わかやま新報女性面 (隔週金曜日)記事を発信-NPO法人「和歌山コミュニティ情報研究所」の女性スタッフが取材・編集を担当


by mako0491

カテゴリ:アタマ記事( 172 )

2月9日付けあたま

ファイナンシャル・プランナー 荒井千珠代さん

「お金と暮らしのアドバイザー」


ファイナンシャル・プランナーという言葉を聞いたことがある方も多いだろう。まだ歴史は浅いが、平たく言えば「お金と暮らしのアドバイザー」だ。本紙に月に1度掲載される「FP女子のマネー講座」でおなじみの荒井千珠代さんに今回は登場いただく。

(中村 聖代)

【プロフィール】

 千珠代さんは市内県庁近くで生まれた。かすかな記憶に路面電車がすぐ近くを走っていたが、いつの間にか消えていた、という。その後、楠見に移った。

中高短大と進学したが、学生時代はバブルの真っ只中、和歌山のマハラジャにも行き、青春を謳歌した。卒業後は当時花形の証券会社に就職。2ヵ月後に支給されたボーナスは、千珠代さんのサラリーマン生活において後にも先にも最高の額だったという。

バブルの崩壊後、仕事は営業のノルマに加え、先輩がとってきた顧客への陳謝だった。

そこで知り合った男性と後に結婚することになるが、3年で会社を辞め、和歌山放送のラジオカーに乗り、お店の取材などをして流したりもしたあと、事務の仕事にも就いた。

結婚後、夫の郷里である茨城県に移住。そこで子育てをした。

【保険会社に勤めて】

 子育て中、勧められて保険会社で働くことになった。ファイナンシャル・プランナーの資格を取ったのもその時期だ。女性も働き続けるべきだという考えもあったし、資格は地位を向上させるために必要だと思ったからである。

 当時は子どもを保育所に預けるのは、両親がいない家庭や、生活保護法による被保護世帯が優先で、両親が共働きのケースは認められがたく、無認可の保育所に預けながら両立させた。

 また、産休や育児休暇を取るのも、(大企業は別として)憚られる時代。女性ばかりの保険会社でも例外ではなかった。千珠代さんは取れる休暇をとりながら奮闘した。

【和歌山に戻る】

 夫の仕事の関係を機に、「どうしても和歌山に」という千珠代さんの思いが叶い、親子4人和歌山に戻ってきた。

 そして保険に関すること以外のアドバイスもしたいため、20年間勤めた会社を辞めた。ファイナンシャル・プランナーとして独立した仕事をするべくFP事務所に所属したのだった。

 今ではあちこちでセミナーや支援を行い、お金に限らず、ライフスタイルなどのアドバイスもしている。

本人のブログ(https://ameblo.jp/chizuyo-a/)にあるように、お金と家族と自分磨きに精進する毎日を送っている。

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ワンポイントアドバイス(「相続」について)

「相続」は「争族」とも言われ、仲のよかった兄弟や親族間にひびがはいることもあるようです。誰にでも起こりうる出来事―いざというときに揉めないように対策をたてておく必要があります。

☆「遺言状」や「遺言公正証書」を作ってあるから安心?

 とは言えません。いつの間にか無くなっていたり、書面に不備があるため無効になったり、公証役場に保管されていても、相続人に遺留分という取り分があるため、内容によっては、故人の意思がそのまま通らないこともあります。

☆税金は待ってくれない。

遺産が一定額=3000万+(相続人の人数)×600万円以上ある場合、相続開始日から10ヶ月以内に申告をする必要があります。納付期限も10ヶ月以内。不動産の場合、すぐには換金できないし、住んでいる家を割ることもできません。

☆名義はどうなっている?

