わかやま新報女性面 (隔週金曜日)記事を発信-NPO法人「和歌山コミュニティ情報研究所」の女性スタッフが取材・編集を担当


by mako0491

雅楽―笙と龍笛

 塚田由里子さん・稲垣昭子さん

「雅楽」(ががく)とは千年以上前から主に宮廷音楽として伝承されてきた現存する世界最古のオーケストラであると説明される。それぞれの国で盛衰があるが、ここでは、宮内庁式部職楽部に伝わる日本の雅楽を「雅楽」として述べることにする。今回笙(しょう)の演奏、塚田由里子さん・龍笛(りゅうてき)の稲垣昭子(あきこ)さんに来てもらい演奏会が催されたので紹介したい。

  (中村 聖代)

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【塚田さんは元教師】

 塚田由里子さんは、東京浅草近くに生まれ育った。大学卒業後は、中高一貫の女子校の数学の教師をしていた。縁あって結婚。和歌山市に移り住んで13年になる。当初は、畑を耕し、野菜作りなどを楽しんでいた。

【雅楽との出会い】

あるとき市民会館で親子向けの雅楽教室があるのを知った。

 大河ドラマで東儀秀樹の篳篥(ひちりき)の演奏を見て以来雅楽に興味を持っていた由里子さんだが、東京で雅楽を学びに行こうと思っても、講座を開催している場所も少なく、受講料もとても高額であったため、当時は習いに行けなかった。

「十回の受講で500円、しかも楽器まで貸してくれるのです。和歌山ってすばらしい!」

 そのあと親子教室の参加がかない、観世流の小林慶三先生について能の仕舞と、謡も真剣に学び始めたところだ。

 今では笙をこよなく愛する演奏家である。和歌山雅楽会に属し、定期演奏会等にも出演するほか、近所の紀ノ川のほとりにある宇治神社で奉納演奏をする。毎年6月から行われる伊勢神宮での雅楽講習会の合宿にも参加している。

【お話会とのコラボ】

 ちいさな子どもたちに昔話を聞かせる和歌山むかしばなしの会「語りの森」の中で、合間に笙の演奏をすることもある。「遠い昔から伝わる曲を、笙が日本に伝わった1400年前と変わらぬ音で演奏することで、お話を聞く皆さんにも、遠い昔にタイムスリップしてもらうという気持ちで演奏させていただいております」。

【和歌山を愛でる】

 由里子さんは、紀ノ川や妹背山で独り舞いの練習し、悠久の歴史を感じることもある。和歌山県に移り住んできた人たちの方が、和歌山の良さに敏感なのかもしれない。

 また、今年3月に和歌山雅楽会の定期演奏会で舞人として舞台に立った。日本に伝わる伝統的な雅楽の舞をもっと身近に私たちの健康をサポートする体操に応用してはどうかとも考えている。面白い試みである。

 【天理教会の稲垣さん】

 龍笛を演奏する稲垣昭子さんは、名古屋出身。和歌山に来て21年になる。実家は天理教の教会。幼い時から雅楽に親しみ、笙をしたこともある。結婚式やお葬式には必ず雅楽が演奏され、天理教と雅楽は切っても切れない関係なのだ。

 昭子さんも和歌山雅楽会に属している。元宮内庁式部職楽部から直接指導を仰ぐこともあるが、雅楽会の先生は、ほとんどが天理教教会のひとたちなのだ。

【龍笛手となったわけ】

 昭子さんは、嫁ぎ先も天理教の教会だ。龍笛を演奏する人がいないのでお鉢が回ってきたという。今はとても龍笛を愛している。

 余談ではあるが、プロ並みのお料理、お菓子作りで、和歌山雅楽会のメンバーを喜ばせている。

【雅楽の世界】

 今回の演奏会では「涙そうそう」や「ジュピター」を聞くことが出来た。

 現代西洋楽の音程をひとつひとつ拾い、雅楽の音として作り上げる。大変な作業だったようだ。完成まで2カ月以上かかったという。

素晴らしいものだった。

 そのあと、雅楽や楽器についての説明がなされたので一部紹介しよう。

 雅楽の演奏は3つの要素、即ち管楽器(吹物)、打楽器(打物)、絃楽器(弾物)で成り立っている。笙・龍笛・篳篥は管楽器である。特に笙はリード部分に息の湿気で水滴が付くと、音が鳴りにくくなったり、接着剤の役目をしている蜜蝋と松脂の粘着力がなくなると調律が狂ったり、振動しなくなったりするため、必ず演奏前と演奏後に炭火(現在では電熱器など)で楽器を焙って温める必要がある。そうした手間ヒマが愛でる一因のようだ。

 また、雅楽は合奏ではあるが洋楽のオーケストラのように指揮者はいない。多くは相の手のような打ち方をする。

 よって、演奏者が各々で取る「拍子」が重要になる。そのためには曲を音声に置き換えた「唱歌」を手で拍子をとりながら、何度も何度も歌って覚えるのだという。故に、奏者相互の融和が最も大切な要素となる。

 昭子さんが龍笛の楽譜を見せてくれた。そして歌ってくれた。

 日本に伝わるこの優美な世界にもっと触れ、伝えていきたいものである。雅楽に必要とされる相の手、融和の世界を、私たちの日常生活にも取り入れるべきだと感じた。


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# by mako0491 | 2017-06-25 16:57 | アタマ記事

日蓮宗本廣寺と江戸千家の祖 川上不白

茶道の流派には、千利休直系の三大流派、表千家、裏千家、そして武者小路千家がある。その他にも数多くの流派があるが、今回ご紹介したいのは、江戸千家。

江戸千家の祖、川上不白は、享保4(1719)、紀州藩水野家の家臣川上家の次男として新宮市に生まれた。

16歳の時、京都にて表千家の中興の祖といわれる7世 如心斎のもとに入門した。

31歳の時、真台子の伝授を受け、茶道の中で重んじられる所作をすべて活かし、客人に茶を振る舞う動作の集大成)如心斎の命により茶道を広めるために江戸へ赴く。90歳で没するまで、江戸千家の茶道を武家階級や町人階級に広めた。

また、川上不白は、法華経(妙法蓮華経)の熱心な信者として、日蓮宗の寺院と仏縁が深い。生まれ故郷 新宮市の日蓮宗本廣寺には、不白が建立した「書写妙法蓮華経印塔」がある。和歌山県の文化財に指定されている。 79歳の高齢にもかかわらず、江戸より新宮に帰り、先祖菩提所の本廣寺の山内に法華経869384の文字を11石に書写し地下に埋蔵ししているという。

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本廣寺は、JR新宮駅から西方、千穂が峰の麓、熊野速玉大社から神倉神社方面へ徒歩5分のところにある。通称、寺社町。新宮市の歴史を感じられる街並みの中にある。更に、新宮城跡にも川上不白直筆の碑が建立されている。お父上が新宮城主、水野家の家臣であった由縁であろう。


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# by mako0491 | 2017-06-25 16:37 | お勧めスポット

和歌山大学硬式野球部、春季優勝、神宮大会初出場。歴史的一勝と8強進出。和歌山の野球界、スポーツ界は沸いた。私もひとむかしちょっと前に属していた硬式野球部。念願のマネージャーをしていた。その和大野球部が神宮。私がいた頃、千里のあの賢い大学に当時、地名をもじって「バカ山大学」なんて呼ばれていた。何せ大学偏差値ランキング表では、和大より上の、神戸大学、大阪大学、同じくらいかな?大阪府立大学、大阪市立大学などの当時国公立ひしめくリーグで、一部から降格して二部で優勝争いをしていたあの頃。その後三部へ降格して暗黒の時代も味わったとか。

 今はSNSで情報発信できる、受け取れるありがたい時代。神宮大会始まってから気づいた私は、いてもたってもいられず…外せる予定は外して神宮行こうとした前日、和大惜敗。一報を聞いて、連絡してみた。宿舎はどこですか?と。

大きな教室で講義していたが、授業でお世話になった当時若手研究者だった方が、どういうわけか硬式野球の部長をしていた。その部長に突如連絡してみた私。先生の授業受けた○○と申します…と。さすが温かい和歌山、来てええで~とお返事もらって、すぐに準備できるものをもって、いざ宿舎へ。宿舎に交渉したけれど、食事をアップグレードするなどは、発注リミットあってできなくて、こういう段取りができる心の余裕がほしいと反省した。

 300人の一人の私を先生は覚えているわけはないが、思い出話に花が咲き、夕食時間に若い若い部員、マネージャーと対面。もう、よくよく考えると、弟妹というより息子娘により近くなっている…この現実。入学した年を○○期というのだが、先生が期数をいうたびにばばあ丸出しになる私。言ったらだめ~~ばばあになるやん、というとても地域性の高いやりとりを東京のど真ん中の宿舎でしたのでした。

 野球部の卒業生、和歌山大学の卒業生、和歌山の皆様、現役、卒業生の部員マネージャーのご家族の皆様が一丸となった神宮大会。卒業してない私が一番狂喜乱舞していた気もしないではない。やっぱり、和大って和歌山っていい!!

