復に向かった。
 3ヵ月の遅れをクラスメートの支えで取り戻し、今春国家試験にも受かり無事卒業できた。努力賞というおまけまでいただいて…。

 記憶力や運動能力も障害なく、今まで通り憎まれ口を叩くようになった二男に腹立たしく感じながら、「マッ、いいか」と幸せを感じている。
 療養中、本当に色々な人のお世話になり、励まされ、家族の気持ちも一つになった(少なくとも私はそう思っている)。

 いま新型インフルエンザの恐怖が広がっている。誰がいつどんな病気にかかるかもしれない。そうした経験を乗り越えたとき、人間は強くなれるし、医師をはじめ関係者への感謝の念、肉親の愛情の再認識など、新たに見えてくるものがあるのではないでしょうか。
                       (竹林 佳子) 

                                                        09・5・22
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by mako0491 | 2009-06-04 11:55 | 女の視点