 先祖から受け継いだ土地や田畑・山林などが誰の名義なのか確認が必要です。固定資産税を納付していたからと安心はできません。古い名義のままでも納付書は送られてきています。

――などなど、対策をとっておくのは難しいもの。税理士や弁護士に相談しても完全とは言えません。そんなときにファイナンシャル・プランナーのアドバイスを受けると良いでしょう。


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by mako0491 | 2018-02-10 14:56 | アタマ記事

カンボジアの孤児院の代表

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メアス博子さん


昨年7月にフォルテワジマにてカンボジアの孤児院「スナーダイ・クマエ」の子どもたちの絵画展が行われた。例年、和歌山市をはじめ、吹田市、尼崎市、神戸市、東京や名古屋市、長野市、旭川市においても開催されている。この孤児院の代表メアス博子さんに会って話を聞く機会を得たので紹介したい。

(中村 聖代)

【スナーダイ・クマエとは】

 「カンボジア人の手によるもの」という意味の「スナーダイ・クマエ」は、カンボジアの明日を担う人間の育成と、この孤児院の運営を担う人材の育成の二つを目指す。

 代表はメアス博子さん。和歌山県海南市の出身だ。

【厳しい幼児教育】

 「これからの人は英語が出来なければ」という母の信念のもと、博子さんは幼少児から英語学校に通い、親しんだ。英語教育の盛んな星林高等学校国際交流科(第3期)に推薦されたのも当然の流れだった。

 博子さんの母は、茶道華道の師範。「自分のことは自分で」と、炊事・洗濯・掃除なども小さな時から当たり前だった。

 そんな躾の厳しい家庭だが、愛に満ちていて、「家では性別・職業・年齢・人種などによって差別する意識は全く存在しませんでした」と、博子さんは振り返って言う。

【卒業旅行で知り合う】

 あまりに英語漬けの学生生活を送った反動として、甲南大学の経営学科に進んだ博子さん、卒業旅行はカンボジアだった。

 母の知人がカンボジアの中学校の校舎を寄付したのでその視察をかねたツアーなら旅費を出してくれるという。そしてそこでトミー氏と知り合い、結婚。

【設立者トミー氏】

 トミー氏は中学生の時にインドシナ難民として家族で日本に移り住み、大学院を卒業後カンボジアに戻って日系企業に就職した。

 カンボジアに戻った1995年、10数年前と何ら変わっていない自国の教育事情に愕然とし、かつてお世話になった日本人の協力を得ながらシェムリアップ州に寺子屋風の語学教室や学校の建設を主活動とする団体を設立する。それが現在の「スナーダイ・クマエ」の前身だ。

【孤児院との出会い】

 博子さんは1998年結婚当初は首都プノンペンで暮らしていた。専業主婦で、仕事といえば日本にいる支援者にお礼と報告の手紙を書くことだが、現地に行ったことがないので通り一遍のことしか書けない。生まれたばかりの幼い長男を抱え、交通事情も治安も、病院施設も空気も悪い環境で夫の帰りを待つ「かごの鳥状態」に不安ばかりが募った。

 で、決心して孤児院のあるシェムリアップ州に子どもと二人移った。2000年のことだった。

【孤軍奮闘】

 1998年当時は全てカンボジア人スタッフ、貧困で子だくさんのため養育困難な児童や身寄りのない子ども20人ほどがいて公立の小学校に通わせていた。

 現地に来た博子さんは、初めは毎日毎日ごみを拾い、燃やしていた。広大な敷地全部がごみ捨て場と化し、2年分のごみが溜まっていたからだ。

 それを見ていた子どもたちが徐々に手伝うようになり、自分のことは自分でするようになり、さらに掃除だけでなく調理や水汲み、えさやりなどの手伝いも出来るようになった。

 2004年ごろからは虐待から保護された子どもたちを積極的に受け入れるようになった。

【夫との別れ】

 仕事の関係でプノンペンに単身暮らしていたトミー氏と別れることになったが、孤児院を途中で放棄するわけにはいかない。設備も少しずつ充実し、子どもたち・卒業生・スタッフ・何より博子さん自身を成長させてくれた孤児院だ。

カンボジア政府からの援助は全くない。定期・不定期に継続的に支援する多くの日本人に支えられてここまで来れたのだ。

【絵画展を続ける】

 スナーダイ・クマエでは学校で触れる機会のない絵画の時間を2008年から施設の時間割に取り入れている。子どもたちの今の姿を見てもらいたい、そして感謝を表したいとの思いから日本での絵画展が始まった。作品をもとにしたオリジナルグッズを販売することで、運営費の一部としている。