 学生時代お世話になったスポーツ用品店の皆様にご挨拶すると人づてにお約束したので、涼しくなったころ秋リーグ、紀三井寺へ応援に行こう。そうだ、和歌山へいこう~

(田中 麻衣子)

※筆者は2年次修了退学し、別の大学を卒業している


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# by mako0491 | 2017-06-25 16:31 | 女の視点

シニアとゲーム楽しむ

地域の高齢者の方々にいつまでも住みなれた地域でいきいきと健康でいられるようにと、看護学生が軽い運動などを考えてお話しさせていただく機会があり、私も一緒に御坊市にある地域の高齢者サロンにお邪魔させていただきました。

学生たちの話があるというので、わざわざ小雨の中、タクシーに乗り合わせて来て下さった方々もいて、学生の教育はこのような温かい地域の方々に支えていただいていることを本当にありがたく思う毎日です。

 学生の話のあとは、日頃、皆さんが楽しまれているゲームを一緒にさせていただきました。それは道具も手作りで、大きなレジャーシートに40個ほどの数字が書かれたマス目が的になり、その的を目掛けてパターゴルフのようにボールを5つほど転がして、ボールが止まった的の数字の合計を競うというものでした。

またそのボールが角のないサイコロのような形をしているので、思った方向に転がらず、その力加減もなかなか難しいのです。

学生も私も一緒に真剣に取り組んでみたのですが、サロンの方々には全く歯が立ちませんでした。「なかなか思う通りにいきませんねえ」と苦戦している私に、サロンの皆さんが「そうでしょう、人生とおんなじよ」と笑っておっしゃるのです。さすが、人生の大先輩です。 

その言葉になんともいえない重みを感じている私を不思議そうに見ている学生たちの若いまなざしもまた印象的でした。

 そういえば、私もこの学生たちの頃は、そんなことを考えもしませんでした。学生たちの2倍の人生を生きている分の経験の差なのでしょう。そのまた私の2倍近い人生を生き抜いてこられたサロンの方々のように、美しい笑いジワが似合うように歳をとりたいものです。

(石井 敦子)


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# by mako0491 | 2017-06-25 16:27 | ヒト交差点

『まねきねこがっこう』

『まねきねこがっこう』きたあいり作



PHP研究所 2015年 1404円対象年齢:年齢に応じて読むことができます。

(読んでもらうには)4歳から(自分で読むには)5歳から大人まで 


 ●○あらすじ●○ある街のラーメン屋さんはいつもガラガラ。店長の親父さんは無愛想だし、壁のビラは剥がれているし、天井には蜘蛛の巣があります。店はどんより暗~い感じです。その店先にいるのが招き猫のにゃん吉。にゃん吉は今日も親父さんに怒られています。「今日もお客さんが来なかったぞ。この役立たず」もちろん、にゃん吉は思います。(僕だけのせいにしないで欲しいにゃん……)でも、実はにゃん吉は怠け者。招き猫にもかかわらず、腕をあげるのはしんどいとダラダラしていたのです。

 そんなある日のこと、猫型の紙が飛んできて、にゃん吉のおでこにピタッ。すると、体が勝手に裏山に向います。そこには招き猫の先生と半人前の招き猫達がいました。「一週間、みっちり特訓するから覚悟するように!」みっちりと、講習と実技訓練を受けました。

 次の日、にゃん吉は初めて筋肉痛に。お店には店長と女将さんだけです。「アイタタタ~誰も見ていないし、腕をおろしちゃおう。学校も休むにゃん」ところが、真夜中になると足が勝手に学校の方へ動きます。先生はカンカン。「サボるとは何事じゃ!わしらは幸せを招くのが仕事じゃ。そんなんじゃ、立派な招き猫になれんぞ」にゃん吉は言います。「招き猫より自由に動ける猫に生まれたかったにゃん!立派にならなくてもいいにゃん。」先生は立派な招き猫になれば、本物の猫になれると教えます。本物の猫も話しかけくれました。頑張って損はありません。

 シコ踏み、腕立て、と一週間頑張りました。その後、にゃん吉は一生懸命働きました。店は大繁盛し、親父さんと女将さんにも笑顔が溢れます。「ご苦労さん」と頭もなでてくれるようになりました。にゃん吉は満足に思います。(猫に生まれ変わるのはもっと先でもいいかにゃ~)自信に溢れた表情のにゃん吉に元気をもらえますよ♪(浦田ひろみ)

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# by mako0491 | 2017-06-12 17:18 | 絵本この一冊

ダンスチームエネルギー全開

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10回 「南紀海彩まつり」が今年も5月の第三日曜日、新宮市の新宮港をメイン会場に、スーパーセンターオークワ南紀店をサブ会場として、ダンスの祭典がおこなわれた。3月から実行委員会のスタッフの方と話す機会があり、心意気のスゴさとそのエネルギーの源を知りたいとまつりの後、実行委員長の北道さんにお話を伺った。(玉置ひとみ)。

大人と子供が一緒に

実行しているのは、新宮市で活躍しているダンスチーム『Team雅龍』

Team雅龍の発足は、2002年。当時子どもが踊れるチームは少なかった。大人と子どもが一緒に踊れるチーム作りを目指したという。

その年に北海道で行われた『よさこいソーラン』に出場したことを契機にダンスの魅力にはまり、メンバーの士気は高まり、とぎれることなく現在へと続いているのだそうだ。

大人と子どもが一緒に作り上げることで、子どもは、自然に挨拶ができるようになり、礼儀正しくもなる。更に身近にいる大人を見て目標を持つことができるので、しっかりとした将来を意識することもできる。確かに、会場での皆さんの行動は、指示も動きもとてもスピーディーだと感じた。

会社員が支える

メンバーの大半は学生だそうだが、10代から60代まで40人ほどで構成されている。

中心を支えている人たちは会社員。平日の昼間は仕事をして、夜に企画会議や練習をしている。練習は主に、市内の神倉小学校の体育館や福祉センターで行っているそうだ。

振付メンバーで

衣装をよさこいの本場、高知県で作ってもらっている以外は、ダンスの振り付け、選曲などすべてメンバーで作り上げているという。

『南紀海彩まつり』も、最初は、紀伊半島で活躍するダンスチームの発表の場にと、ただただダンスの祭典だけにしていたようだが、だんだんマンネリ化し、更に見物客も少なくなつた。ミーティングを重ねて、地元商店や地元プロのミュージシャンに参加依頼をかけ、規模を拡大されたそうだ。

舞台の設営も総て

 今年も招きするために、Team雅龍の皆さんは、昨年の6月から準備を始め、ボランティア団体のため資金作りに1月から3月は、協賛月間として、地元企業や商店を回って協賛金を募り、開催日が近づくと、港の草地をメンバー自ら草刈りをして駐車場を作り、舞台の設営も全ておこなったという。

42チームが参加

 今年の南紀海彩まつりは、県内外から42チームが参加された。

 大阪府、和歌山県は和歌山市、串本、粉河、田辺

新宮、那智勝浦町。愛知県は、名古屋市、知多市。三重県は、尾鷲市、津市、伊勢市、鈴鹿市、紀北町、紀宝町。奈良県は十津川村。と前日から観光を兼ねて来られた方や早朝に出発して会場へ来られた方々など。順位など付けないのに、ただ純粋にダンスを見てもらいたいだけだそうだから、熱意に驚く。

 まつり終え、熱気も冷めやらない夜のインタビューにもかかわらず、快くお引き受けいただき、一通り聞き終えた後の雑談で「これから帰ってから会計報告をまとめます。各企業や商店の皆様のご支援への感謝の気持ちを結果報告として少しでも早くお伝えしたいので」とおっしゃっていた。今後も地域を盛り立てていきたい。『南紀海彩まつり』にゴールはない。ずっと語り継いでいきたいと。どこまでもエネルギッシュで、ピュアで。もう次への目標に向かって進まれていた。


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# by mako0491 | 2017-06-12 16:08 | アタマ記事

健康ナビ6・9

健康ナビ6・9

「延命治療拒否」を決断する時

  

検査入院結果報告に親族代表として立ち会う経験なんて過去に一度もなかった。自分がその代表に選ばれたのは、患者の兄であったからだ。報告というより「告知」そのものが行われた。病状診断した担当医師2人から丁寧で心配りが痛いほどよくわかる報告があった。

告知された病名は、「筋萎縮性側索硬化症」であった。説明は情を交えず客観そのもので、患者本人にとって「酷すぎる」とさえ思えた。医師のつらい役割なのだろう。一般に「筋萎縮症」と言われ、だんだんと筋肉が衰えていく難病とのことであった。

「現在は治療の方法がありません。症状の進行を遅くする方法はあります。しかしこれからどこの筋肉に症状が出始めるかにより異なり、今は左手の筋肉に出ているが、それが心臓や、肺の筋肉に出始めた時は多くの問題を医師も、患者も、親族も抱え込みます。

心臓にペースメーカーを埋めたり、呼吸を助ける器具を体につけたりできますが、この延命治療の器具を『今、取り外せ』と誰が決断するのでしょうか。それは医師の判断の範囲を超えてしまっています。即・臨終を意味するからです」

