「アルテリーヴォ和歌山」の女性GMー児玉さん
2015年 10月 17日
10月16日掲載
和歌山からJリーグ入り目指す
「スポーツで幸せの文化」担う
「紀の国わかやま国体」(9月26日~10月6日)が終わり、24日からは全国障害者スポーツ大会である紀の国わかやま大会が始まる。わかやま国体では惜しくも敗れたが、サッカー競技成年男子の和歌山県代表チームメンバーは全員「アルテリーヴォ和歌山」の選手である。今回はそのGM児玉佳世子さんに話を聞いた。
(中村 聖代)
【芸術と到達の造語】
「アルテリーヴォ」という名前は「アルテ」(芸術)と、「アリーヴォ」(到達)というイタリア語を混ぜた造語である。「和歌山からJリーグチームをつくる」という希望というか夢を持って結成されたチーム。そのGM(ゼネラルマネージャー)は、横浜Fマリノスのサポーターだった児玉佳世子さん。
彼女は結婚するまでサッカーに全く興味はなかった。元同僚の夫が小中学時代にサッカーをしていて家に大量にあるサッカー関連雑誌をどうやって処分しようかと考える程であった。
ある時夫に誘われて大阪の長居競技場でアウェイの横浜Fマリノス戦を観たのをきっかけに、すっかりはまってしまった。競技が始まるまでのお祭り気分・美しい芝生・応援する人たちの一体感を体験してその高揚感に魅せられたという。
【家族3人で楽しむ】
幸い二人の子供はおとなしく母親のサッカー熱に付き合ってくれた。というより3人で楽しんだ。夫が勤務で夜が遅いこともあり、飛行機や夜行バスでホームやアウェイの試合を観に行った。
そして次第に思うようになった「和歌山になんで(プロの)サッカーチームがないんやろ?」と。
【百年構想に共鳴】
1993年、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)が創設・開始された。1996年には百年構想を打ち出し長期的な視点に立った日本のサッカーレベルの引き上げ・サッカー文化の向上を目標に掲げ、さらに「JFA2005年宣言」を発表した。
児玉さんは、スポーツが町に文化として根付いているドイツに学んだ川渕三郎氏の提唱する「スポーツ文化の熟成を目指す」点に深く共鳴する。
老若男女いつでもどこでも誰でも、どんな種目でも、どんなレベルからでも、地元にあるスポーツクラブに行けば気軽にスポーツを楽しめ、仲間と食事をしながら語らいあう、そんなスポーツ文化を全国に作りたい。なのでクラブハウスと緑の芝生にこだわる。その具現化の核になればとJリーグは生まれたという。
ひとつの大企業がチームを支えるのではなく、まさに市民レベルのスポーツとしてサッカーがある。児玉さんは「Jリーグクラブのある町」のイメージがずっと前からできていた。
【NPO法人立ち上げ】
児玉さんは、児童福祉施設に勤務していた時に少年サッカーの指導をしていた昔の同級生と再会し、プロサッカーチームの立ち上げを考えていると聞き、協力することになった。
地元でJリーグの試合が見たい。NPO法人「和歌山からJリーグチームをつくる会」を発足した。2007年のことだ。
監督との交渉や選手の獲得、選手と会社との交渉といった事がメインのGM。支援してくれる団体の確保や広報活動も欠かせない。要はチームがきちんと練習や試合ができるように準備するのが主な仕事といえる。
【Jリーグへの道のり】
日本サッカー協会はピラミッド型のグループ分けがある。頂点にあるのは「JリーグのJ1」次に「J2」のグループ、その下に「J3」がある。Jリーグ参入には、昨年できた「百年構想クラブ」に認定されなければならない。「Jリーグを目指すにふさわしいクラブであるか」厳しい基準や条件がある。
アルテリーヴォ和歌山は、現在アマチュアの「関西リーグ」に所属し、9月には関西1部リーグで優勝した。続く全国地域リーグ決勝大会は最も過酷な大会だが、準優勝以上の結果を出すことができればアマチュアの最高峰である「JFL」に属せる。
ピラミッドの一番下に都道府県リーグがあり、関西でチーム数の多いのは、兵庫、大阪、京都、奈良、滋賀、和歌山の順で約800ぐらいある。全国にはJリーグへの加盟を目指しているのは30チームほどあって、アルテリーヴォ和歌山はJリーグに近いチームの一つに成長した。
和歌山県民である私たちは、もっとアルテリーヴォ和歌山について知り、スポーツで幸せになる文化を担っていこうではないか。
和歌山からJリーグ入り目指す