博子さんの思い・

「これらのこと全ては亡くなった両親から受け継いだものを次に伝えている、という気がします。カンボジアの子どもたちから多くのことを学びました。私は現代の日本の若い人たちが親(先祖)から受け継いで繋ぐーという行為が廃れているような気がしてなりません。カンボジア人のような、ある意味自然な生活を送ることで素直に受け継ぐことができる、それが幸福への近道のひとつではないでしょうか?」


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by mako0491 | 2018-01-16 18:31 | アタマ記事

12.8頭記事

シンギングボウル

最近ヨガ教室では不思議な、そして心地のよい音色が響いています。どんな音色でしょうか?それはシンギングボウルです。あまり聞いた事がない言葉ですね。ここではシンキングボウルについて詳しく説明しましょう。

(ヨガシャンティ・神谷弥生)

ネパール仏教などで

シンギング=歌う ボウル=鉢(はち)シンギングボウルとは5世紀以前から使われていたネパール仏教やチベット密教の儀式にラマ僧が使っていた神聖な仏具と言われています。 

現地では「ドニパトロ」と呼ばれています。私の持っているシンギングボウルもネパールで作られたものです。

このシンギングボウルを木のスティックで叩いたり、なぞるようにこすると心地よい倍音を伴った不思議な音色と振動が起こります。

古来からこのシンギングボウルの音色は身体の痛みを和らげ、心や身体が安らぐという効果があると言われていました。

欧米での取り入れ盛ん

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現在ではシンギングボウルを使って演奏したり、身体に振動を与えてマッサージ(シンギングボウルセラピー)することでその場所や身体、心、エネルギー(ヨガの用語でプラーナ)を浄化し、副交感神経優位(リラックス状態)に導くなど様々な効果が期待されています。

日本ではまだなじみがありませんが欧米を中心にヨガや瞑想などにも取り入れられています。

7つのボウル使う

本格的な演奏やシンギングボウルセラピーをするには7つのシンギングボウルを使います。

この7つのシンギングボウルはその澄んだ響きと音色で身体にあると言われている7つのエネルギーの出入り口「チャクラ」を活性化し、心身のバランスを整え、精神面に置いて高次の成長を促してくれます。 

このチャクラのエネルギーの流れがスムーズに各チャクラに伝わる事で心身共に健康でいる事ができるともいわれています。

特に手打ちのシンギングボウルは音の響きと振動がとてもよく響くので高いリラックス効果が期待されます。

トラウマから解放

また最近注目されているソルフェジオ周波数が音に含まれているシンギングボウルもあります。

このソルフェジオ周波数はこの周波数が含まれている音色を聴く事でトラウマから解放されたり心がリラックスするのです。

胎教に良いと言われている愛の周波数と言われているソルフェジオ周波数528HZはモーツァルトの曲によく含まれています。

実際にモーツァルトの生演奏を聞いた後ストレス度やリラックス度がどう変化するのかと言う実験に参加したことがありますが被験者は全て良い結果がでていました。

このように音には色んな身体と心に良い影響を与えてくれます。シンギングボウルはその音色と響きでストレス社会に生きている私達に癒しやエネルギーを与えてくれます。

ヨガシャンティではヨガのクラスにシンギングボウルを取り入れています。機会があれば体験してみてください。


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by mako0491 | 2017-12-22 12:32 | アタマ記事

短歌、物語、企画展など次々と発表する香月(かづき)にいなさん

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 実家である海草郡紀美野町にアトリエを持ち短歌、物語、企画展などを発表する香月(かづき)にいなさん。とりとめないというか、謎と言うか、独特な世界に誘い込んでくれる彼女に会って、話を聞いた(中村 聖代)。

【14歳でペンネーム】

 香月にいなさんは、本名を「きむらともこ」という。小学生時代から詩・作文など文章を書くのが大好き。全国作文コンクールにも入賞の経験がある。中学・高校時代には演劇の台本も担当した。

 「もし結婚して苗字が変わってしまうならその前にペンネームを」と、14歳のころから「香月にいな」と名のり始めた。グローバルで呼んでもらいやすい名前―をその時自分で考えた。