担当医師は、最後の所で、そのことを患者本人に、奥さんに、親族代表に理解しておいて欲しかったのだろうと思いました。

「延命治療はお断り」と書き置くことは簡単です。しかし延命治療の定義を克明に記すことは難しいでしょう。弟にはまだやりたいこともあるでしょう。社会的地位も、相続財産も有ります。癌の告知なら延命治療を続けながら完治に至る確率が高いでしょう。 

貴方がこの患者なら残された一生をどう生きますか。弟は普段通り、田舎の里道を明るい顔で散歩しているそうで、病状も変わらず安心していますと、奥さんから私の家内に連絡が有ります。一番苦しいのでしょう。

(久山 稔)


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# by mako0491 | 2017-06-12 15:53 | 健康ナビ
視点掲載6.9
正しいことが正しいといえる世に

  西の方で「忖度」とか「ご意向」とかいろいろあるらしい。気にはなる。埋まってる廃棄物の影響って、本当にないのだろか。豊洲の市場では、何百倍って基準値を超えているようだ。  

 報道の自由、言論の自由。ジャーナリストや記者が集めた資料や情報が毎日紙面やネット、テレビを通して目にする。ふと、思う。出てきた資料が存在しないって、どういうことなのだろう。調査の結果、ありませんでした。という霞が関のお偉方。ではあれは何だろう。ん、偽造か…  

 最後は事務次官を務めた女性が検察の偽造偽造によって自由を奪われた。組織の中で、意思決定する時には見えない力が働くことをまざまざと見せつけられた事案だった。 
 あれから皆、何も感じなかったのだろうか。 いち組織に属するものとして、潔白であろうとすればするほど、正しいことをしようとすればするほど、足を引っ張られる感覚がある。
 
 次元が低いとお叱りを受けるだろうが、人事評価を得るために他を蹴落とす、頑張っている人を陥れる、頑張る気持ちを削いで自分を高くおこうとする輩はいる。私の周りにうようよ、いる。 あるものをない、あるものをないことにする、あったものをなかったことにする、これらすべてに「忖度」や「ご意向」を感じるのはきっと私だけではないはずだろう。 

 そうした汚れた部分を見えないものとして、あえて言う。日本を強い国にするからには教育。その通りだと思う。じゃ、早く完成させてしまえ!!優秀な人材を輩出して世界に通用するようにしてしまえ!!日本経済が安寧となる特許や技術を確立してしまえ!!あーだこーだ言われる前に協力に推し進めてしまえ!!なんだか、55年体制時代の政治家が頭に浮かぶ。結果的に彼等の牽引力は素晴らしかったということか。 腑に落ちないけれど、正しいことが正しいといえる世の中であれ。                  (田中 麻衣子)

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# by mako0491 | 2017-06-12 15:27 | 女の視点


ボランティアに輝く毎日

林 多恵子さん

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 林 多恵子さんは、和歌山市内の小学校教師を退職後、よみきかせや国際交流センター・YМCA日本語科でのボランティア活動に忙しい日々を送っている。少子高齢化の現代社会、健康で生き生き輝く毎日を送りたいと誰しもが思う。我々も彼女の生活を横に見ながら、自分の居場所や、やれることを見つけて社会に関わっていきたい。

(中村 聖代)


 林 多恵子さんは、市内に生まれ吹上小学校、西和中学校、桐蔭高等学校を経て和歌山大学教育学部に進んだ。

 人材の多くが県外に流出する和歌山県であるが、多恵子さんは和歌山で働くことを望んだ。大学卒業当時、和歌山市では中学校の英語課程の採用枠は無かったが、小学校課程の枠が多くあった。多恵子さんは近くの小学校に正式採用されたのだった。

【教師時代の失敗】

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日本語クラスは様々なコースが

 教師である多恵子さんは、子どもたちから学ぶことも多かった。今でも心に残ることがあると言う。子どもの声にきちんと耳を傾けるべきだったと。

 それは着任1年目の話だ。カレーを残したいという子どもがいた。何故かと思いつつ、「がんばってもう少し食べよう」といった対応をした。そうしたやりとりがあったあと、懲りずにまた残したいと言ってきた。どれだけ食べたのかと見に行くと、その子の食器の中には溶けずに残っていたカレールーの塊があった。現状を見ずに判断したことを猛反省した一件だった。

【年下の夫との出会い】

 教師生活を続けていると自ずとベテランになる。多恵子さんが30歳になった頃、若干23歳の男性が補助教員として着任してきた。「声も小さいし、頼りないな。大丈夫やろか」多恵子さんの母性本能がくすぐられた。その彼は十年後、生涯の伴侶となった。

 結婚後1年目、41歳にして一児の母となった多恵子さんにとって、教え子が出産・育児の先輩にあたる。出産祝いに来てくれた教え子が3児の母となっていたり、クラスの子どもの保護者がかつての教え子だったり。ここでも本当に教えられることが多かった。

【定年退職後の日々】

 平成17年、54歳になった時に小学校を退職。それから次の人生が始まる。よみきかせグループ「言の葉」として幼稚園・小学校・書店などを訪れる。

 JAF(日本自動車連盟)和歌山支部にて「ドレミぐるーぷ」を立ち上げ、子どもたちに交通安全指導を行う。国際交流センター「おはようクラス」では日本語の勉強や日本文化の紹介を行う。

 そしてYMCAでの活動。日本語を学びに来た学生たちが、放課後に1対1で会話の練習をする相手として多恵子さんのようなボランティアがいる。

 1週間に1度、1時間程度のコミュニケーション。言葉が通じなくても紙に書いたり、身ぶり手ぶりで何とか分かりあおうとする。お互いの気持ちが分かりあえた時の嬉しさ―そのために頑張る。

「『今日何を食べた?何か困っていることはない?』といった簡単な日常会話をするのですが、親密になると情がわいてきて、彼らの母親になったような気がしてーハハというよりオバアチャンでしょうか?」

【文化の違いを超えて】

 日本語クラスは様々なコースがあり、2年間であったり1年間であったり、もっと短い期間も、途中で帰国することもあるが、これまで16人の学生と交わってきた。

 こんなこともあった。感謝の気持ちとしてボールペンを贈られた。が、包まれていたのは黄色と白の水引のかかった金封であった。風習を知らない外国人はリボンのようなものが付いている封筒がプレゼント用として最適だと思ったのだろう。多恵子さんは有難く頂戴するとともに、日本で暮らすなら、と水引の色や形の違いによる用途を説明したのだった。

 文化の違いは様々あれど、同じ人間同士分かりあえることができる―多恵子さんは今日もボランティアに向かう。


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# by mako0491 | 2017-05-30 13:10 | アタマ記事

初めての調理実習

緊張した面持ちで調理実習前夜を迎えたわが子。教科書を開いて実習の予習をしていた。

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平素、時間がないため下手に手伝ってもらって余計な手間がかかるなら、テレビでも見ていてくれたほうがいいと手伝ってとあえて言わなかった私。そのほうが早いし、イライラしなくてもいいし。自分でコントロールできることを優先してきた。

それは同時にわが子をキッチンから遠ざけていた。ベビーゲートをつけていたのは本当に「赤ちゃん」のころだけで、ゲートを外して以降は、近づくな!オーラを漂わせてバリアを張ってきた。CMしている防虫剤以上の効き目があるらしく、料理している片づけをしていると寄ってこなくなった。

そのせいで、わが子ことって「家庭科」、しかも「調理実習」は緊張することこの上ないことになった。なぜ、こんなことに緊張するんだろうと私には理解不能だけれど、わが子からしたら何もかもがわからないこと、ばかりの教科が「家庭科」。ちょっと、いやふた昔、干支2周り分遡ってみた。

いたいた、クラスにとても不安げな子が。当時の私にとっても理解不能な同級生。わが子のような状態だったのかな…もっと優しくしてあげればよかった。小学5年生に戻った私は反省しきり。

調理実習に限らず、天性の負けん気で大概のことはできる、しかも上手にできるレベルを維持していた幼少期。できないことが理解できなかったあのころ。トゲトゲしてたな、私。わが子を通して、これもわかったこと。

前夜の教科書開いて、座学した授業の復習。翌日やることを一通りやってみた実習の予習の甲斐あって、無事に「卵」と「ホウレンソウ」を「ゆでる」初の調理実習は終了。帰宅したわが子に聞いてみた。「どうだった?」「うん、○○さんに教えてもらいながらやったー」え、えーー、実習の予習していったのに?のど元まで出かかったが、ぐっと我慢した。ミッドサーティ、わが子の鍛えがあってまたひとつ体得した。

(田中 麻衣子)


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# by mako0491 | 2017-05-30 12:26 | 子育て

日中友好、庶民レベルでは・・・

9年前の519日は、四川省大地震の日。

私たちは、四川省南充市蚕糸学校とお付き合いがあった。

地震が少ないと言われている中国での大地震というのが信じられなかった。

また、レンガを積み上げた家が多いので、地震には耐えられないだろうとも思った。

卒業生も沢山、日本で働いていて、彼女たちに連絡をとり、家族の無事を確認したが、犠牲者がなんと多かったことか。

和歌山駅頭で、マイクを握り、四川省大地震災害の募金に立った。日中友好コミニティーかいこ倶楽部として、募金箱を持つ人、地声で訴える人、みんな中国のことではなく、自分のことのように募金活動に、力が入っていた。