「スポーツで幸せの文化」担う
「紀の国わかやま国体」(9月26日~10月6日)が終わり、24日からは全国障害者スポーツ大会である紀の国わかやま大会が始まる。わかやま国体では惜しくも敗れたが、サッカー競技成年男子の和歌山県代表チームメンバーは全員「アルテリーヴォ和歌山」の選手である。今回はそのGM児玉佳世子さんに話を聞いた。
(中村 聖代)
【芸術と到達の造語】
「アルテリーヴォ」という名前は「アルテ」(芸術)と、「アリーヴォ」(到達)というイタリア語を混ぜた造語である。「和歌山からJリーグチームをつくる」という希望というか夢を持って結成されたチーム。そのGM(ゼネラルマネージャー)は、横浜Fマリノスのサポーターだった児玉佳世子さん。
彼女は結婚するまでサッカーに全く興味はなかった。元同僚の夫が小中学時代にサッカーをしていて家に大量にあるサッカー関連雑誌をどうやって処分しようかと考える程であった。
ある時夫に誘われて大阪の長居競技場でアウェイの横浜Fマリノス戦を観たのをきっかけに、すっかりはまってしまった。競技が始まるまでのお祭り気分・美しい芝生・応援する人たちの一体感を体験してその高揚感に魅せられたという。
【家族3人で楽しむ】
幸い二人の子供はおとなしく母親のサッカー熱に付き合ってくれた。というより3人で楽しんだ。夫が勤務で夜が遅いこともあり、飛行機や夜行バスでホームやアウェイの試合を観に行った。
そして次第に思うようになった「和歌山になんで(プロの)サッカーチームがないんやろ?」と。
【百年構想に共鳴】
1993年、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)が創設・開始された。1996年には百年構想を打ち出し長期的な視点に立った日本のサッカーレベルの引き上げ・サッカー文化の向上を目標に掲げ、さらに「JFA2005年宣言」を発表した。
児玉さんは、スポーツが町に文化として根付いているドイツに学んだ川渕三郎氏の提唱する「スポーツ文化の熟成を目指す」点に深く共鳴する。
老若男女いつでもどこでも誰でも、どんな種目でも、どんなレベルからでも、地元にあるスポーツクラブに行けば気軽にスポーツを楽しめ、仲間と食事をしながら語らいあう、そんなスポーツ文化を全国に作りたい。なのでクラブハウスと緑の芝生にこだわる。その具現化の核になればとJリーグは生まれたという。
ひとつの大企業がチームを支えるのではなく、まさに市民レベルのスポーツとしてサッカーがある。児玉さんは「Jリーグクラブのある町」のイメージがずっと前からできていた。
【NPO法人立ち上げ】
児玉さんは、児童福祉施設に勤務していた時に少年サッカーの指導をしていた昔の同級生と再会し、プロサッカーチームの立ち上げを考えていると聞き、協力することになった。
地元でJリーグの試合が見たい。NPO法人「和歌山からJリーグチームをつくる会」を発足した。2007年のことだ。
監督との交渉や選手の獲得、選手と会社との交渉といった事がメインのGM。支援してくれる団体の確保や広報活動も欠かせない。要はチームがきちんと練習や試合ができるように準備するのが主な仕事といえる。
【Jリーグへの道のり】
日本サッカー協会はピラミッド型のグループ分けがある。頂点にあるのは「JリーグのJ1」次に「J2」のグループ、その下に「J3」がある。Jリーグ参入には、昨年できた「百年構想クラブ」に認定されなければならない。「Jリーグを目指すにふさわしいクラブであるか」厳しい基準や条件がある。
アルテリーヴォ和歌山は、現在アマチュアの「関西リーグ」に所属し、9月には関西1部リーグで優勝した。続く全国地域リーグ決勝大会は最も過酷な大会だが、準優勝以上の結果を出すことができればアマチュアの最高峰である「JFL」に属せる。
ピラミッドの一番下に都道府県リーグがあり、関西でチーム数の多いのは、兵庫、大阪、京都、奈良、滋賀、和歌山の順で約800ぐらいある。全国にはJリーグへの加盟を目指しているのは30チームほどあって、アルテリーヴォ和歌山はJリーグに近いチームの一つに成長した。
和歌山県民である私たちは、もっとアルテリーヴォ和歌山について知り、スポーツで幸せになる文化を担っていこうではないか。
by mako0491
| 2015-10-17 16:12
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