【祖母のおどけ話の影響】

 にいなさんのルーツは祖母の「おどけ話」だという。小さいころから祖母がアドリブで作ったおどけ話を聞いて育った。人をおもしろがらせることの喜びを知ったのだ。

2007年から祖母に本格的に短歌を学んだ。以前は同人誌「竹垣」(代表:津田美智)にも所属していた。今も継続して短歌を学び続けている。

紹介の冊子によると、「作品の中心に『恋愛』を描くのが特徴で、絵画・写真などを空間で融合させ、全体として作品を表現することを追及している」のだそうだ。


【大学生活と就職】

 にいなさんは、世界平和のためには国連で働くのが一番と考え、愛媛大学総合政策学科に進んだ。しかし大学デビューを果たしたものの、自由な学生生活の中で挫折も味わい、ついに大学3年で引きこもることになるーそのとき読んだ膨大な量の書物や観た映画は今となっては大きな糧である。

 恋愛をきっかけに、引きこもりの生活から抜けた後、大学を辞めて、仕事をしながら放送大学を卒業。住宅関連会社を始めとし、コンビ二のアルバイトや建設コンサルタント会社に勤めた。


【絵本作家との出会い】

 会社に勤めながら創作活動を続けていたにいなさんは、2017年7月「絵本作家のぶみ先生講演in和歌山!」を主宰した。のぶみ氏は、まだ出版されていない原稿をそのまま自身で読み聞かせする独特のスタイルで皆を魅了した。

そのことをきっかけに、身体や時間を削る生活に見切りをつけ、文章で生計をたてる決心をする。


【次々と企画】

 2016年7月から読み終えたあとは折り紙を楽しめるフリーペーパーを開発。地元の印刷屋に依頼し、100部ずつ作っている。テスト版0号から今は9号まで発行。100号を目指す。

 各地で企画展を開催。その時その場所に行かなければ得られないモノを提供する。

 企画は多種多様で、書家やアクセサリー作家・演劇などとのコラボし、そのたびに不思議な空間を創造している。

 来年2月中旬にも、じゃんじゃん横丁の珈琲もくれんでBAR0214を予定している。詳細は「香月にいな」ブログで順次配信する。

 和歌山で新しいものを生み出し、和歌山で発信し、和歌山で活動を続けるにいなさんのファンは今後も増え続けていくと確信する。

「あの時のあの子が遂に出版したのか!と、言っていただけるように、たくさんの出逢いを大切に精進していきたいですねーーと最後に語った。


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by mako0491 | 2017-11-29 14:16 | アタマ記事

「今日の出会いに感謝」

10月13日付けあたま takeno

「リトミックって何?」

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曲に合わせて手遊びをする

今回登場する武野美智子さんは、ごく普通の女性である。が、名詞には「今日の出会いに感謝」と書かれている。それだけで素敵な人という気がするのは筆者だけだろうか。職業は①家業の電気店専務取締役兼経理事務・販促担当②武野音楽教室講師③レディスインナー、化粧品、健康食品を取り扱う販売特約店。日々忙しく楽しく過ごす彼女を紹介したい。

 ( 中村 聖代 )

【下津の電気店】

 美智子さんは海南市下津に生まれ、和歌山市内に移ったが、現在は海南市下津で夫と共に電気店を営んでいる。株式会社形態であるため代表取締役は夫の和行さん。美智子さんは専務取締役で経理事務・販売促進を担当している。要するにお店の雑務一切をこなしているということだ。

【音楽教室の講師】

 美智子さんはまた、自宅で音楽教室を開き、ピアノ科・電子オルガン科・リトミックを教えている。

「リトミックって何?」実は筆者もよくわかっていなかったので、今回はそちらを重点的に尋ねた。

【リトミックとは】

 スイスの音楽教育家エミール・ジャック・ダルクローズが開発したリトミックは、身体を使って音楽を楽しむことから始まる。

・曲に合わせて手遊びをする。

・曲に合わせて体操をする。

・楽器を自由に鳴らす。

 といったふうに音楽を身体全体で感じ、さらにそれを表現することがリトミックの基本であるという。

【リトミックの効果】

 「ピアノやエレクトーンを習うことで情操教育に良い影響があり、集中力がつき、偏差値の高い学校への進学が多いことをよく耳にすると思います。リトミックも同様、脳の活性化や癒し、身体能力の向上、昨今、話題の認知症予防などさまざまな効果があります」と美智子さん。