マイクを通して一日中しゃべるのも、エネルギーがいる。

通りすがらの、中国人の方が、日本人が中国のためにあんなに募金活動をしてくれているのにと、10.000円を入れてくださった。

中国の方が、声をかけてくれて、その場で、一緒に私たちと募金活動に立って参加してくれる人もいた。

中国と日本での国境線なんてないですね。心が一つと感じた。

国は違っても、じっとしてはおれなかったが、駅頭に立って、みんな心配しながら、募金に応じてくれた人、一人一人の温かい気持ちに感謝💓

二日間で、140.000円ほど募金をいただいた。

中国大使館へ振り込みをすませ、地元誌で、みなさんへご報告をした。

温かい気持ちに、私たちのほうが、心うたれたものでした。

日中友好、国レベルでは、微妙で難しいことが多いが、庶民レベルでは、面子も関係なく、みんなお互いを思いやる大切なお友達だ。

(市野 政子)
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# by mako0491 | 2017-05-30 12:09 | ヒト交差点

息子夫婦から学ぶもの

 民族大移動の大型連休も過ぎ、ここ熊野もやや落ち着いてきた。

我が家にも長男夫婦と孫が来てくれた。関東から一歳になったばかりの子どもを連れて長旅をしてきてくれたことに有難いという思いしかない。

我が夫婦もいい舅、姑を演じようとは思っていないが、ふだん独りで頑張っているお嫁ちゃんに少しでも気楽に過ごしてもらいたいと話していた。

孫に健やかな成長を期待するのなら、そのお母さんが健やかでいることが大事。その環境はやはり周りが作り出すことでないのだろうか。

なにより、息子は家族を持って笑顔が増えた。二男が兄の結婚式の時言っていた。「俺は一生独身でいようと思っていた。でも兄貴の幸せそうな笑顔を見ていると、家族もいいなと感じた。なにより一緒に育ってきてあんなに笑う兄貴を見たのは初めてだ」と。

おいおい私が作った環境はそんなに悲惨だったか?う~ん。どうひいき目に自己採点してもやはり反省する点は多い。

息子夫婦から学ぶものは多い。穏やかに二人で協力して子どもに接している。最近は、男性も育児に積極的に参加をするイクメンが多いそうだ。 

息子もよく子どもの面倒をみていると思うが、それでも育児の負担は女性にかかっていると感じる。

お嫁さんには、口を出さず、お腹いっぱいご飯を食べてもらうことを心掛けたつもりだが、やはり気を遣っただろう。いたらなくてごめん。と心の中で謝る。





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# by mako0491 | 2017-05-30 11:57 | 女の視点

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近畿各地の和歌山に似たエリアで、地域活性化に努力するまち・ひとを紹介、和歌山各市町村のまちおこしのヒントにしたい。今回は兵庫県明石市の江井ヶ島海岸のケースを取り上げてみよう。

(中山 まり)

明石市の海岸線(ビーチライン)活性化を目指す実行委員会が主催した、江井ヶ島海岸まつりが4月下旬、「ながさわ明石江井ヶ島酒館」で開催された。和歌山から紀伊水道を通って、淡路島の北端の向かい側にある瀬戸内海に面した明石は、海岸線が長く、和歌山エリアに近似する点もあり、まちおこしの参考になる。

手作り雑貨など販売

江井ヶ島海岸まつりは、毎年恒例となり、今回は6回目の開催である。ステージでは、地元の多様なミュージシャン達による演奏や明石発のご当地アイドル「YENA☆(イエナ)」の元気溢れるライブなどのパフォーマンスがあった。明石の地ビールの販売や西灘の地酒の飲み比べ、明石たまご焼きなど地元の特産品を販売するフードブース、クラフターによる手作りの雑貨や洋服、手作りジャムやクッキーなどを販売する「はないろプチマルシェ」などの店舗が出店していた。イベントには地元の人々が多く来て賑わった。

地元のバスと連携も

地元を盛り上げるために地域に根差したまちおこしイベントを企画されるに至った経緯について、主催した明石ビーチライン活性化実行委員会の事務局を務める西海恵子さんにお話を伺った。

このイベントを開催しようと思ったきっかけは、9年前に、江井ヶ島にそれまであった海の家が閉鎖され、海の家やライフセーバーもいなくなり、海水浴場でなくなったことだった。「キレイな景色もある江井ヶ島をなんとか住民の手で盛り立てていきたいと思いました」と恵子さん。江井ヶ島は小規模であまり知られていない分、白い砂浜もキレイで自然も美しい。

第1回は、江井ヶ島沿岸の砂浜地帯でステージを設けて開催した。「景色もすごくキレイなので、淡路島や海、空をバックにして砂浜にステージを設けました」。海岸には電気もなく、機材を運び込むのに苦労して、ステージの設営や撤収も大変だった。

人や車の出入りが多く、混雑して、海岸地帯に駐車場もなかったため、その後、江井ヶ島海岸に面した「ながさわ明石江井ヶ島酒館」に場所を借りて開催するようになった。来場者のために、地元のコミュニティバスTaco(タコ)バスが連携を申し出た。

お金はかけず、皆持ち寄りで行っている。明石ケーブルテレビの企画したご当地アイドルからも、出演の希望があり、無償で、明石を盛り上げる歌を歌ってくれる。イベント関連で知り合った出店店舗も、出店料を支払うことで、運営に協力している。会場のながさわ明石江井ヶ島酒館も場所や機材を無料で提供している。まちを盛り立てていこうという地元の人の熱意や善意で支えられている。 

若い人が喜んだ

「当初、続けるのはしんどいし、止めようかという意見もでました。でも一回目で、ものすごく喜んでいる方が多かったので続けようと思ったのです。特に、江井ヶ島に引っ越してきた若い人が喜んでくれました。友人にも自慢したいいい景色だけれども、これまでこの地域で、みんなで楽しめるようなことがなかったので、こんなかイベントがあれば、招待しやすいと話してくれました」。

「みんな明石が大好きなんです。地元のアーティストは、特に明石の歌と言わなくても、地元を盛り上げるためにオリジナルの曲を作ってくれるんです」。

その努力や想いが伝わったのか、来場者は増加し、コミュニティバス「Tacoバス」は、当初の50人から、今年は300人と利用者数を伸ばしている。

 

和歌山にも関心

今後の活動として、明石ビーチライン活性化実行委員会側で、日本の他の海岸地帯とのコラボレーション企画など考えているかと質問すると、「和歌山でも呼んでいただけたら行きたいと思います」。

現在、明石市に、海の家ができるように海岸を整備してほしいと要望を出している。しかし、そのためには、このまま静かで、穏やかな江井ヶ島がいいという住民との折り合いが必要で、「このようなイベントでムーブメントが大きくなれば、海の家や海岸も整備され、今後人も集まることもあると思います」。

 コミュニティ主体で、まちおこしのイベントを市民自らが企画し、実行し、積極的に参加してうまく機能している一例として和歌山各地の活性化に大いに参考になると思われる。何よりも市民たちが住むまちを自分たちで盛り上げていこうという強い想いでつながっていることが印象的だった。


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# by mako0491 | 2017-05-18 21:06 | アタマ記事

女性の愛と性

 インターネットでSNSやブログなどで各自が好きな情報をアップすることが当たり前になって久しい。 

 役に立つ情報がある一方、誹謗中傷はおろか、箸の転んだことのどうでもよいたぐいも数限りなくある。

 先日ふとしたことで、今とても話題になっているブログを知った。彼女は自称慶應大学4年の女性。東大・京大・一橋・東京工大・早慶と医学部医学科のほかは超イケメンなら明治立教に限る男性たちと、出会い系サイトで知り合い、彼らとの情事をブログで発信している。その数はすさまじいものがある。

 下ネタ言葉を連発。「膣きゅん」するのは先述のエリートのみ。自らを「膣ドカタ」と呼び、性交に至り満足すれば「優勝」。引いてしまえば「砂漠」とか、独特の言い回しをする。

 その正体は不明で、本当に在学生なのか、女性なのか?マスコミにも取り上げられたらしい。

 日本社会はいつのまにか性革命を経験し、性と愛が分離した。愛がなくても性を経験できることに気付く。

 ひと昔前は、性的に自由な女性は、ふしだらでけがれた女性とみなされた「性=人格説」がまかり通っていたが、これがなくなったのだ。

 愛のないセックス、複数恋愛、夫以外とのセックス、いとも簡単に出来る世の中になった。

 私たちの常識では「男性が能動、女性は受身」と思っている。動物の世界でもオスが求愛し、メスは受け入れるかどうかを選択する。古今東西そういうものだと思っていた。

 がしかし、ついに女性が主権を握るようになったのか?先のブログも今は「怪物」扱いされているが、性の世界にも主体が入れ替わることも普通の世界になるのだろうか?