 いくつかの手遊びを教えてもらった。いつでもどこでも誰でもできるので是非ひとつふたつ継続的にやりたいものだ。

【美智子さんのこれから】

音楽が大好きで小学校のときから高等学校までエレクトーンを習い、事情で専門の大学には進めなかったが、ローランド音楽教室の講師育成コースで資格を取得し、現在も子供から大人まで多くの生徒を教えている。

笑顔がとてもチャーミングな美智子さん。

「これからもたくさんの人との出会いを大切にし、学ばせていただき、三つの仕事を楽しみながら、人のお役に立てるように、周りの人が笑顔で居られるような女性になれたら嬉しいです」と語った。


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by mako0491 | 2017-10-13 11:50 | アタマ記事

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2つの鯨おどり盛大に

青年団のメンバー軸に

新宮市の三輪崎の鯨踊りを訪ねて、三輪崎郷土芸能保存会の会長濱口仁史さんにお話を伺った。(玉置ひとみ)

日本遺産に登録

紀伊半島の南東部、新宮市、那智勝浦町、太地町、串本町の黒潮が流れる熊野灘沿岸の人々は、昔から鯨とともに生きてきた。

地域の有形、無形の文化財をもとにまとめられ2016年、日本遺産に登録された。

新宮市では、三輪崎の鯨踊り、鯨山見跡(熊野古道高野坂)羽指中建立の石祠、そして今年、三輪崎八幡神社の石灯籠、孔島の石造物が追加登録された。

鯨をとる様子で踊る

三輪崎は、熊野灘に面する漁港で、ここに伝わる鯨踊は別名を「捕鯨おどり」 ともいい、鯨をとる様子を踊りに仕立てたもの。

三輪崎の鯨踊りは、約300年前、当時この地の領主水野氏が、京都の公家に鯨の肉を献上した際に鯨おどりとして整えたといわれている。

以来、三輪崎八幡神社の例大祭に大漁を祈って「殿中踊り」と[綾踊り」が披露される。昭和421月、市の無形民俗文化財、昭和

4912月、県の無形民俗文化財の指定を受け、伝承されている。

「殿中踊り」は、鯨に絡めた網を巻いている様子を、扇子を持って表現し、「綾踊り」は、鯨に銛を打ち込んでいる様子を、綾棒を持って表現したもの。また、踊る時に身につける衣装は、白地に黒・赤・緑の線が入っている。黒は鯨を、赤は鯛を、緑は陸地を表しているといわれている。

地域を守る愛

毎年、8月25日に三輪崎青年会館に保存会の皆さんは集まり、三輪崎八幡神社から宮司を迎え、「修祓式」を執り行い鯨踊りの練習を始める。

この伝統芸能は青年団の先輩から後輩へ教えられ、さらに未来をも見据えて、地元、三輪崎小学校5年生になると青年団のメンバーが踊りを伝えている。

「人口減少により、伝統芸能の存続が難しいと聞くが、ここ三輪崎は安泰です。」と締めくくってくださった。地域を守ろうとする人々の熱い愛を感じた。

今年は9月17日に三輪崎漁港で奉納される。


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by mako0491 | 2017-09-30 12:02 | アタマ記事

久保岡 敏子さんの活動


「脊柱靭帯骨化(せきちゅうじんたいこっかしょう)」という病気をご存知だろうか。久保岡 敏子さんは、自らこの難病とつきあいながら患者交流会の主宰や、認知症見守り支援などの活動を続けている。彼女に会って話をきいた。

 ( 中村 聖代 )

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久保岡 敏子さんは,高校時代、九州への修学旅行時にであったバスガイドがとてもかっこよかった。自分もそうなりたいとバス会社に就職。そこで知り合った人と結婚、2子を授かった。両親から見たら自分の意思を貫く娘であった。が、順風満帆な生活だった。