 いずれにしても私自身は性に関しては、ついていけない世の中になってしまった。

  (中村 聖代)


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# by mako0491 | 2017-05-18 19:51 | 女の視点
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「第一回 天野・花祭り」開催

「わかまなび」サークルというのは、和歌山大学を中心に・県立医科大学・信愛女子短期大学・高野山大学等の学生が連携して、社会教育・生涯学習をベースに、地域起こしを目指して作った研究サークルです。

 このサークルが最初に取り組んだのが、丹生都比売神社を核とした「天野の里の宝を発掘し、地域再生・活性化を目指す」ことでした。

彼らは、去る3月3日開催された、和歌山大学の主催の「クリエ・フォーラム」(学生の創造性を育てる活動)で、この天野地域での活動を、展示パネルを通じて発表していました。 数あるニュース性豊かなテーマの中で、地味ながら興味を引く報告でした。

たまたまそのフォーラムに出席していた私(和大OB)は彼らの活動に強く共感しました。その後彼等とのメールの交換が始まり、この「天野・花祭り」へのお誘いを頂いたわけです。 参加して私は多くの楽しさと今後の生き方の教訓を得ました。

中でも「天野の里」の自然や歴史・文化に魅せられ、他府県から移住されている複数のご家族のお話。学生たちの、参加者に対するサービス活動のチームワークの姿。さらに深まった「天野の里の持つ宝」の知識、それに加えて、地域の人たちの「天野の里づくりの会」の意気込み、等々。それを感じながら素晴らしい一日を過ごさせて頂きました。

 花見の会ばかりでなしに、場所を「天野地域交流センター」に移して開いた参加者35名余りの自己紹介と意見発表は地域と世代を超えて、新鮮で興味深いものでした。6月には「蛍の乱舞・鑑賞の会」も地元で企画されているようです。

(久山 稔)


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# by mako0491 | 2017-05-18 19:30 | ヒト交差点

 人生の「逆さ年表」を作ってみよう       オトコの独り言


前回(324日)は、将棋の名人とコンピュータソフトの戦いで、生身の人間が負けたことにかこつけて、日常生活上の問題解決は、多くの所でコンピュータソフトとロボットに任す時代が来たのかと、その不甲斐なさと不自由について独り言をした。今回は人生の「逆さ年表」を作ってみようという提案である。

(久山 稔)

 

逆さに書いてゆく

私の知り合いに「近未来小説」作家がいる。何から書き始めるのかと尋ねたら、「まず未来のある時点を設定し、そこを第一行目とし、未来から現在、それから過去へと遡っていく年表を作る」と言う。

通常の場合は、例えば自分史を書き残そうと思えば、自分の誕生日の状況を一行目とし、現在に向かって綴っていくだろう。それを逆さまに書いていく過程で、未来のある時点の自分や社会の姿の在りたい姿を仮想し創造し、構想が固まるという。

 早速、自分史を書くつもりで、あと十年生きるとしてその逆さ年表なるものを作ってみた。

面白いことに、過去の時点での人と人との出会いが基で、現在の自分の姿があり、未来の自分の姿はこれからの人との出会いで作り上げられていくのだと実感した。


バンドで施設巡り 

私は現在、あるフォークバンド・グループでウッドベースを受け持っている。ボランテイアで福祉施設めぐりなど行っている。しかしそんな事よりも、10年後の自分の演奏技術のレベルをもっと高い水準にまで引き上げれば、さらに深く音楽を楽しめるという思いがある。その時の自分の姿を想像し、そこからの逆さ年表を創ってみたのである。 

どんな時点での師となる人との出会いが10年後の自分の姿を創りあげるのか、それは神のみぞ知る世界かもしれないが、その過程こそ自分にとって貴重なのだと自覚した。自分に出来ることは、自分の生きて来た場と異なる世界の方々に人間関係を拡げ、そのどこかに面白い人生の変節点が生まれ出て来るという事を信じる大切さに気付いたのである。


時には右に、左にまわり 

誰しも自分の一生を悔いなく終わりたいと思っている。私はあと10年の時点では90歳を超える。この10年の過ごし方の目標がこの逆さ年表が一つのレールを示してくれていると自覚した。時には右に逸れ、左に曲がり進むかもしれないが、どんな位置に今自分が居るのかは分かるのではと思っている。

 将棋のコンピューター・ソフトは過去の多様なデータを基本に次の手を決定するのだろうが、生身の人間の方は幸せな未来の自分の姿・社会の姿を目指して、自由に選ぶ楽しさを目がけて次の手を考えるのだ。

 技術の進歩は、所詮、技術の進歩の世界で、生身の人間の心の感性の世界は越えられない。いくら人工頭脳の世界が進もうとも、所詮そこは過去の知識の積み重ねの統計手法が生み出す技術の世界だろう。「喜び」という感性の世界とは異質だ。

 

感性求める権利と尊厳

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ユニセフという組織の公報がテレビ画面に映し出す、あの餓えた小児の澄んだつぶらな瞳を見る時、「彼らにも未来を夢見ている幸せ感があるだろう。今この世に生きる人間一人一人に平等に、この感性を求める権利と、尊厳が有るはずだ」と思う。  


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# by mako0491 | 2017-04-25 13:07 | アタマ記事

4.21人交差点

エキストラそれとも女優?

人生も折り返し点を過ぎて、残りのページに新しい項目を加えたいと思い、エキストラ登録をしてみました。

 同時に二つ。一つは事務所での登録。登録料が安いものを選びました(初回だけ、更新料不要の5千円)。もう一つは登録はメールアドレスのみ。自分でエントリーするので費用は一切かかりません。

 さて、事務所からエントリーしても良いかの連絡が数回ありましたが、日程などが合わず流れていたのです。エントリーというのは、広告やテレビ・映画出演などで、条件に合う人を事務所側から推薦するものです。

 当然、関西にいくつあるか分からない事務所からの複数エントリーのため、選考されるとは限りません。この方法ではギャラが発生します。

 二つめのメールエントリーは、別件です。この案内を見る限りは、その他大勢的な案件が多く、ギャラはおろか交通費もなく、全くボランティアです。お弁当がでることもあるようですが、長時間拘束される場合に限ります。有名人に会えるというだけ、思い出つくりにはいいかも知れません。このメール案件は見るだけです。早朝は定番のようですし、夜遅くまでと言うのも多いので無理。

 私は、事務所の登録直後、福山雅冶の映画でエントリー応募しましたがダメでした。かなり朝早くしかも遠い京都の山奥にもかかわらず、ボランティアでもいいと思う方は相当数いらしたのです。

 ついこの間初回エントリーで選ばれ、京都の老舗結婚式場に行ってきました。そこでの体験を。

 役は「花嫁の母」ということでした。当然「花婿の母」もいます。控室でその方のお話を聞きました。 

 彼女は大のベテランでいくつものエキストラ出演をしています。主にテレビの再現ドラマやひな壇に座るということでした。この春からレギュラー出演もあるとか。彼女いわく、

「演技とか、容姿とかより、時間の融通がきくから重宝されるのよ」。「ひな壇ではユニークな体験や赤裸々な話ができるひと」だとか。ギャラは振り込まれるけれど雀の涙程度、細かく確認する人は事務所に敬遠されるらしい。

 初体験で結局花婿の母になり、大手結婚情報誌の何号に載るのか不明。選考されたといってもギャラは本当に僅かで二ヶ月後ということでした。が、いい経験ができました。

   (中村 聖代)


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# by mako0491 | 2017-04-25 11:52 | ヒト交差点

urata siten

まちなかに大学目白押し

4月1日、イオン付近まで部分的に開通していた第二阪和国道が全線開通しました。「和歌山市から大阪府岬町、さらに泉南までスムーズに行けるようになる」、ということで、家族でドライブに出掛けました。

新しい景色を見ながら、初めて和歌山大学に来た時の風景を思い出しました。乗客がどんどん減っていく電車の車内。何度も通過するトンネル。ようやく着いた駅から見た「ようこそ和歌山へ」の看板。数十年前、電車で大阪市から和歌山大学に行くのに2時間半程かかりました。

まず、大阪環状線に乗りJR新今宮駅へ。南海電車に乗り換え、約1時間。車窓から和歌山大学・紀の川を臨み、和歌山市駅で下車。そこから和歌山大学行きのバスに乗車。バスで再度、紀の川を渡り、ようやく大学に到着。JRで和歌山駅に到着しようものなら、わざわざJR和歌山駅から南海和歌山市駅までバスに乗り、和歌山大学行きのバスに乗り換える必要がありました。近くに下宿をしても通学や買い物が大変でした。

 それが、今は、大学の側に「和歌山大学前駅」。そして、その裏に第二阪和国道。電車でも車でも便利です。さらに、今後もまだまだ計画が目白押し。本町小学校跡に和歌山信愛大学、雄湊小学校跡に東京医療保険大学、伏虎中学校の跡に県立医科大学薬学部が開学するようです。

これらの大学はまちの中にあります。通学も買い物も散策も便利でしょう。これまでの「和歌山にある数少ない大学は山の上。車のない学生は不便」という時代は遂に終了するのですね。しみじみ。