結婚後は事務でパートとして13年間働いた。平成13年からはヘルパーの資格を取り、介護施設に勤務した。

あるとき左腕があがらなくなった。整形外科にかかると、「脊柱靭帯骨化症」と診断された。きいたこともない病気だ。平成23年のことだった。

完治は見込めず原因もわからない難病だと知った。医師から、将来は車椅子か寝たきりの生活、転んではだめだと告げられた。不安な日々だった。

【つれもていこら創刊】

 そんななか、大阪でこの病気に関する講演会があったので参加した。そこには紀南から参加している患者がいた。大阪の友の会々長から、「和歌山にも友の会ができないかなぁ」といわれ、発足を約束し、会長になってしまった。

 まわりの人たちに支えられ、平成27年12月には「紀の国・和歌山脊柱靭帯骨化症友の会―紀の国OSL友の会」会報誌『つれもていこら』を発刊した。

 友の会発足の準備はおろか、交流会の開催、専門の医師を呼んでの講演会、友の会の維持、事務局の仕事―難病を抱えて日々難儀していることだろう。

【認知症見守り支援員】

 公益社団法人認知症の人と家族の会和歌山支部では、メイト派遣事業を行っている。

認知症の人を介護する家族の外出時や休休息したい時に、認知症の方のお宅に伺い、話し相手になるという活動だ。時給は出るが、往復の時間や交通費は配慮されないため、ボランティアに近い。

 敏子さんは、5年前、梅本靖子さんと二人でこの仕事を立ち上げた。実際にメイトとして訪問もする。心身ともに辛くなることもあるが、信頼を得たときの喜びは何事にも代えがたい。

【日々の暮らし】

 「からだの具合はその日によって異なり、歩くことがつらいことも多いです」。「手術と言われたり、まだ大丈夫のように言われたり悩む日々です」。

 家でじっとしていることが嫌いな敏子さんは、患者の中では比較的軽い症状だと考えるようにし、日々できることをやっているようだ。

 「外からみて、難病にかかっていることが分からないのがつらいことがあります」と敏子さんは言う。

 最近出来た「ヘルプマーク」

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が広がれば様々な病気で苦しむ人に対する理解が得られるだろう。広く普及することが望まれる。

 ヘルプマークとは、

マタニティーマークが妊婦であるこ

とを周囲に知らせるように、ヘルプマークは、外見から分からなくても援助を必要としていることを周囲に知らせることを目的として作られた。

ただ電車の中で席を譲ってもらうために着けているものではない。緊急時(外で倒れたとき、事故に巻き込まれたときなど)に適切な対処ができるようにするためにもヘルプマークは役立つ。

 ヘルプマーク付けている方見かけたらとりあえず「お手伝いすることはありますか?」みたいな風に聞いてくださればいいと思われる。


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by mako0491 | 2017-09-02 13:58 | アタマ記事

大阪の豊中市のステップホールで、先日、一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター(ヒューライツ大阪)、NPO法人おおさかこども多文化センターなどの主催で、「大阪発 外国にルーツをもつ子どもたちの現状と課題ー権利・貧困・教育・文化・国籍と共生の視点からー」について、当事者や民間の支援団体や教員、弁護士、研究者などの関係者が話し合うワークショップがあった。その一部を紹介する。

(中山まり)

・外国人当事者から発言

第一部「当事者からの発信」では、フィリピンと日本のハーフや日系ブラジル人、在日韓国・朝鮮人の子どもや若者、親が、日本で暮らす苦労や経験、言葉や文化の違い、日本に対する想いなどを語った。

それに続いて、第二部「共生に向けて」では、大阪で外国にルーツを持つ子どもの教育活動や支援活動に携わる関係者が、大阪の現状と課題を把握・整理し、具体的な解決策について話し合った。


・個別に対応する必要

地域の民間の学習支援や各種支援を行うスタッフや市の国際交流センターの職員は、在日外国人の子供の抱える問題は、学校での勉強や言語の問題、家庭の事情や親の仕事、医療や社会保障の問題など様々で、個別に対応する必要があり、現状では十分対応できていないと語っていた。

必要に応じて専門知識や能力を備えた専門家にすぐ問い合わせできるように、一括して支援者の情報を集約しておく必要があり、また、支援する側の専門家もどこに支援の必要な者がいるのか分からないため、支援を必要とする者の情報も集約して必要があると提案していた。

・日本語教育の支援不十分

小中高校の教育現場では、外国人の子どもに対する日本語教育や支援などの対応が不十分で、対策が追い付いておらず、教員は市民団体の支援や市の国際交流センターなどに頼ったりしている状況とのことだった。

現場の民間の支援者や教員も、目の前のことで精一杯で、なかなか外部の人たちと繋がることもなく、苦労されているようだった。

・安価な労働力として扱われる  

また、日本に来ている外国人労働者は、技能実習生として期限付きで雇用され、期間が終われば、期限の延長もなく、本国に帰らざるを得ず、一部の悪質な業者から安価な労働力としてモノのように扱われて、悪質な業者により劣悪な環境で働かされている問題もあるとの指摘もあった。

外国人を受け入れるのであれば、人として人権を尊重し、教育、家族、社会保障、労働、介護などの問題を含めて考えていくことが必要と、コメンテーターで弁護士の空野佳弘さんの提言もあった。

欧米では大量の難民や移民の流入は深刻な社会問題となっている。日本で暮らす外国人が増える中で、今後は日本でも外国人を受け入れて支援する体制の整備や充実が求められているように思われた。


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by mako0491 | 2017-08-23 03:58 | アタマ記事

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小学1年生の娘が和歌山電鐵貴志川線を1年間(土曜・日曜・祝日のみ)、無料で乗車できる「小1ホリデーパスポート」をもらって帰ってきました。電車の種類も4種類に増え、中国からの観光客に大人気だという貴志川線。親子で乗車してきました。

(浦田ひろみ)

緊張した改札

和歌山電鐵貴志川線はJR和歌山駅の9番線ホームにあります。そのため、和歌山駅から乗車する私達は、まず、JRの改札を通らなければなりません。

久々に行く和歌山駅。新設されている相談所や観光客の多さに驚きながら、券売機をウロウロ。少々、手間取りながらも、JR改札口を抜け、貴志川線へ向いました。

階段を降り、少し暗めの渡り廊下を抜けると、貴志川線の階段が現れます。階段へ到着すると、急に雰囲気が変わりました。階段、壁と可愛さ満点。期待が膨らみます。

大人気のたま電車

たま電車が待つホームにはたくさんの観光客。まず、人数の多さにびっくりです。たま駅長は本当に、中国で大人気なんですね。同じように写真撮影をして、乗車しました。

出発後、しばらくは家の隙間を走っていくたま電車。景色よりも、車内の雰囲気に気分が盛り上がります。木の机、木の手すり、シートの種類や絵柄等など、見たい箇所がたくさん。そして、滅多に電車に乗らない娘と「ガタン・ゴトン」の心地よい振動を体験。なんと、贅沢な時間の過ごし方でしょうか。

短時間で電車の旅

日前宮駅・交通センター前駅では他の種類の電車とすれ違います。反対線路に停まる電車。外装を見て、「そちらの電車にも乗ってみたい。」またまた、夢を膨らませます。ここからは景色もだんだん、緑が増えてきます。所々に田園風景が現れました。

駅長見習い「よんたま」がいるという伊太祈曽駅からは電車が山々の中を抜けるよう。景色も楽しめます。

和歌山駅から終点の貴志駅までは電車に揺られて約半時間。短いながらも、時間はゆっくり感じました。旅気分を満喫。

再建された貴志川線

こんなに観光客が多くて、楽しい時間を過ごすことができる貴志川線。だが、有人駅は始発の和歌山駅と伊太祁曽駅の2駅のみ。2004年には年間5億円という赤字が膨らみ、廃線の危機に瀕していたといいます。

それから約10年。路線と設備を「和歌山市・紀の川市・和歌山県」に購入してもらい、「貴志川線の未来をつくる会」、「和歌山電鐵」の人々の知恵と労力により、再建し、現在の姿になっています。

再生への新たな10年

現在、年8200万の運営補助金は終了し、貴志川線は設備の補助のみで運営されています。乗車人口を増やそうと、新たに大人の雰囲気の「うめ星電車」も登場させています。

車社会の和歌山で車から電車に乗り換えてもらうことは容易でありません。しかし、電車が必要な人もいるし、沿線には学校もあります。さらに、海外からの観光スポットにもなっています。

実際、切符を買って乗車した貴志川線は、電車に乗るだけでワクワクしました。さらに沿線には様々な観光コースがあるよう。大人780円、子ども390円で貴志川線は1日乗り放題。かわいいレンタサイクルも4時間まで100円です。車とは違った休日旅気分を満喫しに、時には貴志川線に乗ってみませんか?