(浦田ひろみ)


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# by mako0491 | 2017-04-25 11:48 | 女の視点

『くるまあらいます』

4.21掲載

『くるまあらいます』

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BL出版 2005年 1404

対象年齢:年齢に応じて読むことができます。

(読んでもらうには)2歳から

(自分で読むには)4歳から大人まで 

随分過ごしやすくなってきましたね。さぁどこにお出かけいたしましょう♪まずは絵本の中へ外出、外出。

<あらすじ>

今日はお父さんがお休みの日です。お父さんは二人の子どもに言いました。「お昼を食べに行こう」

早速、車に乗って出発です。ところが、出発した途端、大きな泥の水たまりが現れます。もちろん避けきれず、「パシャ!パシャーン!」車は泥まみれになってしまいました。

お父さんはお昼ごはんどころではありません。先に、車を洗いに行くことにしました。窓を締めて、洗車の機械の中に入ります。

子ども達は何が起こるのか興味津々。ワクワク・ドキドキ。

まずは真っ暗な中を通ります。子ども達にとっては、海の中を潜っていくような気分です。車が潜水艦に変身したかのようです。

窓から見えるのはきれいに泡立てられた洗剤とスポンジ。それは子どもにとっては泡だらけの海と緑のサンゴ礁。もしくは海草。洗剤を流す勢いのある水流は海の嵐や大波です。「しっかり捕まって」

静かになると、窓ガラスにはきれいな水滴でいっぱいです。光が反射してとてもキレイ。と、思ったら「ブォーッ!」海底の火山が噴火したのか、熱い熱風が車にかかります。「大変。やられたらどうしよう。」

でも、大丈夫です。明るい光が見えてきました。無事に海から出られそうです。車もご覧のとおりピッカピカ。

大人にとっては些細な日常でも、子ども達にとっては楽しい大冒険の時間。空想の時間です。私達大人も、たまには空想遊びをするのも楽しそうです.

(笠井 ひろみ)


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# by mako0491 | 2017-04-25 11:39 | 絵本この一冊


児童虐待防ぐ策を

最近、関西で児童虐待に関するニュースが目につく。姫路の認定こども園では定員を大幅に超える園児を受け入れ、給食の量が少なく、保育士数を多く報告して公費を不正受給していたとか、大阪の森友学園の経営する幼稚園では、給食を時間内に食べられないと椅子の上に給食を置いて正座して食べさせたり、トイレに行く回数を制限していたという。

警視庁の発表した統計によると、虐待の疑いがあると警察が児童相談所に通告した子どもの数は大幅に増加し、54227万人で、通報件数は大阪が最も多い。

通報件数の増加の背景には、20157月から運用が始まった児童虐待の通報・相談電話「児童相談所全国共通ダイヤル」189(いちはやく)の導入や、報道などによる住民の意識の高まりもあるという。大阪がトップなのは、地域のネットワーク構築が進み、早期に相談や通報がなされる体制づくりが機能している面もある。

厚生労働省は、昨年3月に社会保障審議会・新たな子ども家庭福祉のあり方に関する専門委員会による提言をまとめた。これまでの「保護中心」から「養育中心」に力点をおいている。

具体的には地域における支援機能の拡大、職員の専門性の向上と配置数の増加、里親制度の充実強化などが挙げられている。

かつての日本は、近所付き合いも頻繁で、親戚との交流も多く、大家族の中で子育てを行ってきたが、核家族化が進み、地域や近所とのコミュニケーションも希薄化した近年は、あまり見られない光景になっているようにも思われる。

このような状況の中で、新たな地域や共同体とのつながりが必要とされ、最近ではSNSを介したコミュニティーのやり取りも盛んになっている。地域ぐるみの子育て支援として「子ども食堂」など、うまく受け皿となるような子どもと家庭を支援するようなコミュニティー主体の社会活動が進むよう願っている。

(中山まり)


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# by mako0491 | 2017-04-25 11:22 | TOPIXS

oota mika

4月7日あたま

フラワーデザイナー太田美香さん

日本では最大級のお花の展示会として知られる「国際フラワーEXPО」。2016年10月、「アーティフィシャル&プリザーブドフラワーコンテスト」で、特別賞「モノ・インターナショナル賞」に輝いたのは、和歌山市在住の太田美香さんである。「デザインの神様が降りてくる」と言う美香さんに会い、彼女の素顔に迫った。

  (中村 聖代)


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【お花との出会い】

 会社に勤めたのをきっかけに「茶道・書道・華道」のいづれかを習得したいと思った美香さん。

 「茶道は道具を揃えるのにお金がかかる」「書道はもともと字の上手な血筋だから

習う必要がない」と両親の反対にあった。

 わび・さびの世界に興味を持っていたので会社の華道部に入るつもりが、先輩に連れて行かれたところがフラワーアレンジメント教室だった。

「私の習いたいのはこんなお花じゃない」と思いつつ、月に3回いやいやながら通っていたという。

 ところが、3年ほどしてその教室の先生のアシスタントに抜擢されたのだ。2年半後にその教室、その先生を離れ、独立。

 大阪を拠点に仕事をしていたが、フラワーデザイナーとして次第に認められ、東京でも仕事の依頼を受けた。もちろん和歌山でも仕事をする。

【プリザーブドとの出会い】

 「新しいものは先ず東京に入ってきます。1年遅れて大阪、その1年後に名古屋・福岡・神戸といった具合で、和歌山にはさらに遅れて入ってくるのですね。だからいかに早く和歌山に最先端のものを周知してもらうか考えていました」。

 そうしたときに入ってきたのが「プリザーブドフラワー」だった。

【デザイナーとして】

 美香さんは、現在も大阪を中心に、東京、和歌山を行ったり来たりしている。生花も扱うし、アーティフィシャルフラワー(いわゆる『造花』)もつくる。

 チームで結婚式場などの会場装飾も受けるし、教室も開くし、イベントも開催する。

「うちは全て受注生産なので、作り置きをしていません」。

 顧客の依頼に応じた作品をそのつどつくる。アレンジメントには決して『造花』を入れない、全てプリザーブドフラワーでつくるというこだわりがある。

 だが、今はやりの「おむつケーキ」だけは、『造花』を使う。プリザーブドは生花を脱色し、液を吸わせ、着色しなおし、乾燥させるー花自身が自分の力で吸い込むという過程のなかで、まれに虫がつくことがあるからだ。

【造花との差別化】

 「生花を乾燥させるだけのドライフラワーに対して、プリザーブドフラワーは、特殊加工を施すことによって、生花の長期保存を可能にし、匂いもなく、手入れが簡単で、ソフトな感触です。全てが人工の材料からできている『造花』とは全く異なります」。

 そういった理由で、昨今は仏花の受注も増えている。

【これからのこと】

 「今付けている指輪もプリサーブドなんですよ。花弁を拡げ、硬度をつけることで、帯どめとかにも利用できます。可能性はまだまだひろがると思います」。

「もっとお花に触れる機会が増えたらいいなと思います。型にはめられる女性とは違って、大胆な発想ができる男性には、特にそうですね」――と語った。


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# by mako0491 | 2017-04-25 11:14 | アタマ記事

挨拶には防犯の効果も

新生活の大事な要素

新年度がスタートしました。新しい生活を始めた方もたくさんいらっしゃると思います。

そこで、重要になってくるのが「挨拶」新しい人間関係において、よりよいコミュニケーションを進めるために「挨拶」を意識してみましょう。

もともと「挨拶」の「挨(あい)」には、「心を開く」、「拶(さつ)」には、「相手に近づく」という意味があり、まさしく「自分の心を開いて、相手に近づくための行動」それが、「挨拶」なんですね。

「あなたに会えてうれしい」「今日はとてもいい一日ですね」を「初めまして」や「こんにちは(今日は)」などという挨拶言葉で表現しています。挨拶をすることにより、相手の存在を認めて、私は敵ではないということを知らせることができます。相手の承認欲求を満たすことが出来る行動ですね。

挨拶は「明るく」「いつも」「先に」「続けて」――

私は講義でいつも皆様に考えてもらうのですが、気持ちいのいい挨拶とはどんな挨拶なのか、そんな挨拶を続けていくとどんないいことがあるのか。

グループなどで話し合いをすると、本当にたくさんのメリットがあることを見つけることが出来ます。

気持ちのいい挨拶とは、笑顔で明るい声で、いつでもだれにでも、そして自分から先に、また、挨拶のあとになにか言葉を続けると、さらにコミュニケーションが図れます。また、挨拶にはリスクはありませんし、もちろん何か特別に用意するものもありません。

相手からの印象もよくなり人間関係の構築にも役立ちますし、常識のある人、気持ちのいい人と評価を上げることもできます。    

最近は、凶悪な事件もあり、子どもたちに「知らない人から挨拶をされても言葉を返さない」ということもあるようですが、大人たちがしっかり挨拶をしているコミュニティを形成することにより、逆に防犯の効果もあるのではないかと思います。

新生活のスタート、今日から、挨拶をもっともっと意識してみてはいかがでしょうか?

(石川 礼子=ステップワンキャリアスクール マナーコンサルタント)


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# by mako0491 | 2017-04-25 11:06 | オンナ磨き事情

siten

   4.7視点

退職後の「しゅう活」   

私が54歳で退職して12年が経ちました。楽しいことも、やりたいこともいっぱいだった歳月を振り返って、来たるべき次の12年に備えたいと思います。

 退職後の一番大きな変化は、時間が自由になったことです。毎日サンデーとなり、旅行も安い時に混雑を避けて行けるし、やりたいことをやりたい時にできるようになりました。

 また職場と家との往復だった生活が変化に富み、今では手帳を手放せません。退職を機にライフスタイルは大きく変わり、新しい世界がいっぺんに広がったのです。

 退職後の生活は、お給料が無いことを除けばこんなありがたいことはありません。しかし、やりたいことをしていても、自分だけの楽しみだけに終わってしまっては何だか物足りない。社会貢献活動とまではいかなくても自分のやっていることが、誰かの役に立っている、誰かが自分を必要としてくれていると感じられるような活動をしたいと思います。これからの12年は、これを私の「しゅう活」としたいと願っています。

 これに合う「しゅう」と読む漢字を漢和辞典で探してみました。それに近いのが「修」です。この漢字には、おさめる・ならう・学ぶ・つつしむ・そなえる・そなわる等という意味があります。おもしろいことに、「しわをのばす」という意味もあるそうです。

 日本人の平均寿命、男性約81歳、女性約87歳。定年退職してもまだまだ若い。私もしわをのばしながら「終活」ではなく、「修活」をしていきます。30・40まだ子ども、50・60でつぼみになって、70・80花盛り。さあ、退職後もみんなで花を咲かせましょう!

(林 多恵子)


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# by mako0491 | 2017-04-25 10:55 | 女の視点

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京極さんレポート


フィリピン共和国は日本からそう遠くないアジアの島国でマニラやセブ島への観光客も多い。最近大統領となったドゥテルテ氏が市長を勤めていたダバオは観光省から「最も住みやすい都市」に認定されている。今回は観光を目的とせず、社会活動センター・シナピス後援の「2017スタディ ツアー inフィリピン」に参加したAIC【別項】のメンバーである京極千穂子さんにレポートしてもらった。

ツアーの目的

 ツアーのひとつの目的は、普段私たちの視界に入らない人たちと出会い、その人たちを取り巻く現実を知ることによって、自分たちの価値観を見直す機会を得ることです。

 自分の知らなさに気付かされたツアーでしたが、この経験を通して私も少しずつ進歩していけたらと思っています。訪れたところのいくつかをご紹介します。

プレダセンター

 1974年アイルランド人神父によって設立された社会活動センター(プレダセンター)は、ルソン島西部にあり、現在「女の子の家」と「男の子の家」を中心に活動しています。

 女の子は主に性的虐待を受けた子どもたち。男の子は何も罪を犯していないのに刑務所に入れられたり、施設で不当な扱いを受けたり、ストリートチルドレンだったりの子どもたち。

 こういう子どもたちを救出し、保護し、生活のルールや基礎教育を行い更生させ、自立を目指しています。

 「男の子の家」のヘッドが次のように話してくれました―私も捨てられストリートチルドレンになり、ドラッグにも手を染めたことがある。カレン神父に助けられ、教育の機会を与えられ、ここで一〇年働いている。今は家庭を持ち、子どももいる。金持ちではないが幸せだ。自分にもできたのだから、ここの子どもたちもきっとできると信じている。悪いことをしたと自覚した時から第二の人生が始まった、と。

日本人墓地にて

 第二次世界大戦の末期、フィリピン・ルソン島で日本軍はアメリカ軍と戦い、戦争当事者だけでなく、多くの市民を巻き込み、捕虜を虐待し、女性に無残なことをしました。

 1951年当時のキリノ大統領は妻と3人の息子を日本人に殺されましたが、「憎しみや恨みの気持ちをいつまでも持ち続けるなら、子どもたちも持ち続けることになる。隣同士のフィリピンと日本は親しく助け合って共存共栄していかなければならない。そのため私怨を断ち切る決心をしたのです」と、収容所にいる日本戦犯を全員釈放したのです。

 モンテンル刑務所の裏にある日本人墓地に向かい線香を手向け、黙祷をささげました。

先住民アエタ族

 ルソン島の4州に、保護区の土地で先住民族アエタ族の人々がコミュニティを作って暮らしています。森林がアエタの生活の場であり、今は主にマンゴーを育て生活の糧にしています。「サコップ」という社会活動センターが契約を結び、買い取り、販売を支援しています。

ハンセン氏病の病院

 タラ村にあるハンセン氏病の病院を訪ねました。男性一〇人程の病室が2つあり、全員全快はしているのですが、行くところがないので病院にいるしかないということです。

 ショックを受けたのは、両手両足を包帯でぐるぐる巻きにされた人を見たときです。彼はこの一月に病院に入ってきたそうです。良い薬もでき感染力も弱いと聞いていたので「何故?」と思いましたが、彼はひどくなるまで病院に来なかったためだということでした。必ず良くなるだろうと確信しています。

<AICとは>

AIC.(International Association of Charities)=国際愛徳協議会メンバー、

約400年の歴史を持つ、世界で最も古い女性ボランティア団体。

ベルギー・ブリュッセルが本部。世界53カ国に支部を持ち約15万人の会員がいる。国連に議席が与えられていて、欧米社会に大きな影響を与える機関となっている。

日本においては1933年に愛徳姉妹会のシスターが釜崎で活動を始め、その後和歌山と神戸を拠点にそれぞれ活動を続けるようになった。



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# by mako0491 | 2017-04-05 07:55 | アタマ記事

otoko

問題解決能力に疑義<>

最近自分で分からなくなったことがある。「自分の能力って何だ」という事である。今までは確たるものが有った。「問題解決能力だ」と信じて疑わなかったからだ。それが揺らいでいるのである。

昨年からその揺らぎは大きくなった。きっかけは、将棋の世界で、プロの元名人のタイトル保持者とコンピュータ・ソフトとの対決でプロ棋士が負けたことであった。

 元名人位者は過去の知識や経験の蓄積を基に、相手に勝利することを狙って全知全能を振り絞ってコンピュータ・ソフトに対決したに違いない。「問題解決能力」の戦いである。そこで生身(なまみ)の人間が負けたのである。

将棋のゲームの進め方を知っている人は、誰しもこの揺らぎを感じ取ったに違いない。名人位のプロの能力がたまたま劣っていたと片付けられる問題ではないのである。自分自身の日常生活の問題解決能力も同様の問題を持つという事を知らされたからである。

 「自分が身に付け知っているというノウハウの値打ち」に疑義が生じているのである。昔から「知っているという事と、出来るかという事は別だ」と、先輩からよく叱られたものだ。「知っていても、出来なければ意味がないではないか、理屈を言うな」と言うのである。

今やまさに将棋の世界でも、「知っているか」ということも、「出来るかと」いう事も、コンピュータの能力に劣る世界が来たのである。

(久山 稔)


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# by mako0491 | 2017-04-02 15:30 | オトコの独り言

dennki

イマドキの伝記は総て漫画 

 

 子供が生まれてから、書店で向かう先は、児童書や知育図書になった私。子供は成長とともに、心配した読み書きもできるようになりました。

 豆知識がたくさん乗っていてシリーズ化している本を欲しがり、発売されるたびに購入していて、今や近所の書店よりそのシリーズは充実した棚が出来上がっています。

同時に、深夜にやっていたタイムスリップした料理人のドラマに影響を受けて、歴史にも興味を持った我が子に、伝記も読ませようと書店へ行って、探しても探しても見つからない、伝記。

 「伝記」私の想像した、表紙はその人のイラストで人物名が横書きでシリーズ化しているあの伝記、ないのです。正確にはあるのですが、私の欲しい「伝記」ではないのです。見間違いかと思って、何度も棚を探すのですが、私が求める伝記はありませんでした。

 イマドキの「伝記」は、偉業を文字で示していないのです。すべて漫画になっていて、吹き出しやイラストだったのです。

 あの日の衝撃は忘れられません。ついに、ついにそうなってしまったのか…予兆はありました。アニメが市民権を得て、世界で高い評価を得ている日本の最先端の輸出品となっていることも。ただ、そんなに我が子の近くに迫っているとは思ってもいませんでした。

 文章の「伝記」を探してあたふたする私は、やっぱり古いんかな…そんなことないはずや。

 御存知なかった方、是非ともイマドキを書店で体感してみてください。わたしたちのあの頃、図書館や書店に並んでいた、あの「伝記」は天然記念物、シーラカンスで置いてありません。

 読書といって漫画で豆知識を、伝記を読みふけっている子供を横目に、やや離して文庫本を読むようになった、不惑になる年まで片手で数えられるようになってしまった私なのでした。

(田中 麻衣子)


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# by mako0491 | 2017-04-02 14:36 | 女の視点

koube bungakukan


神戸文学館と

横尾忠則現代美術館

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花の便りもちらほら聞こえてくる。今回は神戸まで足を伸ばしてみませんか。桜の名所でもある阪急王子公園駅から5分の「神戸文学館」は、神戸市内に現存する最古のレンガ造りの教会建築。関西学院のチャペルだった=写真。