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by mako0491 | 2017-08-20 19:16 | アタマ記事

山崎亭が静かなブーム

山崎亭が静かなブーム。地元住民とNPO(非営利団体)、社会福祉法人などボランティアが軸になって、さまざまな交流から、新たな活動を生みだしている。ハード(古民家)と、ソフト(地域文化)の魅力から地域創生のきっかけになると期待される。

(市野 政子)

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県外からも客多い

 JR 粉河駅を降り立つと、すぐ右に赤茶色の土塀が見える。

100年の古民家山崎邸。その佇まいだけでも、癒される。

近代和風建築と呼ばれる貴重な文化財建造物。

今は、いろんな趣向を凝らして、人の交流の場、多彩な企画が予定され、折に触れ、地域はもとより県外からも、山崎邸を訪れる人が多くなってきた。

母屋は、1917(大正6)に棟上げされた。当時は第一世界大戦の影響で景気がよく、特に県内では紀北紀中を中心に綿ネルと呼ばれる綿織物の生産加工が繁栄し、全国でも有数の産地だったそうだ。

見どころは大広間

この住宅を建築したのは山﨑家の当主栄助及び次の代を担う栄吉である。

山﨑家は和歌山市に綿ネル生産工場を持ち、朝鮮半島方面への販売で財を成したと伝わっている。

この建物の一番の見所は、大広間。5畳の主座敷と10畳の仏間からなり、主座敷には床の間、違い棚、琵琶床、付け書院等の座敷飾りを備え、壁は、金唐紙を張り、天井は折上げ格天井などと豪華なもの。

壁に掛けられた先祖代々の写真が、今の山崎邸を見守っている。

この大広間に、いろんな企画で集う人たちが賑やかにしている様子をきっと、壁の額の中から、賑やかなことだと、喜んでいるのかもしれない。

昔は、きっと、この部屋で親戚一同が集まって法事や大切な行事等してきたことだろう。

回り廊下に庭木を眺め、龍門山が、居ながらにして眺められる大広間は、春の日差しなどあびると、お昼寝でもしたくなる空間だ。

畳がこんなにいいものだと、改めて気付かされる瞬間だ。

今は使用不可だが、お手洗いも贅沢な作りになっているのが如何に資産家の贅沢さがよくわかる。

また1階と2階にある傘天井の部屋や、和洋折衷の階段室に質の高い意匠を見ることができ、多くの良材が使われていることも魅力のひとつ。

部屋の押し入れの中壁に、明治の新聞が壁の補修に貼ってある。これは大切な時代の証だ。是非、必見。

お雛祭り華やかに

行事はいろいろあるが、特に春のお雛祭りの季節に、地元のとんまか通りの商店街の実行委員の方々たちが、毎日山崎邸に詰めて、お雛祭りが、盛大に行われている。

山崎邸は、玄関から各部屋、お雛様。またお雛様と晴れやかになる。

また西国三十三ヶ所観音霊所第三札所粉河寺へと続く参道の、とんまか通りの商店街は、両脇に、家の古くから伝わったお雛様を飾り、道行く人に見ていただこうと、街とともに華やかな季節になる


明治にタイムスリップ

729日には、紀州三大祭りの粉河祭りは、見ごたえがあり、是非おすすめ。

その他、山崎邸は、改造が少なく屋敷全体の構成も含めた保存状態が良いこともこの住宅の特徴である。  

一階に「 コミニティcaféHAJIMEが来られた方々とのコミュニケーションの場として、人気の場。

昔懐かしい雰囲気の中で、ゆっくり時間を忘れて、コーヒーを味わいながら、どんな人がここに住んでいたのか、土間の椅子に座ってぐるりと眺めながら、明治時代にタイムスリップをしてみるのも山崎邸の魅力..




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by mako0491 | 2017-07-06 02:47 | アタマ記事