現在行われている企画展「坂道の情景~神戸を描いた文学」は4月16日まで。(平日AM10-PM6、土日9-5、水休館)

古くは北野の異人館街、そして今も絶え間なく山腹に新たな町が出現している。文学者たちも坂道を舞台にした多彩な神戸の情景を描いている。

岡本の坂の上からの眺望を愛でた谷崎潤一郎、異国情緒あふれるトアロードや異人館街を散策した堀辰雄、北野坂あたりを舞台に選んだ宮本輝。山の緑と海の青を結ぶ坂道。こんな神戸の風景が創作意欲を刺激しているのかもしれない。

最新ニュースは、神戸市灘区出身の山下澄人さんが第156回芥川賞を受賞。受賞作は演劇に打ち込んでいた若き日々を題材にした「しんせかい」。同文学館では山下さんの受賞を記念して著作などを置いたコーナーを設けている。

道路を挟んで見えるのは「横尾忠則現代美術館」。この26日まで開催しているのは「ようこそ横尾温泉郷」。(AM10-PM6)

女湯の光景をモチーフにした連作が見どころ。まげを結った浮世絵ふうの女性たちが、身体を洗ったりする姿を描いた連作、横尾が幼少時代に見たイメージを反映しつつ、江戸の遊び絵にも通じる仕掛けが画面のあちこちに隠されたユーモアあふれる作品となっている。この「銭湯シリーズ」のほかにも、全国の温泉地を訪れ描いた「温泉シリーズ」がある。

(水上 舞)


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# by mako0491 | 2017-04-02 14:32 | お勧めスポット

atama

紀州の和菓子と文化を考える会

山本 智子さん


2014年5月、「総本家駿河屋全店閉鎖のニュースが流れた。その時、「一つの和菓子屋が閉店したという問題にとどまらず、先人たちが培った和歌山の文化にとって大打撃」と、鈴木裕範氏(元和歌山大学教授、当時同客員教授)を中心に緊急シンポジウムが開かれた。そのかいあってか、駿河屋自体は県内企業の支援のもと、創業家につながる新社長を迎え再建するに至った。同時にこれをきっかけとして「紀州の和菓子と文化を考える会」が発足された。今回は事務局長山本智子さんにその後の会の活動を聞いた。

  (中村 聖代)

「この会は、和菓子を通してわがまちの歴史と文化を学び、歩くのが楽しくなる魅力的なまちについて楽しみながら考える会です。和菓子が好き、和歌山が好きで、会の趣旨に賛同する方であればどなたでもご参加いただけます」と、山本さんは言う。

 活動内容は、

 「2カ月に一回、学習会を開催しています。うち1回はウォークと称して和菓子に出会うまち歩きをしています。これまでに田辺市、高野町を訪れました。学習会では、和菓子とその文化について学ぶとともに、和菓子を味わいます」。

 「2015年と2016年の6月にぶらくり丁で開催されるポポロハスマーケットに会として出店し、紫香店さんの『和菓子づくり体験』とのコラボとともに、2015年は『紀州の利きせんべい』と称した玉子せんべいの詰め合わせ、2016年は県内各地の焼き菓子を販売しました」。

 随時、有志で和菓子に関係するイベントに参加したり、あんこワークショップを開催したり、京都・宇治市のお茶の工場見学に出かけたりする。また滋賀県の「滋賀の食事文化研究会」と交流している。

 今後の活動として、玉子せんべいリーフレットの作成と、紀州の和菓子―復活と開発の2つのワーキンググループでそれぞれ調査・研究を進めている。

【駿河屋再スタート】

 室町時代の中期より羊羹の歴史を紡いで来た総本家駿河屋は500年以上の歴史を誇り、するがや祇園下里や二條駿河屋など分家も多い。

 寛正2年(1461)に鶴屋の屋号で饅頭処を開いたのに始まり、5代目・岡本善右衛門氏が豊臣秀吉に羊羹を献上したという話もある。

 さらには、家康の十男、徳川頼宣に従って和歌山・紀州藩に入り、徳川御三家となる紀州藩の御用菓子司としても歴史を紡いでいった。 

 紀州藩の銘菓、『本ノ字饅頭』は和歌山でしか味わえない。小麦粉生地に、酒種となる甘酒を練り込んで自然発酵させ、小豆こしあんを包んで、一気に蒸し上げてから、最後に「本」の字の焼印を施す。紀州藩主が参勤交代のお伴に携えたとも言われている饅頭である。

 一時は全店閉鎖の危機を迎えたが、この永い歴史を絶やしてはいけないという気持ちを生むのが和菓子の凄さ。和歌山県内の企業の支援により、そのまま営業を再開することになり、創業家の岡本良太氏が社長に就任、正統な後継によって、駿河屋は再スタートを切ったのである。

【地元菓子買い続ける】

 山本さんたちは、和菓子を味わい、その歴史や文化について学習するとともに、イベントやワークショップを通じて和菓子文化が脈々と続くよう働きかけている。

 今回取り上げた総本家駿河屋の和菓子だけでなく、筆者は多くの和菓子を五感で味わい、おもしろいエピソードをきくことができた。お茶の文化が庶民に根付いていない和歌山県にあっては困難かもしれないが、脈々と和菓子の歴史が続くよう願ってやまない。

 会の設立時に基調講演した若菜晃子氏(雑誌編集者)が力説していた―地域の人が地元菓子を支える意識が必要。買い続けることが大事なんです―と。

 


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# by mako0491 | 2017-03-11 11:19 | アタマ記事

siiten

いい意味のネオ老人目ざす

インターネットを検索していて、ネオ老人若者の敵!?品格のない老人が増えている。という見出しの記事を読んだ。  

Neo(ネオ)とは、新しいことという意味らしい。ならば、Newと同じではないかと独り言。しかし、ネオは、元々あったものが進化した形をいうらしい。

だが、どうもネオ老人はバージョンアップした老人とは違うらしい。

老害という風にも言うらしいが、老人がいつまでも実権を握り、若い世代に世代交代が円滑に行われないことと定義づけている。

非常識かつ自己中心的に行動し、他人や社会に迷惑をかけているにもかかわらず、自覚がない、または確信的に自らの非を認めない、迷惑な存在でしかない老人に対しても使われているーーと書かれていた。

30年くらい前、オバタリアンということばがあった。その辺りが男性も巻き込みネオ老人になってきているらしい。

耳が痛い!折形講師として、作成作法だけでなく、日常の所作も折に触れて話している。準備は入念にしているつもり。話した後の受講生の反応も確認しているつもり。

一匹狼の行動、先生と呼ばれる立場は、チェックを入れてもらえる機会が少ない。なんでもそうだが、これで良しはないと思う。若者の年長者の行動に対するつぶやきには耳を傾けるようにしている。

ある人が言っていた。60歳を超えたら、どこでも、ごめんなさい。とありがとうーーを言おうと。共感する。

いい歳を重ねていきたい。日々進化。いい意味のネオ老人を目指したい。

(玉置 ひとみ)


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# by mako0491 | 2017-03-11 11:11 | 女の視点

maikosann

 日曜夕方「ばっかもん」の威勢のいい昭和の父の声、「ああ、明日は月曜だ」と現実に引き戻されるご長寿アニメ、その2時間半後、重厚感のある社会派のドラマの提供をしていた、家電メーカーの決算をまつわる様々な話。聞こえてくるのは、提供を止めるとかやめないとか。

 社会的責任、株主への責任、取引銀行への責任といった場面で、経営体質改善は当然のこと。しかし、視聴者としては、アニメもドラマに挟まった広告を見てきたためか、もの悲しさを抑えきれない。

 ブランド戦略といった部分では、どのキャラクターを使うより、あの枠でずっと提供しているその事実が一番の宣伝だった。

やっぱり、冷蔵庫の野菜室はウエスト付近よね…洗濯機は静かな方がいいよね…毎週、同じ時間に見ていると、家電量販店に行っても、まず覚えのあるものを探すのではないだろうか。そのものの一時的訴求力ではなく、ずっと変わらないその威力は計り知れない。こうした部分を論文にまとめたい、と栄谷、ひこにゃんのいる城郭の学び舎で思っていた。

 時の流れは逆らえなくて、離乳食食べて寝る時間だった「ばっかもん」のときは、食べていたわが子は、来月かつおとおなじ学年になる。タラちゃんもわかめちゃんも追い越しています。愛しきを「あいしい」とはよまず「いとしき」と読めます。かくゆう私も学問を修めたのがひと昔半となります。

 どれだけ情報技術が発展しても、ニーズに追いつくサービスが展開されても叶わない、耳なじみや刷り込み。それを数値で表すことができないのでしょうか。

 年度末の気ぜわしさ、学年末、引継ぎなど別れの季節。やりきって、桜をめでたい。どうか平成28年度が無事締められますように。

 (田中 麻衣子)


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# by mako0491 | 2017-03-11 11:08 | TOPIXS